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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十四章 The Sanctuary of you and me,
366/677

二百四十三時限目 春休み、温泉、そして


 三日間の短縮授業が終わり、春休みが訪れた。


 高校生になって初めての春休み。この休みが終わればビギナーと言えなくなる。勉強も更に難しくなるだろう。そのための準備期間として春休みが設けられているわけで、決して『遊び呆けていいフリーダム期間ヒャッホーウ!』というわけじゃない。学生の本分は勉強にある。だけど、僕はなんのために勉強をしているんだろう? と、不意に思うときがあったりする。


 いい大学に入って、就職を有利にするため? それなら、小学校から大学までの道のりは、『いい大学に入るため』と定められるのだが……ううん、僕は別にいい大学に進学して、一流企業に就職して、その会社に骨を埋めるまでを美徳とした企業戦士ではない。そういう生き方もあるんだろうけど、僕はそういう生き方がどうも堅苦しく感じてしまう。


 いい就職先に巡り会えれば、そこでやり甲斐を見出すこともあるだろう。給金も弾むし、肩書きでマウントを取れば恋愛も有利に働くのかもしれない。でも、その先にある物は幸せと言えるんだろうか──いや、僕は幸せになりたいわけでもない。だからと言ってインドに出向き、人生観を180度変えようとも思わないんだよなぁ。そういうのは、カフェで珈琲を飲みながら、我が物顔でノートパソコンのキーボードを、カタカタ、ターン! としている人たちに任せたい。エンターキーを強く押したくなる気持ちだけは、わからなくもないけどね。









 春休みが終われば、僕らは二年生になる。


 高校二年生とはどんな存在なのだろうかと、僕は日光に向かう車の中、窓のむこう側を眺めながら考える。時折がたんと車が揺れて、隣で暢気に寝ている佐竹の肩がぶつかり不快に思うけれど、車を手配してくれた月ノ宮さん、そして、運転手をしてくれている月ノ宮家のメイドの(たい)()ゆかりさんに免じて許してやろう。


 高校二年生になると後輩ができる。部活に入っている者は、部長に選ばれたりもするだろう。責任ある役目を負わされて、毎日が窮屈になるかもしれない。他にも行事は色々あるけれど、それら全てに言えることは、二年生ってどうも中途半端だな──ということ。


 一年生だった今まで、上にいる人たちはもれなく全員先輩で──関わりがあったかと言えば無いとしか言えないが──責任も全て彼らが背負ってくれていた。然し、今度からは僕らも多少は責任を背負うことになる。……この〈多少〉というのがとても中途半端なのだ。上司と部下の板挟みにされる管理職、とでも言うべきか。下の意見を訊きながら、上に意見を通す。それはもう、学校という一つの会社そのものだ。けれど、そういう七面倒臭いやり取りは、僕には関係無いだろうな。僕は無所属だし、後輩と接する機会も無いだろう。もっと気楽に構えててもいいのかもしれない。もっとも、今考えるべきことじゃないよな、うん。


 車は高速道路を進む。『この先数キロ』の標識が青空を何度も遮り、スポーツカーが追越車線で風になった。「あとどれくらいで着きますか?」と助手席に座る月ノ宮さんがドライバーの大河さんに訊ねると、「まだ掛かりますよ」と素っ気無い返事が返ってきた。まあそうだよね、高速に入ったばかりだし。


 僕の後ろには天野さんが座っている。隣に置かれた荷物が今にも雪崩れを起こしそうだ。一泊二日の短い旅行だと言うのに、どうしてこうも荷物が多いんだろう? その大半は月ノ宮さんのだった。


「よく寝てるわね。きっと間抜けな寝顔でしょ?」


 ──ご名察。


 佐竹は口をぽかんと開けて、目は半開きになっていた。


「昨日、なかなか寝付けなかったらしいわよ? 子供かしら」


「子供というより、佐竹だね」


「そうね、佐竹だわ」


 佐竹と書いて、さたけと読まず。その解釈は読み手によって様々だ。僕はと言うと、佐竹は佐竹であり、無情なくらい佐竹。ガチで。


「優志君は眠れた?」


「うん。まあね」


 手紙の件が一件落着したので、割とすんなり眠れた──とは言えなかった。


 あの件は僕と流星しか知らない。それに、言いふらすようなものでもない。


 結局のところ、最後まで流星の意図はわからず終いだが、それを問い詰める必要も無いと僕は判断した。流星のことだから、『お前なら上手くやるだろ』と思っての行動だったんだろう。上手くやったかはわからないけど、それなりには期待に応えられたんじゃないだろうか? 連絡先も交換したし。水瀬先輩に日光に行くと伝えたら、『埋蔵金伝説! 浪漫が輝きますね!』と返ってきた。……エステーヌかな?


 日光の東照宮に徳川家の埋蔵金が眠っているのではないか──と、昔、ちょっと話題になったことがあり、テレビで特番も組まれたことがあったけど、『テレビで特番』というところがもうネタバレだ。『次回 城之内死す』くらいネタバレもいいところで、当然ながら埋蔵金が発掘されることなく終わる。それっぽい理屈や御託を並べたって見つかりっこないんだ。『うしろのしょうめんだあれ』や『いろはにほへと』の歌詞に、埋蔵金の隠し場所が書かれているはずもないだろう。


 彼女とやり取りをする際に、僕が鶴賀優志であるときは『水瀬先輩』と呼びますと伝えた。『どうして?』と訊かれたけれど、僕はやっぱり僕であり優梨じゃない。優梨のときには『文乃ちゃん』と呼ばせて頂きますという旨を伝えると、水瀬先輩は『わかりました!』と了解してくれた。


 彼女は彼女で携帯端末のメッセージでは敬語を使うのだが、それは『癖』ということらしい。常日頃から敬語を使っているので、顔が見えないとつい敬語になってしまうようだ。


 普段から敬語を常用している水瀬先輩は、もしかして友だちが本当にいないのかもしれないと心配してしまう。


 僕と『友だち関係』になり、あの日は二人して敬語抜きで話をしていた。でも、水瀬先輩はメッセージで『普段から敬語を使っている』と述べている。つまり、『友だちという関係性ではない人とは一線を引いている』と言っているようなものだ。


 水瀬文乃──もしかすると、かなり闇の深い人物なのかもしれない。





「温泉、楽しみね」


 天野さんは思う存分、温泉を堪能するのだろう。温泉が好きそうだもんね、女の人って。まあ、それは男でもそうなんだけど、女性と男性では温泉の楽しみ方は違う気がする。何がどう違うのかは、僕は女風呂に入ったことがないのでわからないけどね。


 硫黄温泉か、たしかに楽しみだ。


 匂いはきつそうだけど、それ以上にどんな効果をもたらしてくれるのか興味深い。


 と、返事をしようとしたら──


「とても楽しみです!」


 月ノ宮さんが助手席から身を乗り出して、興奮抑え切れずという風貌で答えた。


「本当に、ブレないわね……楓」


「こんな機会、滅多にありませんから! 宿泊費全て私が支払ってもいいくらいです!」


「あはは……」


 引き攣り笑いをする天野さんはどこか疲れて見える。


 温泉で疲れを癒すはずが、温泉で更に疲れるなんて本末転倒もいいところだけど、僕も他人事ではない。何となく、佐竹に裸を見られるのは抵抗があった。それはきっと僕の中にある〈もう一つの性〉がそうさせているんだろうか?


 それとも、生理的に無理ってやつ?


 なかなか酷い理由だ。


 時間をずらして──としたら佐竹は相当凹むだろうし、我慢するしかないだろう。


 そんな下心全開な会話の途中、大河さんの大きな咳払いが割って入った。


「サービスエリアに近づいていますが、寄っていきますか?」


「そうですね、少し休憩を挟みましょう。ずっと運転するのも疲れますでしょうから」


「いえ、私は……では」


 車をサービスエリアへと進み、大河さんは適当な場所を選んで停車させた。


「一〇分の休憩にしましょう。それくらいを目安に車へお戻りください」


 はーい、と間延びした返事をして、僕は隣で寝ている佐竹を起こす。


「佐竹、着いたよ」


「え、ああ……もう着いたのか? って、サービスエリアじゃねぇか!? 普通にビビったわ、ガチで!」


「ガチでもマジでもどっちでもいいわよ。行くの、行かないの?」


 天野さんは既に車から下りて、「くわぁ」と退屈そうに小さな欠伸をした。


「ああ、行く。便所行きてぇ」


 車から下りた佐竹は太陽の日差しを眩しがりながら「太陽やべー」と呟き、トイレへと一直線に向かっていった。


「下品ですね」


「ええ、下品ね」


「存在も下品だから」


 佐竹に訊こえないことをいいことに、言いたい放題だ。


 僕らは見慣れぬ景色に少し戸惑いながら、戸惑っていることを悟らせないように心を落ち着かせて、売店のあるほうへと足を向ける。途中、車を振り向いてみると、大河さんも車から出て、僕らとは反対方向へと歩いていった。




 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。


 今回の物語はどうだったでしょうか? 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・2019年8月18日……暖気→暢気に修正。

 誤字報告によりご指摘がございました『暖気』ですが、『呑気、暢気』は当て字であるため『暖気』を採用したのですが、調べてみると『暖』は常用漢字ではなく、「のんき」を漢字で書くのであれば『暢気・呑気』、それか『のん気』になるみたいですね。勉強不足でした。ご指摘、そしてご報告ありがとうございました! これからは『暢気』を使用して参ります。


■広辞苑より引用■

のんき【暖気・暢気・呑気】

(ノンは「暖」の唐音。「暢気」「呑気」は当て字)

①気晴らし、気散じ。〈日葡〉

②気分や性格なのんびりしていること。心配性でないこと。

「──に構える」「──な人」


・2020年3月16日……誤字報告による修正。(お札→御札に変更、以下の話も修正)

 報告ありがとうございます!

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