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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十四章 The Sanctuary of you and me,
386/677

二百六十三時限目 答えを導けない名探偵


 なにをしてる、か──。


 ここがもしもボーリング場であるならば、僕はどういった経緯かは定かじゃないにしろ、重さ数キロある三点穴の空いた球体をピン目掛けて転がすべきだろう。全て倒せばストライク、一投目で一本残し、二投目にそのピンを倒せばスペア──スプリットはなんだっけ? まあいいか──逆に、ボールをピンに当てられなければガターと言う。くれぐれも『ガーター』ではない。それは靴下止めを意味する単語だ。


 ガターの語源は、実は日本語らしい。曰く、膝を床に付けるくらい落ち込む様子からガターと名付けたようだ……無論、嘘である。そんな、中高年の宴会で、酔っ払ったおじさんが披露するような理由であって堪るものか。苦笑いしかできないじゃないか。愛想よく笑ったって頬が引き攣るレベル。頬が引き攣るといえば、この状況も正しくその通りである。


 僕は天野さんの問いに対して、どう返答するのがよいのか刹那にパターンを作る。


『やあ、奇遇だね。もしよかったら、これから一緒に五右衛門風呂に行かない?』


 こんな場所で出会うのだから、奇遇は奇遇なのだろうけれど、こんな奇遇は望んでいない。しかも五右衛門風呂って。仲よく隣同士でビバノンノンする気か──却下。


『いやーん! 天野さんのエッチ!』


 彼女がどこでもドアを用いてここに来たならば、こういう返しかたも悪くないかも知れない……いや、ないだろ。


 最近のアニメや漫画、ラノベでは、風呂場で立場が逆転している場合、『こっちが恥ずかしがれば、難を逃れられるのではないか?』と考えるようになったけれども、それが成功している試しは無い。風呂桶や石鹸などが飛んできて、『失礼しましたー!』とコミカルに逃げるのが流れだ。でも、それが天野さんに伝わるだろうか? 伝わったとしても冗談で済むような状況じゃないことだけは確か──却下である。


『いつから僕が、檜風呂にいると錯覚していた?』


 これに至っては問題外だ。錯覚じゃないし、僕はここに存在しているわけで、鏡花水月を持っているわけでもない。そして何より、僕は死神ではない。仮にこう言って、天野さんから罵詈雑言を吐き捨てられた場合、『あまり吠えるなよ、弱く見えるぞ』とでも返せばいいのか? やかましいので却下である。


 最初から答えは出ているようなものだったが、それで天野さんが納得するかは別の話で、天野さんが朝風呂に『檜風呂』を選んだ時点で僕の敗北は決しているだろう。ならば潔く──裸一貫でもあることだし──土下座して詫びるのが正解か。


 腰に巻いたタオルの結び目を確認する。念のためにと思って巻いていたけれど、備えあれば憂いなしとはこのことだったか。


「天野さん。落ち着いて話を訊いてもらうことは可能でしょうか?」


「優志君のことだから、犯罪に手を染めるような理由じゃないのよね?」


 もちろんだよ、と答える。


「……いいわ。でも、裸じゃ落ち着くに落ち着けないから」


 服を着ろという話だろうと思い、僕は一歩前に進む。


「五右衛門風呂なら、大丈夫よね……?」


 まあ、五右衛門風呂ならお互いに距離も離れているし、相手の裸を見てしまうリスクは減るか……って、そうじゃないだろ。ここは混浴じゃないわけで、僕がここにいる時点でアウトなのだから、早々に立ち去りたいのだけれど?


「そうもいかないでしょ? 僕は先に上がって着替えるから、天野さんも後から──」


「言うことを訊かないと、社会的制裁を加えることになるけど、それでもいいかしら」


 ええ……嘘だろ?


 この状況こそ、その一歩手前だと言うのに、天野さんはどういうわけだか、僕を檜風呂から解放する気は無いらしい。


「天野さん、常識的に考えても、ここに僕がいることはリスキー過ぎるよ」


「常識的な行動を取っていない優志君がそれを言うの?」


「うん」


「じゃあ、優志君はここに女性が来るというリスクを予め知っていたということになるわね。やっぱり覗きが目的だったのかしら?」 


 そこを衝かれると、ぐうの音も出ない。言い返す言葉が無いわけじゃないけど、今は天野さんに従ったほうがよさそうだ。


「……わかった。でも、あまり長居はさせないでね」


「ふふっ、なんだか優志君を言い負かした気分だわ」


 僕はこの旅館に来てからと言うもの、女性陣に負けっぱなしだなあ……。





 * * *





 露天風呂のある外風呂は、中心部に階段があり、前と後ろで高低差のある特殊な作りとなっていた。おそらく、どこからでも景色を堪能できるように考慮して作られたのだろう。


 中心から手前に檜の浴槽があり、五段下りた左端にざらざらした手触りの黒い大釜が三つ並べられている。その大釜に、流し素麺で使われそうな、竹を縦半分に割った物からお湯がちょろちょろと垂れ流されていた。


 僕は一番左端に、天野さんは一番右奥、真ん中を開けて浸かっている。「別に私は隣同士でも気にしないわよ?」なんて言われたけれど、僕が大いに気にするので、何とか言い包めて離れて貰った。


 僕の左側には竹の壁が、前方奥までずらりと(そび)え立っている。


 この壁の向こう側に岩風呂があるはずだ。


 まあ、飛び越えようとしても壁の先端は槍のように突起しているので、棒高跳びでもしない限りは覗きなんて不可能だろう。もっとも、現状ではその壁の向こう側とか言う問題の話でも無いのだが……。


「ここ、いい旅館よね」


「そ、そうですね ……」


「なんで敬語なの?」


 いやまあ、そりゃ色々と思うところがあるわけでして……。


「気にすることないって言ってるでしょ? もしものことがあれば、私も共犯になってあげるから」


「僕としては、天野さんを犯罪者にするのは心苦しいというか……はい、すみません」


 ぎろりと睨まれて、つい謝ってしまった。


「私はね、優志君。アナタになら裸を見せてもいいと思ってるのよ」


「いや、それはさすがによくないからね?」


 その発言自体もかなりアウト。女子高生的に言うならばアウト寄りのアウトである。からの卍。


「だって、優志君は女性でもあるわけでしょう? だったら、私は──そういうのも受け入れていくべきだ、そう思ったの」


「ちょっと性急に結論を出し過ぎじゃないかな……気持ちは有り難いけど」


 性急……そうかしら、と天野さんは遠くの山々を凝視しながら呟いた。釜口からはみ出す滑らかな曲線を描く肩に、思わず息を呑む。ヘアゴムで纏めた髪の毛からつらりと一筋の雫が落ちる。まるで葉を伝う朝露のようだ、と思った。


「これでもね、私なりにちゃんと考えてるのよ。優志君のこと、自分自身のこと、そして、これからのこと……」


 ちゃぷりとお湯を掛ける。肌はお湯を弾き、薄っすらと濡れた左肩が艶かしい。


「私は、優志君も、ユウちゃんも、どちらも諦めたくないから──」 


 ここまで僕のことを考えてくれているなんて、本当に有り難いことだ。こんな状況じゃなければ、雰囲気に呑み込まれていたかも知れない──そうだろうか? どうだろうな。


「僕も……もっと考えるよ」


 そうしてくれると嬉しいわ──と、彼女は嬉しそうに微笑んだ。そして、ぱっと頬を朱らめる。やはり、恥ずかしいものは恥ずかしいんだろう。……当然か。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。


 今回の物語はどうだったでしょうか? 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・現在報告無し

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