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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十五章 Do not dependent,
395/677

二百七十二時限目 彼は一年前と同じように空を見上げる


 春が訪れた。


 冬の名残りは程よく冷たい空気以外に無く、校舎へ続く長い坂には桜が咲き誇り、時折吹き抜ける風が花弁を散らす。


 今日から新学期が始まる──。


 バスに乗っていた三年生はもういない。そして、二年生だった彼らが三年となり、僕らは二年生となった。一年前、僕が一年生だった頃の三年生は大人っぽく見えたけれど、今の三年はどこか頼りなく映る。


 本日から彼ら新・三年が行事を取り仕切ることになるのだが、果たして本当に役目を果たせるのだろうかと不安だ。結果、僕ら二年生がそのサポートに当たる訳なのだけれど……僕ら二年生もそこそこポンコツ揃いである。新学期早々、暗雲が立ち込めるような状況。新入生は僕のメランコリックな気分など知る由も無い。それよりも、新しい学校生活がどう転ぶのかが掛かっているので誰しも表情は暗い。


 数百といる新入生の中で、誰がぼっちルートを辿ることになるのか──なんて下衆い考えが頭を過ぎったけれど、誰がぼっちになろうが関係無い僕にとって、彼ら新入生の先行きを案じることは、坂道を上り切るまでの暇潰しでしかなかった。


 一年間通してこの坂を上り下りしたが、身体能力が向上した気はしない。来年にはこの坂を表情一つ変えずに上り切ることができるのだろうか? 相も変わらず息は上がるし、最後の難関である赤煉瓦の階段はラスボスチックに嘲笑う。そして、僕の膝も絶賛大爆笑中だ。


 えっちらほっちらどっこいしょ、と階段を上り切る。眼前に聳え立つのは壁の所々に亀裂の入った校舎。冷暖房が完備されたのはここ最近らしい。それまでは真夏日の猛暑にも、冬の険しい寒さにも我慢して授業を受けなければならない過酷な惨状だったようだ。『忍耐が付く』というのは根性論。この時代に忍耐も何も無いだろうに。忍者でも育成したいのかって話だってばよ。


 賑わいを見せているのは上級生たち。


 彼らは『入学式実行委員会』の面々で、昇降口前に張り出されたクラス割りの前で、「こちらでクラスを確認して下さい」と声を張る。朝から精が出るもんだなあと他人ごとのように訊き流していると、「そこにいるのはユーシーンんじゃまいか!」なんて妙に明るい声が飛び込んできた。てか、ユーシーンってなに? 動悸や息切れに効果をもたらす生薬のこと? それは救心。あと、『じゃないか』を『ジャマイカ』と言い換える人なんて昨今滅多にいないのだが、見慣れたツインテールをぶるんぶるん揺らしながら走り寄ってくる姿には覚えがある。


 自称・名探偵こと(せき)()(いずみ)だ。


 新入生からすれば、どうして同じ一年生が実行委員会に所属しているのかと疑問を浮かべるだろう。だが、彼女は僕と同じクラスの二年生である。腕に実行委員会の腕章が無ければ、同級生と間違えられて「仲よくしてね!」と自己紹介されるのではなかろうか。


「そう言えば関根さんは実行委員だったっけ」


「そうだぞ、頭が高い! 控えおろう!」


「いやいや、ただの実行委員でしょ……なんで偉そうなのさ。あと、ユーシーンってなに」


 細かいことは気にするもんじゃないぜ、旦那──と、右肩を叩かれた。


「それにしても、新入生は初々しくていいですなぁ」


 そういうアナタも、見た目だけ言えば新入生と変わりないんですけどね、なんて言葉は呑み込んで、「そうだね」と適当に返す。


「それではゆうくん! 私はミッションがあるので失礼するよ。また教室で会おう!」


 嵐のように訪れて、嵐のように去っていった彼女は、再びクラス割りのボードの前で大声を張り上げていた。


「アイツ、二年になっても変わらずだよな」


 これまた訊き覚えのある声が、僕の背後から前触れもなく飛び込んできた。然しながら、この声の主は予想外だ。バレンタインの一件以来、僕に近づこうとさえしなかった男であり、同じ仲間内である佐竹を貶めようとした張本人。


 その名は、()()(はら)。下の名前は覚えてない。太郎とか、二郎とか、三郎辺りが妥当か。


「……だれ?」


「宇治原(しょう)()だよ!」


 下の名前は将吾というらしい──まあ、五分後には忘れてるだろう。


「知ってるよ、冗談が通じないのは相変わらずだね」


「──クソ、本当にムカつくヤツだな」


 どうして宇治原君は僕に声をかけてきたのだろうか。彼と僕は気安く挨拶を交わすような間柄じゃない。授業のグループ行動で一緒になるときもあったけれど、そのときだって一言も言葉を交わさなかったし、彼は僕の近くを歩こうともしなかった。


 どういう風の吹き回しだろうか。


「二年になったことだし、お前との因縁もチャラにしてやろうと思ったけど、やっぱお前は嫌いだ」


「それはそれは、随分と上から目線でご丁寧にどうも」


 覚えとけよ、いつか絶対に泣かしてやるからな──と、宇治原君は捨て台詞を吐いた。


 そして。


「いつまでも佐竹(あいつ)が守ってくれると思うなよ」


 と、宇治原君にしては僕の痛いところを衝くような言葉を付け加えて、振り返ることなく下駄箱へと向かっていった。


 そんなこと、僕が一番理解している──。


 言い返す言葉を探したけれど、そのどれも彼の忠告のような捨て台詞を打ち消すに値しないような言い訳ばかりで、胸の内側に疼痛が走る。だけど、こんな痛みなんていまに始まったものじゃない。


 ふうっと深呼吸をすれば、内側に蔓延る黒いもやもやも少しは晴れたか。新学期初日に僕だけ曇り空な気分でいたらいけない。感傷にどっぷりと浸ったわけだし、そろそろ新しい教室に向かおうと右足から踏み出した。





 一年の教室と二年の教室は、特にこれと言って変わった物も無く、強いて言うなら窓から見える景色が違う。一年前より空が近い。遠くに見える山は、更に遠くの山を眺められる。カーテンは断熱材を使用したエメラルドグリーン色、ちょっと薄汚れている──それくらいだ。


 席は一年前と同じ場所。席替えをしていないので自動的にそうなっているのだが、自分の指定席は窓際の隅というのがもう体に馴染んでしまっているようで、他の席に座ると落ち着かないだろう。


 担任が来るまで、暫しのご歓談。


 佐竹は宇治原君たちと、月ノ宮さんは月ノ宮ファンクラブの面々と、天野さんは程よい距離感を掴みながら、それぞれの友人たちと会話を弾ませている。


 おやおや、新学期早々にぼっちルートが確定したのは僕だったようですねえ……と思いながら、携帯端末にイヤホンを突っ込んで、春らしい音楽に耳を傾けた。オーバードライブで歪ませたギター、サンズアンプで存在感を放つベース、力任せに叩くスネアドラムとクラッシュシンバルが耳を(つんざ)き、ドブ臭いボーカルの声が『馬鹿野郎』と叫ぶ。久しぶりに訊く青春パンクもいいものだ、なんて思いながら窓の外をぼけっと見つめた。


 快晴。入学式には打って付けの天気と言えるだろう。春の麗の隅田川──隅田川よりも入間川のほうが、埼玉県民は馴染み深い。然し、春の麗の入間川と並べてもぱっとしないのが不思議だ。いやいや、入間川は荒川と合流するのだから、隅田川とか雑魚でしょ。


 ……なんだこの無駄なマウント取り。



  

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。


 今回の物語はどうだったでしょうか? 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・2019年10月21日……誤字報告により修正。

 報告ありがとうございました!

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