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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十四章 The Sanctuary of you and me,
390/677

二百六十七時限目 よき好敵手であるために


 僕は来た道を引き返しながら、彼の証言を頭の中で呪文のように繰り返す。


 当たり障りの無い問答、これと言って嘘を吐いているようにも思えない。だけど、腑に落ちない点が一つ。それを確かめるべく僕は、三階へと続く階段に右足を掛けた。


「おやおや。またですか……」


 それは僕の台詞なのだが。


「あ、あはは……いやあ、どうしても気になって」


 男性従業員が出払っていると訊いて、三階に行くにはこのタイミングしかない。そう思ったけれど、お年寄りに外回り業務は厳しいか。あんな細い足で山道を上り下りするのは困難だろう、体力も衰えているはずだ。それでも仕事をこなしているのだから頭が下がる。


 これまで何度か三階へ向かおうと試みたものの、そのどれもこの人に阻まれて失敗に終わった。過剰なくらい勤勉。そこまでして三階に行かせまいとする理由とはなんだろうか。


 倉庫に重要な物が置いてあるならば監視も厳重になるだろう。然すれば、階段前に格子扉を設けるなどして対策を取るべきだ。そうしないのは宿泊客が怖がるからだと、彼は昨日、僕に告げている。あり得ない理由ではなかったが、彼の言葉の信憑性は薄いと僕は思う。


「そちらに行かれましても、面白いものは御座いませんが……」


「倉庫、でしたっけ?」


 すっとぼけるように答えてみた。


「ええ」


 彼は顎を引く程度に(がえ)んずる。


「鍵のかかった倉庫の入り口があるだけです」


「そう、でしたね」


 あの恰幅のよい男性は、『不慮の事故などなかった』と言っていた。その割に、階段下から僕を見上げるようにしている老齢の彼は、この階段の先を気にしているようにも(うかが)える。


 なにかある──そう確信した。


「あの」


「はい?」


「もしかして、この先で事故が起きた……なんて話は無いですよね?」


「もちろん。そういった事件や事故は起きてませんよ」


 証言は二人とも一貫している。


 口裏合わせをしている可能性も無きにしも非ずではあるけれど……。


 この構図では、僕が迷惑な客だというのは明らかだ。


「そうですよね。何度もすみませんでした」


 三階へ行くのは諦めて、トイレ横の喫煙スペースでこれまでの出来ごとを振り返りながら頭を一捻りしようかと思ったそのとき、彼は「仕方がありませんね」と、観念したかのような声音で僕を引き止めた。


「そこまで気になるとおっしゃるならば、一度だけ大目に見ましょう。ですが、本当に退屈なだけですよ?」


 それでもよければお進みください、と彼は廊下を引き返そうとした。


「……すみません、ありがとうございます」


「心残りのある旅にさせたくはありませんからね」


 しわくちゃな顔で笑い、丸まった背中を僕に見せながら、老齢の彼は僕の視覚から離れていなくなった。我儘を押し通したみたいで、あまりいい気分ではない。旅館を出るとき、あの老齢の男性に、ちゃんとお礼を言わなきゃな──と思いながら、未知の領域に足を踏み込んでいく。


 一歩ずつ、足元に気をつけながら階段を上る。軋む階段も二日目とならばもう慣れてしまった。何がおかしいという印象は受けない。単調な階段が続いているだけ。薄暗さこそ感じるけれど、前が見えないほどじゃない。見上げると、天井から吊るされている裸電球がゆらりゆらりと静かに揺れていた。


 階段の踊り場に到着して、行き先を見つめる。


 そこにあるのは老齢の男性が言う通り、staff onlyの札が貼ってあるドアだけだった。


 近づいて確認してみたけれど、やはり、これと言っておかしい点は無い。


 床には何度もこのドアから物を運んだ形跡が残されている。


 重い物を引き摺った跡が、ドアの内側から外側までの数センチメートル伸びている。その傷は黒く変色しているが、多分、長年の散りや引き摺った物の塗装、そしてカビによるものだろう。間違ってもホラー映画のような乾いた血痕ではない。仮に『そうだ』と言われたならば、それもそれで納得できるんだけどなと思いながらもドアを観察してみる。


 ドアは二階にある部屋のドアを同じ構造だ。


 重厚な感じ。よく見ると、staff onlyの表札の上に埃が積もっている。


 掃除はあまりされていないらしい。従業員しかここを使わないし、客に見られることを想定してないんだろう。銀色の鍵穴の上にも同じくらい埃が積もっているが、ドアノブだけは埃が無い。ドアの開け閉めは頻繁に行われているようだが、まあ倉庫だし、そうなっていても不思議じゃないか。


 左右にある壁にはなにも貼られていない。


 照明のスイッチがあるだけで、不自然は点も無かった。


 想像以上の空振りに、思わず溜め息が溢れる。ここに来ればなにかしらヒントになる物があると思っていたけど、現実はゲームのようにはいかないようだ。ゲームのように、調べられる場所が光っていればわかり易いのにな。


 そういうカメラアプリ、誰か作ってくれないかな?


 キーワードを入力して画面を覗くと、該当する物が光るみたいなやつ。それがあれば探し物も楽々だろう? 『幽霊』とキーワードを入れれば、幽霊も感知するまである……?


 やっぱり、そんなアプリは必要無いから作らなくていいです。





 * * *





 結論から言うと、三階での探索は失敗した。失敗した失敗した失敗した失敗失敗失敗──なんの成果も得られませんでしたー! と嘆くにはまだ早いだろう。結論を出すにしても猶予はまだ残されている。まだ(あせ)るような時間じゃない……焦る必要性も無いんだろう。


 佐竹たちが僕の答えを待っている。


 期待に応えたい気持ちがある反面、おそらく僕がこの旅館の真相に辿り着くことは無いだろう──そうも思っていた。だって、明らかにおかしいんだ。


 不可思議というか、納得できなような出来ごとが起きているこの旅館は、僕の中にある常識から逸脱し過ぎている。まるで粗悪な脱出ゲームをプレイしているような感覚に近い。最も、脱出しようと思えば、出入り口は固く閉ざされているわけじゃないので容易いが……それでは解決どころかむしろ逃避になってしまう。


 はてさて、これまたいっかなどうしたものかと、別館に向かう渡り廊下の手前にある談話室のベンチに座り、頭を二、三捻っていたら、月ノ宮さんが渡り廊下を抜けて、部屋に戻る姿を横目に捉えた。いつもなら艶のある黒髪を下げているけれど、今は団子のようにして纏めていて、誰だろう? と一瞬だけ悩んだけれど、漂うオーラが一般人と違い過ぎたので、数秒も掛からず記憶の中にある彼女と一致。風格が有り過ぎるのも難だなと思いながらも「やあ」と声をかけた。


「あら、探偵さん。こんなところでお会いするとは奇遇ですね」


「それは皮肉かな?」


 ええ、そうですよ。と、月ノ宮さんはイタズラっぽく微笑む。


「探偵は殺人事件を呼び込むことで有名ですが、優志さんの場合はそうではないようですね」


「答えは簡単だよ。僕は探偵じゃない」


「そうでしたね」


 月ノ宮さんはひらひらと浴衣の袖を揺らしながら、僕の隣に腰を下ろした。両手は膝の上、背筋をしっかりと伸ばしている。普段の些細な行動にも『月ノ宮の人間である』という配慮を怠らないが、そういう生き方は窮屈じゃないだろうか? まあ、それこそが月ノ宮楓という人物を形成しているのならば、僕がとやかく言うべきじゃない。


「順調ですか」


 視線は合わさずに、眼前にある壁を見ながら僕に訊ねる彼女は、きっと僕の回答をわかっている。それでも敢えて訊ねたのだろう。


「順調だよ。順調に悩み中さ」


「これは謎解きショーに期待できそうですね」


 皮肉に皮肉を返されてしまって、不満たらたらに唇を尖らせた僕を、月ノ宮さんは軽く遇らうように一笑して、視線を僕に向けた。


「多分、優志さんにこの謎は解けませんよ」


「反論したいけど、反論できないからいけないなあ」


「だって、優志さんが相手にしているのは人ではないのですから」


 人じゃない……?


 まさか、幽霊とでも言いたいのだろうか。


「これまで優志さんは、私たちの問題に対して、真剣に悩みながら答えを模索していました。それは、アナタの〝他人を視る力〟というようなものが働いていたからではないでしょうか?」


「僕は赤い眼の能力なんて持ってないよ」


「赤い眼?」


 そう言って、月ノ宮さんは首を傾げた。


 そうか、月ノ宮さんはボカロを聴いたりしないんだなと、通じなかったネタを引っ込めた衝動に駆られる。


「よくわかりませんが、優志さんがこれまで解決してきたのは()()()()()です。人の悩みを解決するには、その人をよく観察して、どういう思考パターンを持っているのかを考えますよね。優志さんはそれが異常なほどに長けていると私は思います」


 褒められているのだろうか? どちらかと言えば『臆病者』だと、遠回しに断言されている気が……。


「然し、今回の場合は違います。優志さんの相手は血の通った人間ではなく人工物……つまりこの旅館です。意思を持たない物質の意図を探るなんて、それこそ超人の成し得る技ですよ」


 たしかに──。


「つまり、僕じゃなくて月ノ宮さんの本分ってこと?」


「経営云々を言えば、正しくその通りですね」


「うん?」


 的を得ない発言に眉が下がった。


「一人で温泉に浸かりながら考えたのですが──いえ、恋莉さんもいらっしゃれば、それはもう桃源郷だったのですが、まあ、四六時中付き纏っているわけにも参りませんので、ここはぐっと我慢したのです。本来ならば旅の締め括りにもう一度だけ、恋莉さんの生まれたままの姿を目蓋の内側に焼けつけたい気持ちでいっぱいで……って、何を言わせるんですか」


「自分でヒートアップしておいて八つ当たりはよくないと思います……」


 相変わらず、天野さんのことになると歯止めが無い。だけど、天野さんのことを語るときの月ノ宮さんはとても楽しそうだ。それほどまでに好きなんだろう。


「それで、結局のところ、温泉に浸かりながら考えたことってなに?」


「ああ、そうでした。先にも言いましたが、優志さんの相手をしているのは人間じゃない──これもそうなのですが、そもそもこの旅館にきた目的を失念していませんか?」


「疲れを癒すってやつ?」


 そうです、と月ノ宮さんは頷く。


「この旅館の問題に頭を抱えるのは本末転倒かと、そう思ったんです。わかる、わからない。答えを出す出さないは自由ですが、もっと旅行を満喫するほうが重要だったのではないかと」


 それは、まあ正論かもしれない。


 この旅館がどうなろうが、僕らの人生を大きく左右するとは到底考え難いし、本音を言ってしまえばどうでもいいいことだ。目の前にあったオモチャに飛びついた子どもみたいに着手したけれど、一連の疑問を解消したところでなにが残る? 達成感だけは一丁前だが、組み立てたパズルなんて額縁に入れて眺めるくらいしか楽しめない。解き明かした課題の答えを消しゴムで消したって、答えが変わるはずもないのだ。ならば、未知の遭遇に対してあれやこれやと数式を当て嵌めるのはナンセンスだとも言える。


 けれど──。


「それでは前に進めない」


 答えは見つけるべきだろう。


 例え、その答えが間違っていたとしても。


 赤色のボールペンでレ点を入れられたとしても。


 結果が伴わなわずに成果を上げられずとも。


 僕をずっと待ってくれている人たちがいる。


 だから──。


「ここで中途半端に投げ出すわけにはいかないよ」


「……優志さんなら、そうおっしゃると思っていました。別に試したわけではないのですが、お気に障りましたら申し訳御座いません」


 月ノ宮さんは立ち上がって、僕の真正面に立つと、深々と頭を下げた。


「そこまで大袈裟に謝らなくても……」


「優志さんはやはり、私の好敵手として相応しい方だと再確認できたので、お礼も兼ねてです」


「そう?」


「ええ」


 なんだかよくわからないが、月ノ宮さんが満足できたならよしとしておこう。


「優志さん、アナタにはもう負けたくありません。恋莉さんの心は絶対に渡しませんので、これからもよき好敵手であって下さいね」


「努力するよ」


 そうして、月ノ宮さんは機嫌よく鼻歌を(くち)(ずさ)みながら、想い人の元へと向かっていった。透き通った歌声は、まるでエコーがかかったように、いつまでも僕の耳に届いているような、そんな気がした。


 

 

【備考】


 長らくおやすみを頂きまして、大変申し訳御座いませんでした。持病である椎間板ヘルニアの痛みも落ち着きましたので、本日より活動を再開させて頂きます。


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。


 今回の物語はどうだったでしょうか? 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・現在報告無し

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