一十六時限目 少しは人間らしく[中]
「もうすぐ到着するってさ」
「ふーん」
そのまま退屈凌ぎに携帯端末を弄るのか──と思っていたけど、僕の予想とは裏腹に、携帯端末をポケットにしまって僕をじいっと見つめてきた。
「なに?」
「いや、さ? お前が女装すると本当に女っぽくなるのが、いまになっても割とガチで信じられねぇというか。……普通に吃驚したわ」
それを強要したのは他でもなく、佐竹なんだが?
「今更、それを言う?」
「そうなんだけどさ……。お前、普段からあの格好すりゃいいのに。ワンチャン、人付き合いも上手くいくんじゃね?」
「犬と人付き合いが上手くなりたいとは思わないね」
この場合は『犬付き合い』になるのだろうか?
どこぞのメーカーのドッグフードが美味いとか、あの電柱はだれそれが最初に引っ掛けたとか、毎日食べたい骨っことか、そんな話で盛り上がればいいワン? 唐突に犬要素を取り入れてみたワン。
「そっちのワンちゃんじゃねえよ!?」
「知ってるよ」
騒々しいなあ……。
最近、テレビや動画サイトの配信者が『ワンチャン』や『デカい』という単語を使うから、よく耳にしてるけどさ……。ドヤ顔しながら真似をするのってどうなんだ? と疑問に思う。
お笑い芸人のネタを真似して、自分が面白いと勘違いしているヤツみたいだ。
お調子者と呼ばれるヤツは、クラスに一人は必ずいるだろ? 滑った、滑らないを矢鱈と気にして、話にオチをつけたがるようなやヤツ。……思うんだけど、それって厨二病となにが違うんだろう? 自分の世界に浸っているのは、厨二病と精通するものがあるんじゃない? 異世界の暗黒騎士と言い張るのも、お笑い芸人っぽく振る舞うのも、やってることは大差無いと言っても過言じゃない。
それが彼らの『日常』で、理解できない僕は『異常』なんだろう。
大きな流れに逆らうのは難しい。
流れるプールで逆らえば、流されている人々に押し流されるだけと同じで、右を向けば右を向いて、左を向けば左を向かないと集団行動は円滑に進まない。
そして。
『アイツは集団行動に向いていない』
と、影でこそこそ叩かれる──これが、この世の理だ。
流れに逆らう俺かっこいいアピールをしたいわけじゃないけど、流れようとしているのに、流れることができない存在のことも忘れないで欲しい。
普通であり続けることは、異常であり続けることと似ていて、異常も続けていれば、いつの日か常識となり定着していく。
じゃあ、僕はどうなりたいのだろうか。
劣等感塗れで無様な僕には、彼らのように和気藹々と談笑するような術を持ち合わせていない。
はあ……、僕は海月でいいや。
流れに身を任せて、近づかれないように毒の触手をぷらぷらさせながら漂ってるくらいが丁度いい。
「優志は色々と難しく考え過ぎじゃね? もっと肩の力を抜けって」
「これ以上肩の力を抜いたら脱臼しそうだけど、忠告、痛み入るよ」
「あとさ……」
言い出し難いのか、口を開こうとしては止めるを繰り返す。
なにそれ……このタイミングで、僕に読唇術を習得させようとしてるの?
「言いかけてやめると気持ち悪いから早く言ってよ。あと、気持ち悪い」
──一言余計だろ!?
「たまには、アレだ……ほら」
熟年夫婦でもあるまいし、アレやソレで通じると思うなよ、と眉を下げる。
「一応さ? 俺は〝優梨の彼氏〟なわけだし……いや、やっぱいい」
「佐竹、もしかして本気で」
──優梨のことが好きなの? と訊こうとして止めた。
会話が途切れると、水を打ったようにしんとなった。耳に入ってくる音は、スピーカーから流れるBGM──ああそうだ、ジャンルはボサノバだって思い出す。陽気な音楽のはずなのに、それが返って不協和音を奏でているような気がした。
僕も佐竹もだんまりを決め込んで、手元にある珈琲を飲む。苦い。苦味を強く感じるのは、温度が冷めたから……だけじゃない。溜め息を吐きそうなくらい人心地の無い空気をどうするかって額に皺を寄せていると、静寂を切り裂くようにドアベルが鳴った。
ようやっとお出ましか。
月ノ宮さんが救世主に思えてくる。
重たい空気を一新できるのは、彼女以外に
あり得ない……と、期待に胸を膨らませた。
「お兄様、こんにちは。いつものをお願い致します」
「わかった、ちょっと待ってて」
佐竹の珈琲が出来上がり、照史さんはカウンターとキッチンの境の上に置いた。それを見た月ノ宮さんは、なにも言わずに受け取って佐竹の前に置く。
──ありがとう、楓。
──いえいえ、手間を省いただけです。
「お、ええ? ああ……」
お礼を言うタイミングを失った佐竹が、まるでヒップホップのイントロみたいな奇声をあげた。
「遅くなってすみません。お金を引き落としていたら時間を取ってしまいました」
ぺこり、と四十五度の綺麗な最敬礼。
最敬礼をする際は、五秒間使うらしい。
一で腰を四十五度に曲げて、二秒から五秒の間に姿勢をただすのが基本動作だ。
相手に対してお詫びをするのは、この最敬礼が適切だと言われているけれど、それを惜しげも無く披露されても困ってしまう。
いくら、ビジネスパートナーだとしても、さすがにやり過ぎ感は否めない。
月ノ宮さんは、僕と佐竹を左見右見して、僕の隣に座った。
──なんで僕の隣なんですかね。
──佐竹さんの隣は暑苦しそうなので。
──なるほど。
「納得してんじゃねぇよ!?」
そういうとこだぞ、と二人で睨んだらシュンと肩を竦めてしまった。
「冗談だって。ねえ、月ノ宮さん」
「ええ。半分冗談ですよ」
「半分は本気かよ!?」
やっぱり、第三者がいると空気が緩和されるなあ……。僕と佐竹の二人きりだと、空気が重くて仕方無い。
月ノ宮さんの珈琲が届くまでの間、学校で起きたことを雑談しながら待つ。
僕は員に備わるのみで、主に話しているのは佐竹と月ノ宮さんだ。僕の話なんて興味無いだろう。そんな天然記念物級の人物は、人類が誕生する前に絶滅しているはずだ。その理論で考えると、僕は恐竜ってことになるのだけれど、考古学者は僕の研究をしなくていいのかな? って二人の話を又訊きしてたら、急に白羽の矢を向けられた。
「そう言えば、優志さん」
「なに?」
「お昼に天野さんとご一緒でしたけど、なんの話をしていたのでしょうか?」
「情報が早いね」
常識ですから、と彼女はコーヒーカップを片手に微笑む。
さすが、天野さんをストーキングしているだけはある。……いやいや、ちょっと待て。どうやってその情報を手に入れたんだ?
多重影分身の術かな?
木の葉の里の忍びかよ! ……そう言われてみたら『月ノ宮楓』って名前も、なんだかくノ一っぽく感じなくもない。
常識、ときたか……。
これが常識なら、天野さんはいますぐにでも警察に駆け込むべきだ。僕が呼ぼうか? 大惨事を未然に防げるなら、それに越したことは無い。……と、冗談は兎も角として、どう伝えればいいだろうと知恵を絞る。回答次第では、ここで血祭りにされなくもない。
「友だちになった、くらいかな」
これこそがベストアンサー。
無難に勝るものは無し。
とは思ったけれど、雲行きが怪しくなってきた。
「お前、いまなんて言った……?」
「すみません。私もちょっとなにをおっしゃったのかわからなかったので、もう一度お願いできますでしょうか……?」
こういう反応をされるのも当然か。だって、僕は二人のことを『友だち』と呼んだことはないのだから。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。
その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・現在報告無し