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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十四章 The Sanctuary of you and me,
377/677

二百五十四時限目 探偵擬きは真相に辿り着けるのか


「これはどこに貼ってあったの?」


 写真の()()は、確かに御札のように見えた。だが、手ぶれがあまりにも酷過ぎて、ソレが本当に御札なのか怪しい。自分の眼で確認しなきゃと思って訊ねたのだけれど、佐竹はどういうわけか、首を縦に振ろうとしなかった。


「ねえ、佐竹。こんな物を見せておいて〝やっぱなし〟は利かないよ?」


「わかってる。わかってんだけどよ……」


 僕に『御札がある』と知らせたときは、それはもう焦燥感を全身から醸し出していたのに、いざとなると消極的になる。何なんだよ──と睨みつけると、佐竹はようやく観念の臍を固めて、重い腰を持ち上げた。そして、「後悔するなよ」と念を押してから一呼吸して、僕の背後にある襖障子を勢いよく開いた。


 そこに入っている物は、敷布団や掛け布団などの寝具。他は特に変わったり物は無く、ほんのりと漂うカビ臭さが、つんと鼻奥を刺激した。


 布団などは定期的に干しているのだろうけれど、(たん)()の中の臭いまで面倒見切れないらしい。それでも換気はしているのだろうけれど、長年蓄えたカビたちは、そう易々と消えてはくれない。


 少々乱雑に積まれた布団は、佐竹が引っ張り出した後、再び戻したからだろう。折り目がぐちゃぐちゃになり、見るも無惨な姿になっていた。布団には折り目があるので、誰でも綺麗に収納できるはずだが……不器用な彼には難しかったようだ。布団なんて幼稚園児でも畳めそうなのに──いや、追及は()そう。乱雑にしまうくらい動揺していたに違いない。多分、そうだ。


 佐竹はその布団やら座布団やらを全て取り出して、「ほら、見てみろ」と指をさす。どれどれと中を覗くと、古ぼけたベニア板の壁の一枚に、真新しい板がはめ込んであった。窓のような、そんな風に加工されている。


「あの板は簡単に外れるぞ」


 いやだなぁ、いやだなぁ……と思いながらもその板に触れてみると、佐竹が言った通り、板は容易く外れて外側の隙間に落下した。


「うわ」


 思わず声が漏れる。


「そこから中を覗いてみろ。左上辺りに貼ってあるから」


 言われるがままに首を突っ込んで中を覗くと、そこには一枚の御札が確かに貼ってあった。短冊くらいの大きさで、墨でなにか文字が書かれている──(ぼん)()だろうか? 僕にはそういう仏教的な知識が無いので、これが本物の梵字なのかはわからない。けど、この御札は随分と新しいように見える。


 古い物と交換した──とは思えない。


 仮に御札を貼り替えたのならば、どこかにその形跡が残るはずだ。然し、佐竹から借りた携帯端末のライトで周囲を照らしてみても、それらしき痕跡は無い。では、痕跡を残さないように作業したのかとも考えたけれど、人が一人、ぎりぎり入れるかどうかの隙間で何ができる? 痕跡を消すとなると、隙間の奥にある壁の汚れや埃、カビなんかも取り除く必要があり、その作業をすればするだけ痕跡は残ってしまう。


 これはいよいよ、きな臭い話になってきたぞ。


「どうよ、あったべ?」


「あった」


「だろ? ──で、どうするよ」


「うぅん……保留で」


 保留ってどういうことだよ、と佐竹は僕の襟袖に付いた埃を払いながら言う。


「僕は探偵じゃない。だから、そう簡単に答えを出せたりはしないよ。導き出した答えだって、正解とは限らないんだから」


 そりゃそうだけどよ、と佐竹。


「じゃあ、アイツらにどう説明すりゃいいんだ?」


「それも保留」


 現状では、まだなにもわかっていないし、まだなにも起きていない。御札は見つけてしまったが、幽霊と遭遇したわけでもなく、旅館のスタッフから奇々怪界な話を訊いただけである。


 辻褄もなく、筋も通らない。


 まるで嘘のような話──。


「おい……いや、お前に頼り過ぎるのもアレだよな」


 おお、よく気がついたものだ。


 以前の佐竹だったら、多分、僕が答えらしいものに辿り着くまで、指を咥えて待つのみだっただろう。でも、今回は自分でも考えてみるようだ。それだけでも、佐竹にとっては大きな進歩だと言える。


 どれだけ頓珍漢な答えになっても、怒らずに褒めてあげよう。僕は佐竹の父親か。





 もう、布団をしまわなくてもいいんじゃないか──佐竹の提案に僕は同意して、今晩使うだけを残し、余分な布団類をしまい込んだ。僕がやればお手の物だ。折り目通りに畳んだ布団は綺麗に重ねられているので文句無し。


 佐竹よ、布団はこうやって畳むんだぞ。


 畳み方でマウントを取ってしまう僕かっけーをしていたら、佐竹もさすがに苛々したようで、「うるせえな。お前は俺のお袋かよ」とツッコみを入れてきた。そういうプレイはオプションに含まれておりませんので、別途、料金が発生します。


「これからどうすっか。ガチで」


「そうだね……取り敢えず、温泉にでも浸かりながら考えようか」


「ああ、そうか。すっかり忘れてた」


 またたび屋に来た本来の目的は、勉強疲れたを癒すためであり、決して、幽霊騒動を解決しに来たわけじゃない。


 幽霊云々はあくまでも次いでだ。


 それを忘れるくらい佐竹も呆けた──いや、焦りが先んじていたのだろう。

 

「温泉、か──」


 佐竹と眼が合った。


「ち、違うからな!?」


「まだなにも言ってないじゃん」


「そ、そうだけど、そうじゃないからな、これは!」


 え──。


 ああ……そう。





 * * *





 温泉がある別棟に行くには、本館から繋がる渡り廊下を進む必要がある。渡り廊下と言っても壁は無く、辛うじて雨が防げる程度の三角屋根があるのみ。床は白い砂利が敷き詰められて、等間隔に大きな石の足場が地面に埋め込んである。なかなか粋な作りだ、と僕は一直線に伸びる廊下を歩きながら思っていた。


 またたび屋を正面に見て、本館から左に伸びるこの道は、壁が無いだけあって風が吹き抜ける。湯上りには気持ちがいいだろう。ああ、紅葉シーズンに来れなかったのが悔やまれるなぁ。シーズン中に来れば紅く色づいた(もみじ)を楽しみながら、硫黄温泉を心ゆくまで堪能できるというのに──。


 然しながら。


 いくら臭いを薄くする工夫が施されていようとも、やはり、硫黄の匂いというのは容易く中和されないらしい。近づけば近くほど、卵が腐ったような刺激臭が鼻を劈く。これ程にきつい臭いなのに、これでも中和しているのか……本当はもっと臭いのだ思うと、企業努力の賜であり、足を向けて眠れそうにない。


 ひゅうっと風が吹き抜けた。


 さすがは山の中だけあって、午後にもなると寒さが増す。


 ぶるりと体が震えた。


「寒っ! 早いとこ温泉に入ろうぜ」


 後ろを歩いていた佐竹が僕を追い越して、ひょいひょいっと石板を蹴りながら軽快なステップを刻む。


「佐竹、転んでねー!」


「逆だろ普通!? つか、そう簡単に転んでたまるかよ」


 運動神経は僕より上だろうから、まあ、そう簡単に転んではくれないか。


「しっかし(なげ)えなあ……」


 確かに、と僕は頷いた。


 温泉がある別棟まで、体感だと、リレーができるくらい距離がありそうだ。用意、どん──と駆け出せば、それなりにもなるだろう。ウイリアム・テル序曲をかければ、もっとそれなりになる。もっとも、この景観には似つかわしくないけれど。


「アイツらは今頃、ゆっくり湯船に浸かってんだろうな……暢気なもんだぜ」


 彼女たちと別れてから帰り姿を目撃していないので、現在進行形で温泉を満喫しているんだろう。硫黄温泉なんて滅多に入れないもんな、僕も早く温泉に浸かりながら、凝り固まった思考を解したいが……渡り廊下はようやっと中頃に差し掛かったところだった。佐竹は僕よりも進んでいるけれど、大して差は開いていない。声を張上げる必要も無いだろう。


 いつもよりちょっとだけ声のボリュームを上げて、「先に行っててもいいよ」と告げた。


 けれど──。


「いやだ! 俺は! お前と! 一緒に行きたいんだ!」


「やめてよ、気持ち悪い」 


 でも──。


「うるせえ! ほら、さっさと進むぞ」


 悪い気はしなかった──。


 きっと、これもよく耳にする『青春の一ぺージ』になり得るのだろうか。


 そう、なんだと思う。


 僕は佐竹を友だちだと思っていて、佐竹もきっと、僕を友だちだと思ってくれている。


 本来ならば、普通のことなんだろう。なんの変哲もない日常風景のはずだけど、僕には違う。この感覚は、今まで味わったことが無かった。


 友だちと呼べる相手がいなかったあの頃の僕ではない。それが嬉しくもあり、なんだかむず痒くもあり──過去の自分を否定しているような、苦い罪悪感を覚えた。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。


 今回の物語はどうだったでしょうか? 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・現在報告無し

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