表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十四章 The Sanctuary of you and me,
391/677

二百六十八時限目 旅のお宿はまたたび屋にて


 月ノ宮さんが雑談室から立ち去ったあと、貰い受けたヒントを(はん)(すう)していた。あれは月ノ宮さんなりのヒントだった、と思う。彼女が今回の件をどこまで理解しているかはわかり兼ねるけれど──もしかしたら考えてないかもしれないが──数少ない会話の中にそれらしい物、ヒントに成り得る情報はあった。


 僕がこれまで、彼、彼女たちの悩みに対して妥協点を提供できたのは、僕の卑屈な思考、乃至はその人となりを見ていたからだと月ノ宮さんは断言した。そして、今回の相手は無機物であり、意思を持たない『物質』の感情を読み解くことは不可能だとも……たしかにそうだ。誰だって道に転がっている石ころに対して『お前はどうしてそこにいるんだい?』と疑問なんて抱かないし、質問したとて返答は無い。


 物質に魂が宿るというのは訊いたことのある話ではあるけれど、月ノ宮さんはそういう話をしていたわけじゃなし、道端に落ちている石ころに思い入れがあるわけでもないので、『それができたら超人だ』と月ノ宮さんは皮肉っぽく言ったのだ。


 そして。


 今回、僕が相手にしているのはその『無機物』に他ならないのであるならば、根底から考えを改める必要がある。いいや、そこまで遡ると埒が明かないので、修正すべき点だけに的を絞るとしよう。それでもきっと、僕はこの一件を解き明かすのは不可能だと思う。だけど『浪漫』という言葉で片付けてしまったら、僕の答えを待っている皆が落胆する。これまたいっかなどうしたものか──今回の妥協点を推し量るのは容易ではない。


 もう少しで、不透明を形にできるような気がするのだけれど、どうやら時間切れのようだ。


 ポケットに入れていた携帯端末が小刻みに振動して、着信を僕に伝えた。画面表示には佐竹の名前。


『いま、どこにいるんだ?』


 僕は端的に場所を伝えてから、すぐに戻ると付け加えた。


『わかった。あと三〇分くらいでゆかりさんが迎えにくるってさ。そんで、軽く日光観光してから帰宅だとよ』


「いいね。華厳の滝は見ておきたいと思ってたんだ。あと東照宮も」


『おお、小学校のときみたいに集合写真でも撮るか』


 佐竹は電話越しで笑う。


「まあ、それもいいんじゃない?」


『え?』


「なに」


『あ、いや。お前のことだから嫌がると思ったんが……何にせよ、一度部屋に戻って荷物取りに来いよ』


 わかった、と僕は通話を切った。





 部屋に戻ると、そこには月ノ宮さんたちの姿もあった。天野さんは頑なにこの部屋に来ることを拒んでいたけれど、真昼に幽霊がでるはずないし、もう時期この旅館からおさらばするということで、特に気にしていないようだ。


 三人は卓袱台を囲むようにして座り、それぞれの前には湯呑みが置かれている。僕の分も用意してあったので、その湯呑みがある場所に腰を下ろした。


 視線が僕に集中する。


「そんなに見つめられても、期待に添えるとは思えないんだけど……」


「さすがに今回ばかりはお手上げかしら」

 

 天野さんはふうっと息を吐いてから、湯呑みに口をつける。


「情報が少な過ぎでしたから、仕方がありませんね。気を取り直して、観光を楽しむことにしましょう」


「その前にログアウトしねえと」


 それを言うならチェックアウトよ、と天野さんが呆れ顔でツッコミを入れた。


 時間が足りなかった、情報が少な過ぎた、わからなくても仕方が無い──まあ、そうやって言い訳をすれば今回の件はお咎め無しで、そんなこともあるだろうと笑い話の一部になる。


 それでいいのか──?


 四方八方手詰まりで、これ以上考えても答えに辿り着けるとは毛ほども思えないのが現状だ。でも、こんなに容易く諦めてしまえるようなものなのだろうか。それとも、執着していたのは僕だけだったとか? いや、案外これが普通なんだ。


 この旅館で起きたこと、感じたことは『不思議な体験』として記憶に残り、集まったときに、『あれは一体なんだったんだろう』と、話題に困ったら口に出すくらい の些細な問題なんだろう。そうして片付けてしまったほうが楽だ。僕だってこの件の最適解を見つけることができなかったし、最初から半分諦めていた節もある。だからきっと、答えが出ないことこそ、今回の妥協点と成り得たのかもしれない。


「そろそろ行きましょうか」


 その一言が鶴の一声になり、僕らは荷物を手にして立ち上がった。


 これにて、今回の騒動は幕を閉じる──このときの僕はそう思いながら、佐竹から受け取った鍵でドアに鍵を閉めた。





「ご来店頂きまして、誠にありがとうございました。またのご来店を、店主並びに、従業員一同、心よりお待ちしております。()()()をする際は、どうぞおいで下さいませ」


 受付けにいた恰幅のよい男性は深々と頭を下げる。僕らは二、三言葉を交わしてから、若干の名残惜しさを胸に秘めて別れを告げた。


 僕は三人が外に出たあと、自動ドアの手前で立ち止まって振り返る。見送りをしてくれた恰幅のよい男性従業員と目が合うと、彼は「どうかされましたか?」と小首を傾げた。


「あの、実はご迷惑をかけた方に謝罪と感謝を言いたいんですけど」


「はあ……ええっと、それはどういったお話でしょうか?」


「どうしても三階が気になってしまって、僕がその先へ向かおうとすると、毎回その方に注意されてしまって、最後は僕の我儘を汲んで下さって立ち入りを許可して下さったんです。その方に挨拶をしたいんですけど──年配の男性です。細身で、背もあまり高くなくて、朝は水遣りをしていました」


 僕がそこまで話したら、目の前にる彼は「ああ、そういうことか」と納得した。


「あの」


「多分、いまは眠っていると思いますよ。もし、どうしてもとおっしゃるならば、旅館の裏手、少し先にある高台になっている場所にいるかもしれませんので、一声かけてやって下さい」


「そう、ですか。わかりました、ありがとうございます」


「きっと喜ぶと思いますから」


 そして、彼は簡単な地図を書いて僕に手渡してくれた。






 * * *





「随分と遅かったな。便所か?」 


 旅館から出てきた僕を見るなり、佐竹は笑いながら冗談を言う。


「佐竹じゃないんだから──なにかあったの?」


 天野さんは忘れ物の心配をしていたのだろう。「私も大丈夫かしら」と考え込んだ。月ノ宮さんはこれと言ったリアクションはせずに、車の到着を待っている。


「月ノ宮さん、ちょっといいかな」


「はい。なんでしょうか?」


「大河さんが来るまで、もう少しだけ時間あるよね?」


 ええ、少しくらいなら大丈夫ですよ、と腕時計で時刻を確認しながら、月ノ宮さんは顎を引く程度に肯いた。


「車に乗る前に寄りたいところがあるんだ。多分、そこに答えがある気がする」


「答え?」


「答えって?」


 天野さんと佐竹が声を揃えた。


 なんだかんだでこの二人は息が合う。


「そこまで時間は掛からないと思うから」


「わかりました。一応、大河さんに連絡しておきますね」


 月ノ宮さんは携帯端末をバッグから取り出して、ささっと文字を入力する。


「伝えましたので、時間の問題は大丈夫です」


「ありがとう──それじゃあ、今回の件の真相を見に行こうか」


 二つ折りにされたメモ用紙。鉛筆で走り書きされた地図は丸と線だけで描かれた簡素な代物だけれど、大体の地形は把握できているので迷う心配は無いだろう。


 またたび屋の裏手にある、ちょっと奥まった離れにある高台。そこに星印とカタカナで『ココ』と記入してある。


 この旅館に来たばかりだった昨日は、硫黄の臭いに面喰らってしまったけど、今はそこまで不快に思わない。いや、不快は不快なのだけれど、そこまで気にならなくなったというほうが正しい。鼻も大分お疲れのようだ。


 旅館の裏手には古そうな小屋が建ててあり、壁には熊手が立て掛けてある。庭弄りをする道具や脚立をしまっておく倉庫的な小屋だろうか。木造の三角屋根は、どこかログハウスのようにも思える。


 その小屋を遠目にながら、左手に持っている地図を頼りに進んでいく。場所は温泉がある別棟と丁度反対側に位置していた。


 小高い場所というだけあって、絶景である。


 そこには、苔が生えた平たい岩が地面から生えている。


「ねえ、これってお墓……よね」


 遠くからこの岩を視認したときは祈念碑と見紛えるけれど、近づいて確認すると、岩でできた板状の部分に名前が彫られてあった。


「初代、硫黄温泉またたび屋当主、ここに眠る──」


 月ノ宮さんが彫ってある文字を読み上げた。


「なあ、優志。もしかして……」


 またたび屋の幽霊の正体──それは、またたび屋を愛していた初代の当主、その人だったのだ。


「私たちを出迎えてくれたあのおじいさんが、幽霊だったって……こと?」


「さあ、どうだろうね。でも、ここまで立派なお墓を建てているってことは、従業員からも慕われていた人だったんじゃないかな」 


 あの老齢の男性が、このお墓に眠っている初代当主だったかはわからない。写真でもあれば確証も持てるけれど、そこまでする必要は無いだろう。


 だって。


 名前の横には、彼がそうであるとした証のような文字が彫られているのだから。





 旅のお宿はまたたび屋にて。


 悔いの無い旅を願っております──。



  

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。


 今回の物語はどうだったでしょうか? 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・現在報告無し

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ