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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十五章 Do not dependent,
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二百七十四時限目 それは彼の知らない世界の物語


 ぎゅうるる、情けなく腹の虫が鳴いた。


 半日授業という日は食堂が休みになる。そうなると頼みの綱になるのが、購買部に置いてある天然酵母パン──ロングライフパン、長期的な保存を目的としたパン──なのだが、こういう日は開店と同時に即売り切れる。いつの間にか眠っていた僕がいまから購買部に足を向けたところで、残りカスも無い陳列棚を見て溜め息を吐くのみだ。そんな無駄に時間を費やすのならば、もう一度微睡みの中に身を投じるのも悪くない──と眼を閉じて数秒、鞄の中にしまってある携帯端末がぶるると唸った。


 僕に連絡を寄越す相手は限られている。登録している店舗のメルマガ、アプリの通知、親、そして、数少ない友人と呼べる人たち。その中でもこの時間に連絡を寄越すのは梅高生徒だろう。水瀬先輩や奏翔君がメッセージを送る可能性が無いわけではないが、可能性を言うなら、この時間、この場所に滞在している人物のほうが可能性が高い。どれどれと鞄から端末を取り出し、画面に表示されている名前を確認する──案の定、柴田健の名前が表示されていた。


 いやいや、と頭を振る。


 今の流れは完全に梅高生徒の誰かで、「ほら見たことか」と自分の推理にドヤ顔を決め込むところだろう?


 春原さん、通称・ハラカーさんならまだわかる。


 ……どうして柴犬なんだ?


 僕と柴犬は同じ中学に通っていたけれど、特別仲がいい関係でもない。この前、東梅ノ原駅でばったり合って、彼の成長をこの眼で確認したけれど、それっきり音沙汰はなかった。


 どうも嫌な予感がする。


 未読無視でもいいかなあ? 明日の夜くらいに『ごめん寝てた』とか『充電が切れてた』とか『通知が来なくて気がつかなかった』って返信しておけばいいだろうか?


 ……よく、ないよなあ。


 柴犬には自分が通う高校の友だちもいるはずだ。


 虎の威を借る子犬だった中学時代の彼のままだったら、それもどうなのかと疑問視してしまうけれど、この前会った柴犬は、まともに喋れるくらいにはなっていたし、一年を通して心許せる友人もいるに違いない──それなのに、その友人を差し置いて僕に連絡を取ろうとは考え難い。そこから導き出される答えとはつまり、友人たちには口を滑らせることのできないような面倒ごと、に他ならずである。


 携帯端末の画面を見ながら、骨っこでも与えておけば黙るだろうか? なんて考えていると、左手に持っている端末が再び振動した。


 見ろ、と催促されているような気がしてならない。寝起きで頭は回らないけれど、まあ、内容だけは確認しておいてやろうか。そんな気楽に考えてアプリを開いた。


『お前に折り入って話がある』 


 数秒の間があり。


『どうせ暇なんだろ? ダンデライオンで待ってるから来い』


 僕の予定はお構いなしですか……こういうところは中学時代から変わってないようだ。


 折り入った話か。


 柴犬のことだ。どうせ、彼女であるハラカーさんと上手くいってないとか、そういう話なのだろう。それくらいの話ならば、僕よりも友人たちに相談するとか、ハラカーさんの友だちに相談したほうがいいんじゃないか?


 然し、柴田健という男は変にプライドが高い。


 同じ学校に通う友人たちに、弱味を握られたくないとでも思っているんだろう。


 ……僕ならいいのか?


 僕こそ、柴犬の弱味を握らせたくない人物じゃないのか? 


 旅行前に会ったあの日、少しの蟠りは解けたものの、依然として、僕は柴犬が苦手である。


 学校が違うならば関わりも無いと思っていたのに、出会ってしまったのは仕方が無いとしても、僕から柴犬にアプローチを仕掛けることはあり得ない。彼もそうだと思っていたが……いつから僕を『信用できる友人リスト』に追加したんだろう。


 僕は『わかった』とだけ返信して、枕代わりにしていた鞄を片手に教室を出た──。





 長い坂の下にあるバスターミナル。


 ここは昔、テニスコートだったと風の噂で訊いた。


 どうしてこんな不便な場所にテニスコートを設置したのか……そりゃ部員も集まらない。雨が溜まって泥沼状態にあったのを見兼ねた学校の誰かが、この場所をバスターミナルにしようと提案して現在に至るわけだが、このバスターミナルができる前は、バスがこの坂を上り、昇降口前まで送り迎えしていたようだ。


 誰だ、この場所にバスターミナルを作ろうなんて言い出した教員は! 余計なことをしてくれたもんだ。


 バスの停車場所は三ヶ所に、それぞれ行き先を知らせる番号が振られた時刻表が立っている。一番先頭は利用者の多い〈新梅ノ原駅〉、そこから等間隔で〈東梅ノ原駅〉行き、最後が〈梅ノ原駅〉の停車位置だ。


 梅ノ原行きのバスは先のバスよりも旧式のバスが停まることが多い。


 田舎だからって足元を舐められているような気がしてならないが、まあまあたしかに、梅ノ原駅は頗る田舎の駅なので納得せざるを得ないだろう。雨の日のバスなんて本当に最悪だけれど、田舎が不遇の待遇を受けるのは当然の結果なのだ。つまるところ、田舎駅が嫌なら駅を変えろ──である。


 馬鹿馬鹿しいにも程がある。


 それだけのために定期券の値段を跳ね上がるのなら、その分、新しい本を買うわ! としても、現状は照史さんから譲り受けたハロルド・アンダーソンの小説で間に合っているから、余銭はダンデライオンに消える運命だ。美味しい珈琲飲めるのならばそれも悪くないと納得できる。


 この前読んだ本の内容は、それまでに読んだ物語よりも奇怪な内容だった。ハロルド・アンダーソンは主に、ヒューマンドラマを得意とする作家だ。そんな彼がホラーを書いたとならば百聞は一見に如かず、少しばかり胸の鼓動を高めながら読み進めたけれど……最後まで眼を通しても、その結末は理解し難い終わりだった。


 情報不足、伏線が回収されたかもわからない駄作だ、と言っても過言じゃない完成度だったが、それもまたハロルド・アンダーソンらしい作風でもある。


 もやもやして、どこに解決の糸口があるのか……それを知るのは、この本を書いた彼自身しか知る由も無い。けれど、いつかこの本をもう一度読み返す日がくるだろう。そのとき、僕はこの本に描かれ損ねた終焉に辿り着けるかもしれない──そう思った。


 バスが来るのを待ちながら、携帯端末に落とした音楽アプリで、照史さんから教えてもらったボサノバを聴いていると、坂道を野口君が下りてきた。佐竹と宇治原君の姿は無い。二人は学校に残っているようだ。どうせ、宇治原君の俗な話に付き合わされているんだろう。佐竹、ご愁傷様だな。


 野口君は〈新・梅ノ原駅行き〉のバス停で立ち止まり、時刻表を確認している。


 もう一年が経過しているというのに、時刻表を把握していないのだろうか──なんて、未だクラス全員の名前を把握していない僕に言われる筋合いも無いか。


 ふっと、野口君と眼が合った。


 お互いに会釈。


 これではまるで、顔と名前だけは知っている、隣のクラスの誰々さんとばったり遭遇した、みたいな感じだ。


 いやまあ、そういう風情ではあるのだけれど。


 僕と野口君に接点は無いし、どうも彼の姿を見たのは今日が初めてのような気がしてならない。


 僕が薄情なだけか?


 クラスメイトに興味が無さ過ぎるのも問題だな、今度からはもう少し、缶コーヒーの微糖と加糖くらいの差はつけることにしよう……は?


 野口君は時刻表をもう一度確認してから、鞄の中から文庫本を取り出した。


 何の本だろうか?


 紫色のブックカバーがされているので表紙はわからない。


 こういうとき、僕は気になるととことん気になる性分なのだ。例えば、とある動画サイトのコメントで『()う』を『ゆう』と書いてあったりするだけでも、『おい違うだろ』と物申したくなる。しないけど。


 同じクラスなのだし、これからはクラスメイトに興味を持とうと奮起したからには、勇気を持って前に進むべきだ。


 これは小さな一歩だが、僕にとっては大きな前進である……大袈裟かよ。


「野口君、だよね」


「そうだけど……誰?」


 心が、折れる……。


 いやいや、こういう反応が返ってきてもおかしくはない。


 僕だって見知らぬ人に名前を呼ばれたら同じ反応をするだろう……そうか、僕は知らず知らずに塩対応をしていたのか。


 人のふり見て我がふり直せとはよく言ったものだ。


「僕は同じクラスの鶴賀だよ」


「鶴賀……さん? どうして男子の制服を着てるの? そういう趣味の人?」


 あははは……(みぞ)(おち)辺りにゴッドフィンガーしてもいいだろうか。僕の右手が吠える。


「男、なんだけど」


「え、その声と容姿で? ああ、そうか。所謂、心と体が一致しない的なやつ?」


「そうじゃなくて──」


 ある意味、それも否定できないけれど。


「僕は正真正銘の男だよ」 


「そうなんだ。人は見た目で判断できないね」


 そう言って、再び文庫に眼を落とした。


「なにを読んでるの?」


「本」


 イエス! アイノウ!


「そうじゃなくて、著者が知りたいんだよ。僕も本が好きだから気になったんだ」


「そういうことか──多分、言ってもわからないと思うけど……ハロルド・アンダーソン」


 ハロルド・アンダーソン、だと……!?


「知ってるの?」


「知ってるもなにも、僕もハロルドの本を読んでるんだよ」


 そう言って、鞄からさっき読んでいた本を取り出す。


「ハードカバー……随分とマニアックだね。いや、それはお互い様か。ハロルド・アンダーソンなんて高校生が読む本じゃないから」


 野口君は文庫本を閉じて鞄にしまった。


「ぼくは野口真。夏休み前から訳あって不登校で、冬休み明けに復帰したんだ。二組に(くら)(もち)(けん)()(ろう)っていう馬鹿がいるんだけど、そいつとは幼馴染みでね……茶髪のツンツン頭に見覚えない?」


 ああ……入学式の片付けで文句を言っていたヤツがそんな風貌をしていた気がする。


 あの男子の隣にいたのが野口君だったのか。


「性格は佐竹みたいなヤツで暑苦しいんだよね。せっかくクラスが離れたのに、似たようなヤツがクラスにいて反吐が出そうになったよ」


 倉持君、随分な謂れようだけど、佐竹も佐竹でぞんざいな扱いだ……佐竹、お悔やみ申し上げるよ。


「鶴賀君は……転校生?」


「いや、今のところ皆勤賞レベルで学校に通ってる」


 ──どんだけ影薄いんだよ、忍者?


 ──もしかしたら祖先が服部半蔵かもしれないって、最近は疑い始めてるよ。


「いやいや、まさかぼくの皮肉にへこたれないヤツがいるとは驚きだ」


 いままで野口君は無表情だったけれど、僕の返し方が気に入ったのか、お腹を抱えて笑っていた。


「今日はちょっと用事があるんだけど、新学期は仲よくしたいな。よろしく、鶴賀君」


「あ、うん。こちらこそ……」


 高校生になって、初めて自分から声を掛けて、初めて友だちを作った気がする。


 やってきたバスに乗り込んだ野口君は、わざわざ僕がいる位置付近の席に座って窓を開けた。


「あ、そうそう。言い忘れたんだけど──鶴賀君の持ってる本さ、びっくりするくらいつまらなくなかった?」


「そうだね。駄作と言えばかなり駄作かも」


 僕の反応を見て、野口君は一瞬、悲しそうな表情を見せた。


 そして。


「依り代無くして、霊はその姿を何年も保てないから──」


 そんな言葉を残して、野口君を乗せたバスは走り出す。


 野口君はなにを僕に伝えたかったのだろうか──多分、その物語は僕の知らない場所にあるのだろう。


 そんな気がした。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。


 今回の物語はどうだったでしょうか? 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・2019年10月21日……誤字報告により修正。

 報告ありがとうございました!

・2019年10月30日……文頭下げがされていない箇所を修正。

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[良い点] めっちゃいいキャラしてますね…… 性別間違われる下りめっちゃ好きです。
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