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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一章 Change My Mind,
4/677

二時限目 大学生の佐竹姉は腐っている 2/2


「姉貴を信じろ」


 え?


「姉貴は割とガチで普通にヤバいから」


 佐竹よ。キミが言葉を発すれば発する程に、僕の心に不安という暗闇がどす黒く渦巻くことに気づくべきだ。『割とガチ』って言葉が既に意味不明過ぎるのに、『普通にヤバい』ってどうヤバいんだよ、割とガチで。


 琴美さんは僕の顔に下地を塗り始めた。まるでキャンバスに絵を描くような、慣れた手つきで筆を進める。頬や額を筆で触られる感覚は初めての体験で、こそばゆい。鼻先はやめて。擽ったい。ああもう、本当に止めてください。


「──メイクはこんなもんでいいかな。あとはウィッグを付ければ……はい、完成♪」


 終わった……のか?


 恐る恐る瞼を持ち上げると、鏡には見知らぬ少女が虚ろな表情で座っていた。──だれ?


 食い入るようにして鏡に近づくと、鏡の中にいる少女も僕に近づいてくる。そこで初めてこの少女が僕自身なんだと気がついた。


 こんな僕は知らない。受け入れるとか受け入れないとか、そういう次元はとっくに飛び越えている。シンデレラが魔女に魔法をかけて貰ったときのようだ。


 化粧をすると変わるって訊くけど、実体験するとよくわかる。鏡に映っている親の顔より見てきた自分の顔とは違い過ぎて同じ人間とは思えない。鏡の世界は全てが反対になるらしいけれど、女バージョンの鶴賀優志はこういう少女なのだろうか?


「つ、鶴賀お前……マジで化けるもんだな。正直に言うとめっちゃタイプだわ。普通に、ガチで」


 気持ち悪いことを言わないでくれ、と思った。いまはある意味特殊メイクされているような状況なのだから、決して普通ではない。


 仮にこの状態を『普通』と形容するのであれば、平時の僕は異常ってことになる。おい、滅茶苦茶失礼極まりないぞ、佐竹。と、僕は心の中で舌打ちをした。


「だって、あんた好みのメイクにしたから」


 背後で楽しげな会話が繰り広げられていることにも気づかないほど、僕の心は動揺していた。もう、佐竹の失礼な態度なんてどうでもいいとすら感じる。──実際どうでもいいのだが。


 凄い、と思った。肯定の意味での、ヤバい。自分なのに自分じゃないような不思議な感覚が込み上げてくる。それを必死に抑えこんでも、『生まれ変わった』と脳が認識を改めていく。──この姿でならば。


 失ってしまっていた自分を取り戻すことができるかも知れない。そう勘違いしてしまいたくなるくらいの衝撃が内側で稲妻のように走った。これが小説などでよく登場してくる、青天の(へき)(れき)というやつなのだろう。


「あら、満更でもない顔ね? もしかして気に入っちゃった?」


 ぼうと鏡を見続ける僕を揶揄うように絡んできた。


「ちょっとだけ」


 そう、本当にちょっとだけ。先っちょだけ。なんなら痛くしないからまである。なんの話をしているんだろう、僕は。


 背後で、パン、とクラップ音がして、僕の体が跳ねた。思わず振り向くと琴美さんが万遍の笑みを浮かべて、


「これからもっと優梨ちゃんになれるように特訓しないとね!」


 とっくん……? 嫌な予感しかしない。


「姉貴、まだコイツになにかするのか?」


 佐竹君が小首を傾げながら、僕の気持ちを代弁するかのように訊ねた。


「どーせあんたのことだから、告白を断る口実に優梨ちゃんを利用しようって考えたんでしょ」


 あら、なかなか下衆いやり口ね、と締める。


 自分に起きたことを的中されて口をパクパクさせながら、「ぐぬぬ」と唸る佐竹君。


「どうしてわかったんだよ」


「昔あらアンタは、私に相談する内容の九割が昔から女絡みだったでしょ?」


「それもそうか」


 なにこれやっぱり自慢かな?


 とりあえず佐竹君には爆発して貰うとして、琴美さんが言う『特訓』が気になって仕方ない。佐竹君の恋愛事情なんてどうでもいいから話を進めてくれないだろうか、と琴美さんを見遣るとそれを察したかのように、わざとらしく「コホンッ」と咳払いをした。

 

「女性になりきるには容姿だけを整えても意味がない。見せかけだけのハリボデは直ぐに看破されるわ。だから内面もしっかり女性にする必要があるの。──それが特訓の内容よ」


「もう少し具体的に、わかり易くお願いします」


「じゃあひとつ例をあげると」


 琴美さんは僕の足を指さした。


「椅子に座るときって男性は股を開いて座るわね? でも、女の子はそんな座り方はしない。さて、どうしてだと思う?」


 礼儀作法の話だろうか? と訝しみながら「はしたないから?」なんて有り体の答えを告げた。然し、琴美さんは頭を振る。


「それもある。でも、想像力が足りない。女子の制服をよく思い出してみて?」


 梅高の制服、制服……僕だけの純情スカート?


 それとも谷川俊太郎の『生きる』だろうか?


 どちらにしてもスカートであることに代わりはないが。


「あ」


 と声を出したと同時に、琴美さんは「気づいたわね?」と、したり顔で微笑んだ。


「そう。女の子の制服ってスカートなの。スカートを穿いて股を開くと前から恥ずかしい場所が見えちゃうわけ。それが教壇に立つ男性教員の目に入るって考えると……どう? 自分のパンツを見て鼻を伸ばす男性教員なんて気持ち悪くてぞっとしないでしょ?」


「た、たしかに気持ち悪いですね」


 不憫だな、と思った。女子は毎日男性教員に対してそういう感情を抱いているのか。そうじゃなくても「口が臭い」とか、「生理的に無理」なんて言われてるもんな。我がクラスを担任している三木原先生に至っては、「過去に女関係のトラブル起こしてそう」などと根も葉もない噂を立てられたりしている。


 三木原先生はどっちかと言うと、バレンタインにチョコを渡されても平然としながら面と向かって、「あ、これデパ地下で売ってましたね」と言ってしまうド天然キャラだ。過去に女性絡みのトラブルがないとは言い切れないけれど、顔面をひっぱたいて終わるくらい些細な出来事でしかなさそうだ。


「女の子って男子が思っている以上に色々と気づいてしまうものなのよ。肩下げバッグの紐で強調された胸をガン見する視線とか、そういういやらしい目線には特に、ね?」


 それは不可抗力というか、自然の摂理というか、見たくなくても目に入ってしまうというか。いや、見たくないってわけじゃないけどゲフンゲフン。


「より〝優梨ちゃん〟に近づくためにも、そういうところをしっかりと学ぶことが必要よ。優梨ちゃんは本物の女の子以上に女の子として振る舞うようにしないと、女子に限らず男子にも一発で看破されてしまうわ。そうならないように特訓するの。いい?」


「いやいや、ちょっと待てよ姉貴」


 熱弁を繰り広げていた姉に、佐竹君が止めに入った。


「いま何時だと思ってるんだ? コイツも帰らなきゃならないんだし、今日はこの辺で勘弁して──」


 佐竹君らしからぬ常識発言に耳を疑ったが、琴美さんに常識が通用するとは思えない。案の定、「泊まればいいじゃん」と返ってきた。


「あ、そうか。よし、鶴賀。家に電話しろ」


「なんで泊まる前提で話が進んでるのさ!?」


「頼むよなあ……友だちだろ?」


 友だち? いますぐにでも絶縁したい気持ちで胸がいっぱいだよ、なんて僕が事も無げに言えるはずもない。


「いつ、僕が佐竹君と友だちになったんだ」


 不満たらたらに言うのが関の山だった。


「じゃあ、いまから友だちな!」


「ええ……」


 げんなりしながら溜め息混じりに呟くと、後ろから陰湿な笑い声が訊こえてきた。


「私的には〝おホモだち〟でもいいわよ?」


「バカじゃねぇの……」


 満更でもないのか? 佐竹君は不自然に顔を逸らした。


「そこで照れるの、ほんっとうにやめて貰っていいですかね?」


 結局、僕はこの姉弟に逆らうことができず、ほぼ徹夜で『女の子になる為の特訓』を無理矢理伝授させられたのであった。



 

【備考】

 読んで頂きまして誠にありがとうございます。

 誤字や脱字を発見しましたら、お手数では御座いますが【誤字報告】よりご報告お願い致します。

 

 by 瀬野 或


【修正報告】

・2019年11月12日……誤字報告による修正。

・2019年11月25日……誤字報告による修正。

 報告ありがとうございます!

・2021年2月9日……本文の微調整。

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