一十七時限目 佐竹義信は煮え切らない[中]
「自分の気持ちを伝えて壊れてしまう関係なら、自分の見る目がなかったって諦めるけど、私はそういう人間を好きにならない」
過大評価もほどほどにしないと、いつかしっぺ返しがくるぞって反論したら、姉貴は俺を蔑むように一瞥すると、ふんと鼻を鳴らした。
「私は私を信じてるし、私を好きになってくれた紗子も信じてる。だから、アンタが言う〝バイを言いふらされる恐怖〟なんて、微塵も感じてないわ」
──言うじゃねえの。
──まあね。
「仮にそうなったとして……だからなに? 学校中に知られたら死ぬわけ? アンタが付き合ってる友だちってその程度の存在なの?」
そう言われて頭に浮かんだのは、いつも連んでる宇治原たちではなく、楓と恋莉、そして優志の姿だった。
少なくとも、この三人はしないだろう。
楓は、自分がレズビアンだと俺たちに公言しているし、恋莉だって優梨のことが好きな素振りを見せていたから、ワンチャン、恋莉もそうなのかも知れない……じゃあ、どうして俺に告ったんんだ? マジで未だに、その理由がよくわからん。
優志に限っては、そもそも言いふらす相手がいないからなあ……。
「いま思い浮かべた人たちが本当の友だちよ。それ以外ははっきり言ってモブ。気にする必要無いわ」
「あっさりと俺の交友関係を否定してくれるな」
「当然よ。私がそうだったから」
え? と、耳を疑った。
「モブがどう騒ごうが、信頼できる友だちが数人いれば家宝ものよ」
「モブって……」
容赦ねえなあ……。
こういう言い回しは、姉貴の性格や、趣味に留まらない創作活動が起因してるんだろうって理解してる俺だから訊き流せるけど、赤の他人が訊いたらめちゃくちゃキレそうでひやひやする。
「自分と相手を大切にする……、そういう人を好きになりなさい」
経験に基づいた言葉の重みを、ひしひしと感じた。
姉貴の語る様子から、それまで経験してきた恋愛も順風満帆だったとは言い難いんだろう。俺が見てないところで、相当な苦難を強いられてきたように思える。その苦悩も姉貴にとって『恋を諦める要因』にはならなかったようだが……。
「ほんと、アンタは愚弟ね」
「変態に言われたかねえよ。ガチで」
変態のなにが悪いのよ、と嘲るように笑った。
「しっかりしなさいよ、男なんだから」
「いや、相手も男だぞ」
「やっぱ好きなんじゃん。優梨ちゃんのこと」
語るに落ちたわね? みたいな得意顔をして、五本目のビールに手を掛けた。プシュッとプルタブを開けて、祝杯だとばかりにぐびぐび喉を鳴らしながら飲む。
「っぷはー! 愚弟を揶揄いながら飲むビールは格別ね!」
「ガチでうぜえ……」
だれが食卓の上を綺麗にしたと思ってるんだ。
後始末はいつも俺がやってるんだから、謝礼の一つくらい寄越しやがれ。……最近、金をやたら使うもんで、今月は割とピンチなんだよ。
「アンタがしっかりリードして、優梨ちゃんを守ってやりなさいよ? それが〝惚れた側の役目〟なんだから」
ああもう、ガチでうぜえ……。
「わかったから、風呂でも入って酔いを覚ましてこいよ」
「はいはい。……覗いてもいいわよ?」
「いいのかよ!? ……いやいや、覗かねぇよ!?」
姉貴が退散して、残ったつまみやらなんやらを片付けていたら、数ページ分描き上げた原稿の束が目に入り、興味本位で手に取った。
「どうせ、碌なもんじゃねえんだろうな」
姉貴が得意とするジャンルは、主に同性間の恋愛を描いた作品で、擦った揉んだを激しく描写する超アダルト作品だ。これがまた、即売会で飛ぶように売れる。然も、客の八割が女性というから驚きだ。
それが普通なのか……?
即売会の詳しい事情を知らないから、これを『普通』と言ってしまっていいのかわからんけど、腐女子ってカテゴリがあるくらいだ。性に興味があるのは男子だけ、とは限らない。
ぺらりとページを捲って、絶句した──。
「イケメン男子高生×男の娘……」
やたら熱くなってたのはこういうことだったか、と合点がいった。
「うわ……、これは生々しいな……」
つい、目を止めてしまう。
俺が優志……いや、優梨とこういう展開になったら──いかんいかん! 妄想を搔き消すように、ビジュアル系ライブで行わているとされる『ヘドバン』よろしくに、ぶんぶんと頭を振った。
「変なこと想像すんじゃねえよ、俺!」
割とガチめに想像しそうになったじゃねえか……いや、ちょっとだけ想像しちまった。
ゴミ箱に捨ててやりたいが、その衝動をなんとか抑え込んで、テーブルの隅に表紙を伏せて置いて、片付けが終わったところでリビングを出た。
廊下の電気をパチンと点けると、風呂場から鼻歌が漏れている。前前前世から君を探してるヤツだ。姉貴が歌うと感動的な歌詞が卑猥に訊こえるから、姉貴は野田さんに謝罪の手紙を送るべきだろ、って思いながら階段を上がり、俺もつい釣られてスパークる……愛しいな。
部屋に戻った俺は、そのままベッドにダイブした。部屋の角に置いてある空気清浄機の音と、壁掛け時計の秒針の音がやたら煩い。
疲れた……。
夕飯の時間まで、惰眠を貪ることにしようと瞼を閉じる。
「俺は、アイツのことが好きなのか……?」
そんなことを考えながら、浅い微睡みの中に落ちていった。
【備考】
読んで頂きまして誠にありがとうございます! 差し支えなければ[ブックマーク][★付け]に御協力お願い致します(活動の糧になるので)。
by 瀬野 或
【修正報告】
・2020年12月11日……誤字報告による修正。
報告ありがとうございます!