二百六十二時時限目 鶴賀優志と怪談話と檜風呂
声がけしながら進んでいると、不意にこんな怪談話を思い出した。
* * *
小学生たちが離れの山にある、ぼろぼろの廃墟になっている家に肝試しに行ったそうな。
その頃はまだ携帯端末や、そういった電子機器がなく、テレビもブラウン管で、音楽もラジカセで訊くのが主流の時代。彼らは記録を残そうと企み、実家から黙って持ち出したのは、親兄弟の誰かが所有しているウォークマンだ──現代で言うところのiPodと言ったところだろうか──。
ハンディカムもあるのだが、この時代のハンディカムというのは、ちょっとややこしい作りになっている。小学生が巧みに操れるような代物ではない。なので、手軽に録音ができる、マイク付きのウォークマンが採用されたのだ。
夜の山というのは、いつも遊んでいる山の風景とは異なる。風で揺れる木々の騒めきは不気味だし、明かりも懐中電灯なので心許無い。段々と恐怖感が彼らの背を粟立たせ、調子に乗っていた彼らの口数も減っていく。
然し、どうせおばけなんか出やしないという気持ちと、恐怖から解放されたいという焦りからか、おふざけ担当の子がいつも通り戯け始めた。おい、やめろって。そう言って止めさせようとする彼もまた、普段と同じ彼の言動に安心したようで頬を緩めている。それが連鎖して、彼らは次第に活気を取り戻しながら、目的地の廃家へと到着した……。
始めようぜ、とおふざけ担当が言う。彼はこのグループのリーダー的な存在であり、小学生集団の中でお笑い担当という存在は、妙にカリスマ性を持っていたりするものだ。まあ、そんな幼稚なカリスマ性が通用するのは小学生の間だけなのだが……いけないいけない、主観が入ってしまった。
おふざけ担当の指示に倣い、彼の相棒である少年が、ウォークマンの録音ボタンを押す。
──押したか?
──うん。押した。
そんなやり取りのあと、おふざけ担当の彼は、まるで心霊特番のレポーターのように、そこら辺に落ちていた木の枝をマイク代わりにして声を発した。
「おじゃましまーす」
玄関に入る。老朽化が進んで、床板が剥がれて跳ね上がっている部分がいくつもあった。
「いい家ですねぇー」
ずんずんと進んでいく彼に着いていくことだけを考えている相棒くんの後ろには、廃墟化した家の雰囲気に飲み込まれて、膝を震わせている仲間たちが追う。なんだよお前ら、ビビってんのか? そんなわけねぇだろ! みたいなやり取りを何度か繰り返しているうちに、リポーターは二階に続く階段を発見して、なんの躊躇も無く上がろうとした。さすがに二階は段違いにヤバい。そう思った相棒くんは彼の肩を叩いて止めようとする。だが、彼はその静止を振り切って、階段を上り始めてしまった。はあ……仕方が無いと後ろにいる彼らも、勇敢なリポーターから離れまいと階段を上がった。
二階の壁は朽ちて、大きな広場のようになっていた。老朽化した畳や、ゴミがいくつも散乱している。勇敢に足を進めていた彼も目の前の荒廃した風景に絶句。ようやく状況が芳しく無いと思ったのか弱腰になり、周囲をぐるっと見渡して──
「そろそろ帰りますねー」
そう言って、きた道を引き返した。
本当は肉眼でおばけの姿を捉えたかった彼ら一行だったが、あまりの恐怖心で足が急ぐ。廊下で転ばないように注意しながら、やっとのことで辿り着いた玄関。ふうっと人知れず安堵の溜め息を零した彼は、もう一度だけ背後を振り返った。
「おじゃましましたー」
冒険を終えた彼らは近くにある公園の四阿で、先の冒険を語らい合っていた。なあ、テープ訊いてみようぜ。という彼に、一同も頷いて、少年はポケットからウォークマンを取り出して巻き戻し、がちゃっと停止してから再生ボタンを押した。
『押したか?』
『うん。押した』
最初のやり取りが鮮明に再生されて──
『おじゃましまーす』
『……』
「今のなに? なんか、ガサガサって音が入ってたけど……」
もう一度巻き戻して再生すると、たしかにノイズのような音が入っていた。
「これ……〝いらっしゃい〟って訊こえない?」
リーダーであり、リポーターをしていた彼が答える。
「まさか……ただのノイズだろ」
──ぜってーおばけの声だって!
──まさかぁ……風の音だって。
──いいから、続き訊こうよ。
軽くパニックになりそうだったが、仲間の声に従って、続きを再生した。しばらくは床を踏む物音などが続く。
『いい家ですねー』
『……』
「ほら、まただ。今度は〝ありがとうございます〟って訊こえなかった?」
「褒められて喜ぶおばけなんているかよ」
それもそうか、と少年は頷いた。
また暫く物音だけの時間が続くが、時折、『ザーッ』と強くノイズ音が入るようにった。
そして、彼らが階段を上る音。
『そろそろ帰りますねー』
『マ……イロ』
これまでは激しいノイズ音だったが、今回はたしかに音声のようなものが確認できた。だが、性別まではわからない。酷いノイズのせいで、その声も途切れ途切れだった。
「これ、やっぱり声だ。ま……いろ?」
これまで否定をしていたリーダーも、今回ばかりは否定出来ず、ごくりと固唾を呑んで、視線だけで続きを相棒に促す。
そして。
『おじゃましましたー』
本来ならばここでおしまいだった。相棒くんもここで停止ボタンを押したのだ。なので、本来ならば無音。刺激の強過ぎた肝試しだったね、と笑い話にもなっただろう。これをクラスで披露すれば、彼らはクラスで英雄扱いされる
……という目論見だった。
だが、無情にもテープはそこで終わってくれなかったのだ。
薄っすらと入っていたノイズ音は消えて、はっきりとその声は入っていた。まるで、地獄から這い上がってくる鬼のような野太い男の声。その声が断末魔のように声を荒げて叫んでいた。
『マテエエェェェェ!』
彼らがそのテープをその後どうしたかは知らない──。
* * *
おっかなびっくりしながら、僕は自販機の廊下を進んでいた。
「すみませーん、だれかいますかー」
この状況は、不意に思い出した怪談話と似ている。もっとも、鬼が出てくるなんてことは無いとは思うけれど、般若は出てくるかも知れない。鬼も般若も似たようなものか、なんて微苦笑しながら、更衣室の引き戸を少しだけ開いて中を覗く。
「これでもし中に女性がいたら、言い訳も訊いてくれないだろうな……」
そんな心配も無用だったようだ。ぱっと見では誰もいないし、水音もしていない──そうか、ここに裸の女性はいなかったんだと、今までおどおどしていた自分が馬鹿らしくなってしまった。きっと、暖簾が入れ替わっていたのは、そういう周期だったに違いない。そう思い込むことにして更衣室へと入った。適当なロッカーに服を入れて、いざ、檜風呂へ!
「おお……」
思わず感嘆の声が漏れる。
岩風呂もなかなかによかったけれど、檜の浴槽というの風情があっていいものだ。素早く体を洗ってから、ちゃぽんと足を湯に潜らせる。温度は少し高めで、冷え切った体に染み渡る。肩の下まで浸かり、壁に貼ってある説明文に目を通した。
どうやら、室内風呂は硫黄成分が少なめに調整されているらしい。硫黄を楽しみたいのならば露天風呂へどうぞとも書いてある。なるほど、どうりで乳白色が薄いわけだ。だけど、これはこれでなかなか……。
じいっと天井を見つめながらぼうっとして、体の芯も温まったと確信してから浴槽を出た。
お次は露天と行こうじゃあないか。
五右衛門風呂も捨て難い。
意気揚々としながら露天風呂に繋がるドアに手をかける。
がらがら。
──がらがら?
ふむ、おかしい。
僕が手をかけたドアは引き戸ではない。だから、がちゃっという音が正しいのだ。従って、がらがらというのは、浴場に入るドアに他ならない──佐竹が僕を追ってきたんだろうか? そう思って振り返ると、そこには胸元までタオルで隠しているミディアムショートヘアの女の子がいた。
ばっちりと目が合う。
「……優志君。ここでなにしてるの?」
おばけよりも怖いモノに遭遇してしまった瞬間だった──。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか? 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・2020年8月23日……誤字報告による修正。
報告ありがとうございます!