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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二章 It'e a lie, 〜 OLD MAN,
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一十五時限目 彼と彼女は初めて出会う[後]


「鶴賀君、なにをぼーっとしてるの? お弁当食べないの?」


「あ、はい! いただかせていただきます!」


 いけないいけない。


 完全に意識が異世界へトリップしてしてて、言葉遣いがおかしくなってしまった。頂いて、更に頂くってどういう状況だよ。心の怪盗団だって、そこまでは頂かないよ。


 天野さんの指示に従って、弁当箱を取り出した。


 おお、今日もエビチリ弁当か、やったぜ! ……ってこれ、冷凍食品じゃないか。


 母さん、父さんと喧嘩でもしたのか?


 こういうときは冷食なんだよなあ。


 僕の家庭環境とは全く関係無い天野さんは、コンビニで買ったであろうサンドイッチを鞄から取り出して、蓋と一体型になっている水筒のコップにお茶を注いだ。


「コップがもう一つあったらよかったんだけど……」


 どうしよう、考えてなかったわって呟きながら、代わりになる物を探して、手に取ったのは350mlのペットボトル。その蓋を利用してって、零さないで注ぐほうが難しいんじゃない?


「いやいや、お気遣いなく」


「ごめんなさい、次はちゃんと用意するわ」


 次もあるのか……?


「いただきます」


「いただきます」

 

 落ち着かない、が『いただきます』と同じイントネーションで頭の中に響く。


 ある程度食べ進めたところで、天野さんが静寂を破った。


「鶴賀君。最近、佐竹と月ノ宮さんと仲いいよね」


「そうかな?」


 他人の目からだとそう見えるのか。


 それは間違いだ。


 僕と佐竹、月ノ宮さんの関係性は〈仲のいい友人〉ではなく〈互いに利用し合う間柄〉で、関係はビジネスパートナーと表現するのが適切である。


「最近、急に仲よくなったというか、目立ってるというか。それは別にいいんだけど、なにか転機があったのかなって」


「転機、ね……」


 間接的にアナタも関わってるんですよ、とは言えず、僕が沈黙を貫いていると天野さんはたまごサンドを食べ終えた。


「それを知って、天野さんはどうするの?」


「どうもしない、かな。孤立していた鶴賀君が誰かと仲よくなることは()()()()だと思う」


 いいこと……ね。


 一番簡単に使われる言葉であり、都合のいい言葉。善行、世の中で正しいとされる行い、ボランティア。押し付けられるレッテル。


 それが〈いいこと〉の正体だ。


「これを機に、他の皆とも仲よく──」


「それは無理だね」


「え……?」


 僕は、天野さんが言い終える前に言葉を断ち切った。


 仮に、だ。


 他の皆、というのが『教室にいる連中』のことを指しているなら絶対に無理。断固拒否する。彼らには彼らのライフスタイルがあって、僕には僕のライフスタイルがあるんだ。


 真逆の存在。


 太陽が月と出会えないのと同じで、僕が進めば彼らも進んで行く。


 決して交わることのない陰と陽。


 世界がひっくり返ったとしても、僕は彼らと同じ時間を過ごすことはない。


 別に、彼らを馬鹿にしているわけじゃないんだ。


 むしろその反対で、僕に出来ないことを彼らは平然とやってのけるのだから尊敬の念すら抱く。


 尊敬とは、自分よりも高い地位、又は、素晴らしい功績を収めた者へと注がれる羨望の眼差しだけど、僕の尊敬はそれとは違う。


 これは諦めと似た感情だ。


 だから彼らのような人種に対して尊敬もするし、畏怖さえも覚える。彼らと交わることで、僕という無価値な存在が()(けん)してしまうのが怖い。


「天野さんはとても優しい人なんだね。でも、その優しさを向ける人物を間違ってる」


「どうして、そう思うのかしら」


 はらりと滑り落ちた横髪を耳に掛けると、右目から少し離れた場所に小さなほくろがちらりと見えた。


「どうしてだろう……僕にもわからない。だけど、その優しさを求めている人は僕以外にいると思うんだ。気を遣ってくれてありがとうとは思うけど」


 ごめんなさい。


 こんな僕を気遣ってくれてありがとうと、胸の中で呟いた。


「鶴賀君って頑固ね」


 頑固?


「僕が?」


「頑固だよ」


 そう言って、くすっと笑った。


 優梨の姿で天野さんと接しているときに見た、朗らかな笑顔だ。でも、どこか不自然さを感じて止まない。


「意地っ張りって言うのかな。私と似てる。私も変な意地を張っちゃうこと……、あるから」


 天野さんが向けた視線の先にはなにが見え

いるのだろうか。


 昼練をしているサッカー部か、それとも野球部──いや、物理的法則では観測出来ない遥か先にある地平線かも知れない。


 いずれにせよ、僕にわかるはずもなかった。


 僕の視線は天野さんを捉えているけど、彼女と同じ目線に立つことはないのだから。


「鶴賀君と話してると、私の好きな人と話をしてるような感覚になるわ」


 ギクッと心臓が跳ねる。


「性格は全然違うけどね」


 ──それでも。


「なんだか他人って気がしないわ。あ、空気って感じかも。ほら、空気ってそこら中にあるけど目には映らないじゃない? 鶴賀君にはそんな雰囲気を感じる」


「まあ、教室では空気みたいな存在だから」


「そういう意味じゃないんだけど……」


 困ったように笑う天野さんの笑顔は、優梨に見せる笑顔とは違う。


 僕には、この笑顔のほうが自然体に思えた。


「なんだ、全然壁なんてなかったんだ」


「壁?」


「ううん、なんでもない」


 ただの独り言よ──と、小さく呟いた。


 春にしては生温く、夏と呼ぶには程遠い風が吹く。グラウンドで昼練をしていた運動部の面々がだらだらと片付けをしている様を、僕たちは静かに見守っていた。


「ねえ、鶴賀君」 


 呼ばれて振り向くと、天野さんはベンチに両手を着けて身を乗り出していた。近い、そして仄かに甘い香りがする。その匂いに当てられ続ければ、とてもじゃないけど正気を保てなくなりそうだ。


「ち、近いから……」


 山って漢字はこういう風景から成っているんですね。とか、下衆なことを考えてしまいそうだから早く姿勢を戻して下さい……とも言えず、吐いた言葉は運動部が退場する喧騒に掻き消されてしまったらしい。


「私と友だちになってくれないかしら」


「はい?」


 いま、なんと仰いましたか……?


「ありがと! じゃ、これからよろしくね」


 いやいや、今のは返事じゃなくて驚きの声なんだけど?


 ここで訂正するのも不自然だよな……。


 なんだかややこしいことになったぞ。


「因みに、私の好きな人は鶴賀君ではないからね」


「そこまで勘違い野郎じゃないから大丈夫」


 そこまで自意識過剰ではない。


 そこまで愚か者でもない。


 けれど、嘘吐きではある。


「そっか」


「うん」


 優しく吹き抜ける風は、これから始まる『嘘』の物語を予兆する風になるのか僕にはわからない。


 吹き抜ける風に舞い散った髪が天野さんの表情を(あらわ)にさせて、輪郭を映し出した。キリッとした目に、すっと伸びる鼻筋。小鼻で、唇はぷるんとしている。タマゴサンドに使われていたマヨネーズの仕業かも知れない。


 月ノ宮さんとはまたタイプの違った美少女が、僕の隣で満足そうに微笑んでいた──。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。

 今回の物語はどうだったでしょうか?

 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。

 その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。

 完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・現在報告無し

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