二百五十七時限目 イレブンバックの義信
「見つかったって言い方は変じゃね? 普通、見つけたって言わねぇか?」
佐竹は蕈が入った混ぜご飯を、山を崩すようにしながら口に運んだ。出汁を吸ったご飯は茶色に染まり、噛み締めるごとに鶏出汁の香りが口の中に広がる……そんな一品だ。勢い任せにかっこみたいけれど、それはとても勿体無い行為に思えて、僕も佐竹もお上品にしながら運ばれてきた食事を堪能している。
「僕の答えが正しいとは限らないけど、少なくとも最初の言葉は〝み〟だよ」
鮪の刺身に箸を伸ばして、刺身皿の小脇に添えられた山わさびを乗せる。醤油が入った小皿にちょろとだけ付けて頂戴すると、弾力のある身の甘みが抜群で、つんと舌を刺激する山わさびが爽やかに鼻から抜けた。
「根拠はあんのか」
佐竹は蛤が入ったお吸い物をずずいっと啜り、ぷはぁと満足そうに息を吐いた。
「ない」
ごりごり、鰹節を着飾っている沢庵を齧る。
「そりゃ頼もしいことだ──って、ここの飯、ガチで美味くねぇか?」
「うん」
山の幸と海の幸を使った懐石料理が運ばれてきたときは眼を疑ったけれど、見た目の華やかさに負けず、味もいい。だが、やはり一番は湯葉だった。出汁醤油のかかった湯葉に乗っている宝石のような刻み柚子の香りが湯葉の甘みと相俟って、食べ終えてしまうのが残念に思えるほど絶品だった。むしろ、高校生の僕がそれらの料理を食べるのが申し訳無いとすら感じてしまう。
「なあ、やっぱり従業員に伝えたほうがよくないか?」
「従業員って、さっき料理を運んできたおばちゃんのこと?」
「違えよ!」
いや、違くはねえけど……。
「受付けにおっさんとかいただろ? こういうのは普通、男に訊ねたほうがよくねえか?」
「そうかな? 女性スタッフのほうが、その手の話に精通しているような気がする」
力仕事の依頼であれば、そのほうがいいと頷けるけど……。
コミュニケーション能力の高さは、どう足掻いたって女性に軍配が上がるだろう。客と触れ合う機会が多い女将さんや女中さんは、要らぬ情報までも掌握しているイメージだ。
「それよりも僕は、月ノ宮さんの動向が気になる」
「そりゃ……まあ、確かに」
僕にあんな合図を送ったということは、近いうちに接触してくると考えられる。月ノ宮さんが有意義な情報を持っているとは考え難いけれど、そういう可能性だって無くはない。
「でも、恋莉を部屋に残してくるか?」
──そう、そこなんだ。
これもまだ可能性の話に過ぎないけれど、彼女たちの部屋にも御札がある、と僕らは予測を立てた。そんな場所に天野さんだけ置いてくるとは考えられない。まあ、月ノ宮さんと一緒なら何も起こらないなんて保証も無いけれど……それでも、一人より二人のほうが安心できる。
「つーかよう、優志」
「うん?」
「この部屋だって、出る可能性あるんだよな」
御札が貼られていた事実がある以上、否定はできない。
「どんなタイミングで来んだろうな? まあ、出て来られても俺には見えないんだけどさ……そう考えると幽霊に申し訳ねぇわ、ガチで」
この開き直り様は僕も見習いたいものだが、恐怖系の番組だと、霊感が無くたって問答無用で襲ってくるんだよなぁ……。
「やっぱり安定の白いワンピースか? それとも貞子タイプか?」
「どっちでもいいけど、どっちにも出てきて欲しくないなぁ」
だよな、と佐竹は苦笑いを浮かべた。
食事を終えて、僕は縁側にある椅子に腰をかけた。テーブルに置いた緑茶は既に微温い。飲み切ってしまってもよかったのだけれど、これは気分の問題だ。
佐竹は「便所にいってくる」と言って部屋を出ていった。テレビ、と思う。然し、ここにまで来てテレビもないだろうと踏み止まった。生憎、見たい番組も無いしな。どちらかと言えば、贔屓にしている動画サイトの動画投稿者の投稿が気になっているけれど、それだって、わざわざWi-Fi環境無しで見ようとも思わない。
少し大きめのリュックサックの中には読みかけの本が入っている。縁側で読書を楽しもう──そう思っていたけれど、そういう気分でもなかった。
窓の外は暗闇で、夜空には星が散らばっている。何億光年前の瞬きだろうか。子供の頃、『何億光年』というのは時間だと思っていたけど、これは距離を表す単位だと知り、それならばどうして『キロメートル』で表さないんだろう? と疑問に思っていた。然しながら、実際にキロメートル換算すると、それこそ天文学的な数値になるので、やはり『何億光年』と表記したほうがわかりいいと結論に至った。
夜空の星々は綺麗だけれど、暗闇の中で風に揺れる木々の騒めきは殊更に不気味だ。山には物の怪が住むと言い伝えがある。山の怪、というらしい。珍しい物や山菜などで人間をおびき寄せて、そのまま山の中へと引き摺り込んだり、山の宝石という物を持ち帰えらせて、不幸を呼んだりするそうだ。なので、『山からは何も持ち帰るべからず』というのが暗黙のルールみたいになっているが、とどのつまり、これらの話は山の危険性や、生態系を破壊しないようにという教訓に違いない。
けれど。
幽霊話があるこの旅館では、それらの話が尾を引いて不気味に思えてしまう。
死角になっている窓の縁よりも更に下から、うらめしやと亡者が壁をよじ登ってきていたとして、僕に何ができようか? おそらく『それ』は僕の命を奪おうとしているのだろうけれど、佐竹同様に僕にも霊感は無い。『それ』が窓を叩いて「開けろ」と意思を示していても、風が強いのか……と、気にも留めないだろう。ホラー演出のように窓に張り付かれてもなぁ、見えないものは見えないのだからどうしようもない。最悪の場合、般若心経でも唱えてみようか? ぎゃーてーぎゃーてーはらぎゃーてー、くらいしか覚えてないけれど、それすらも合っているのかどうか怪しい。
「ただいまー」
用を足した佐竹が戻ってきた。
「おかえり」
ちゃんと手は洗った? と、僕は問う。
「当たり前だろ!? お前らは俺をなんだと思ってんだ! ──冗談はさて置き、だ」
腑抜け顔が一変して、由々しき事態が発生したと言わんばかりに真剣な表情を浮かべる。
「楓に会ったぞ、トイレで」
「佐竹、いくらなんでも、女子トイレで用を足すのはどうかと思うよ」
「違えよ! 会ったのはトイレの外だよ!」
よかった、ここに変態はいなんだね。
「──で、なんだって?」
「これから、アイツらの部屋で始めるらしいぞ」
一体、何を始めると言うのだろうか……?
「勿体ぶってないで、早く教えてよ」
「──大貧民だ」
大貧民。
地方によっては『大富豪』とも呼ばれるトランプゲーム。一巡目の勝敗で格差が決まり、負けた者は『貧民・大貧民』という不名誉な称号を与えられて、『富豪・大富豪』から強い手札を搾取され続ける──正に現代の象徴のようなゲームだ。ローカルルールも複数存在していて、全てのルールを把握するのはほぼ不可能と言える。それだけ手頃に遊べて人気だとも言えるけれど……僕は結構強いぞ? あと、ダウトだったら誰にも負けない自信がある。
然し、それは口実だろう。
トランプをすると言えば自然に僕たちと合流できる。さすがは月ノ宮さんだ。伊達にあの大荷物を持ってきただけあって、ど定番のトランプも持ってきていたか──いや、そこまで関心することでもないな。
「しっかし、大貧民なんて久し振りだわ。〝イレブンバックの義信〟と呼ばれた俺の実力を見せてやろう」
「随分な異名を持ってるんだね」
おうよ! と、佐竹は鼻を鳴らした。
でも、佐竹よ──。
その異名はおそらく皮肉だと思うぞ……。
イレブンバックとはその名前の通り、11を出したら一時的にカードの強さが反転するというもの。そして、彼にその異名を付けたのが、佐竹の姉である琴美さんだとしたら──イレブンバックの義信──ということなのではないだろうか?
知らぬが仏という言葉に倣って、これ以上はなにも言わないでおこう。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか? 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・現在報告無し