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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十四章 The Sanctuary of you and me,
369/677

二百四十六時限目 天野恋莉はおばけが苦手


 月ノ宮家のメイドだからと言って、高津さんのように忠誠を誓っているわけじゃない。


 むしろ、高津さんがレアケースなんだろう。


 月ノ宮家は雇い主というだけで、大河さんは仕事と割り切っているようだ。……ただ、それが余りにも露骨過ぎる。


『好きでも嫌いでもない』


 とは言っていたが、僕はそのときの表情を見逃しはしなかった。


 あの眼は、とても冷めていた。


 それを『割り切っている』と表現するには、どうにもこうにも無理がある。


 おそらく、月ノ宮家には僕が知りえない『何か』があるようだけど、それに踏み込むような真似はしない。そんなことをすれば、僕の身が危ぶまれる。


 然しいっかな、大河さんから受けた棘は僕の心を突き刺して取れてくれそうもない。


 何だか余計にもやもやしてしまった……。


 僕はこれからの時間、大河さんと上手く話す自信を無くしてしまった。


 車に戻る足取りは重く感じる。


 まるで片足に囚人が付ける重りを引き摺っているような気分だ。


 車に戻る途中、お菓子の入ったビニール袋を片手に下げている三人と合流して、僕らは大河さんの待つ車へと到着して乗り込んだ。


 やはり、ポテト成分は多めだった──。





 * * *





 車は高速道路を抜けて、日光方面へと進む。


 硫黄温泉またたび屋に車が近づいてくると、隣りに座っている佐竹が「どんな旅館なんだろうな!」と、頻りに問いかけてきた。


「わからないよ。初めていくんだから」


「卓球台とかあんのかな? あったらやろうぜ!」


「嫌だよ、卓球苦手だし」


「連れねぇなぁ……楓はどうだ?」


「ふふっ。ご遠慮します」


 笑みを零しながら丁重に断るとは、月ノ宮さんもなかなか僕をシビレれさせてくれる。


「んだよ、お前らノリ悪いな──恋莉は卓球どうだ?」


「うん……」


「マジか!」


「うん……」


「よっしゃ! じゃあ温泉入ったら勝負だぞ!」


「うん……」


「恋莉?」


「うん……」


 どうやら心ここに在らずらしい。


 高速道路を走っていたときは楽しく会話をしていたのに、宿に近づいてからは口数が極端に減り、今では窓の外を傍観しながら何か思い詰めた表情をしている。


「天野さん、どうしたの?」


「──え? あ、ごめんなさい。何か言った?」


 僕の言葉に我に返った天野さんは、目を丸くして僕のほうを向いた。


「佐竹が卓球やろうって」


「それは無理」


 話が違ぇだろ!? と、いつも通りのツッコミが入ると思いきや、さすがの佐竹も空気を読み取ったらしく、心配そうに天野さんを見ていた。


「もしかして()()()()()()ってやつか?」


 それを言うなら『ホームシック』だし、洋画のリアクションなら『Holy shit,』だ。そしてスパイダーマンは『ホームカミング』だし、野球では『ホームベース』ですね! 


 思わず、『カモーン』と嘆きそうな佐竹の脇腹を強めに小突いた。デュクシ。


「もしかして恋莉さん、あの宿の噂話を気にされているのでは……?」


 あの噂話って、幽霊が出るとか出ないとかって季節外れのやつか。


「だってやっぱり怖いじゃない? 本当に出たらどうするの……?」


「そう、だな……かしこみもうしあげればいいんじゃね?」


 佐竹よ、それは祝詞だ。


 未練を残した霊に、かしこみ申しあげてどうするんだよ。新手の嫌味か? そんなことすればどこにも行けない呪いにかかるぞ? そして、『米津を救いたい』とかいう動画を動画サイトにアップするまである。……ないよ、そんなこと。あってたまるか。


「天野様は霊感がお強いんですか?」


 大河さんは赤信号で車を止めて、後ろを振り向かずに質問をする。


「いえ、そんなことはないと思います」


「では、幽霊を視たことは無いのですね」


「は、はい……」


「なら大丈夫です。死者より生者のほうが弱いなんてこと絶対にありませんから、仮に幽霊を視てしまったとしても、強い気持ちを持ち続けていればなんてこともありません」


 ゆかりさん、霊感あるんっスか? と、佐竹が馬鹿丸出しな質問をすると、大河さんは「いえ。これは訊いた話です」とだけ答えた。


 たしかに僕も大河さんの言っていたそれは訊いた事がある──けど、未知に遭遇したとき、人は正常な意識を保てるのだろうか?


 オラついたDQNであっても、いざ幽霊に遭遇したらトカゲの尻尾切りのように仲間を見捨てて逃げ出すというのに。


「幽霊なんて絶対に存在しませんよ」


 大河さんはそう言い切って、車を発進させる。


「マジすか。……宇宙人は? 未来人は? エスパーはどうなんだ?」


 お前はハルヒか。


 僕もそれらには否定的な意見を持っているけれど、『絶対にいない』という確証には至らない。


 大河さんがそこまで言い切ったのは、天野さんを気遣っての言葉か?


 いや、とてもそうは思えない口調だった。


 まるで、『否定しなければならない理由』でもあるかのような、そんな意味が込められているように感じてならない。


 大河さんの過去に、一体何があったと言うんだろう──。


「そうだ! 部屋に着いたら御札がないか確認しようぜ! そうすりゃわかり易いだろ?」


「佐竹……」


「佐竹さん……」


「な、なんだよ二人して」


 この男、空気を読めるはずなのに、こういうときに限って空気が読めない。


「佐竹さん。車から下りますか?」


「なんでだよ!? 俺、何かやったか!?」


「さらりと異世界転生系主人公みたいな台詞を吐くの、やめてくれないかな」


「知らねぇよ!?」


 何だか車の中の空気がどんよりと重くなった気がする。


「お、音楽でも流しましょう!」


 月ノ宮さんがCDプレイヤーの再生ボタンを押そうとしたとき、「あ、待って下さい!」と、ここで初めて大河さんが焦りをみせた。然し一歩遅く、車のスピーカーからは歪んだギターとベースの重低音が響き、『みんな死んでしまった──』と、ボーカルが告げた。


「す、すみません……私の趣味です」


 大河さんは申し訳なさそうに停止ボタンを押したが、天野さんはもう絶望したかのように、「あ、あはは……」と乾いた笑いをしながら、車 の天井を見つめる。


「い、今のは一体……」


 月ノ宮さんはこれまでに触れたことのない音楽に触れて固まってしまった。それは佐竹も同様に、「な、なんてバンドだ……」と僕を視る。


 ま、まあ……、彼ら彼女らには到底理解できない音楽のジャンルだろう。


「大河さん。シャングリラにしておけばよかったですね……」


「葬ラ謳を入れっぱなしにしていたのは迂闊でした。……鶴賀さん、もしかしてこのバンドをご存知ですか?」


「ええ、まあ……多少ですけど」


 アニメのオープニングに使われてたから、どんなバンドなのか調べたくらいだけです──と、大河さんに告げると、「ああ、なるほどです」と興味無さげに返答されてしまった。


 熱狂的なファンがいることが有名なビジュアル系バンドの中でもメジャー寄りなバンドで、ビジュアル系というよりもラウドロックに近いバンドだ。歌謡曲のようなメロディを使って、哀愁を感じさせる歌詞を書くボーカルの歌い方はかなり魅力的でもある。


 でも、流すタイミングは今じゃなかった。


 というか、ドライブでこのバンドを選ぶ辺り、大河さんはこのバンドが相当好きなんだろう。


「す、スピッツとかねぇの? あ、ほら! お前の名前になってる曲あるじゃねぇか! あれかけようぜ!」


 佐竹は思い出したかのように手を叩いて提案するけど、よりにもよってその曲をチョイスするとは、もう本当佐竹だな。ロビンソンやチェリーとか、他にも有名な曲は沢山あるだろうに。


「佐竹──〝楓〟は今、逆効果だよ……」


 泣きっ面に蜂にも程がある。


 確かに楓は名曲だし、サービスエリアで大河さんから受けた棘さえも、君が笑えばもう小さく丸くなってしまうのだろうけども、それを差っ引いても『さよなら』と連呼し続けるサビと、どこまでも切なく悲しいメロディは今の天野さんに毒でしかないだろう。


「優志さん。私が逆効果みたいに言わないで下さいませんか?」


「いやいや、そういう意味じゃないのは月ノ宮さんもわかってるよね?」


「そうだとしても! 恋莉さんに逆効果というのは聞き捨てならないです!」


 うわ、面倒臭ぇ……。


 もういいよ、だったらいっそのこと、ラルクのドライバーズハイを流そうよ。最高のフィナーレをイェイ! でいいよ。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。


 今回の物語はどうだったでしょうか? 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・現在報告無し

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