二百二十四時限目 風吹けば名無しの手紙
地獄のような期末試験が幕を閉じた。
翌日より三日間の休みがあり、短縮授業が三日続く。それが終われば八日間の試験休みとなり、終業式を終えて春休みが始まる。とは言えど、今はようやっと最後の試験が終わったばかり。
学校中から疲労の溜め息が訊こえてくるようだが、一年三組も満身創痍で、ホームルームが終わってからも、教室でぐったりしている者が多い。うちのクラスのムードメーカーですら机に突っ伏して、
「やべ」
とか、
「まじやべぇ」
と、小さな声で嘆いていた。
……ああ、鬱陶しい!
そんなに『やべぇ』なら、普段からしっかりこつこつ勉強をしていればいい。
カラオケやファミレスに入り浸り、連日の如く馬鹿騒ぎしているのが悪いんだから、自業自得としか言えない。
天野さんが僕にアドバイスを訊ねた翌日から、天野さんは行動に移していた。積極的に月ノ宮さんと絡むようになり、月ノ宮さんも蟠りが解けて喜んでいた。
が、その一方で──
『やっぱり私は諦め切れません。優志さん、第二ラウンドと参りましょう!』
と、再び僕に宣戦布告。
よくも悪くも、いつも通りの月ノ宮さんが戻ってっきた。
僕も胸の痞えが下りたの思いだが、これで一安心とできないのはどうしてだろう。
……まだ、なにか燻っているような、漠然とした不安が僕の心を蝕んでいる。
勘違いであって欲しい……でも、どうだろうな。終業式まで何事も無く、平穏無事な生活が送れたらそれでいいんだけど。
これは贅沢な願いでもないだろう? 三億円が欲しいって言っているわけじゃないんだから。
* * *
「なあ、ゆうしぃ……」
未だ机に突っ伏したまま、佐竹が情けない声で僕を呼んだ。
「なに」
僕の声に反応して、佐竹は机から身を剥がし、ゆっくり椅子ごと方向転換させる。
「あのさ」
「却下」
「まだなにも言ってないだろ!?」
佐竹が『あのさ』と僕に訊ねる時は、大抵、碌でもないことばっかりだ。
「まあまあ、いいから訊けって。……期末試験を終わらせた俺らには、癒しが必要だと思うんだ」
癒し──と言われて、真っ先に思い浮かぶのは温泉だった。
温泉か、と僕は過去の記憶を呼び起こす。
かれこれ数年は、温泉に浸かっていない。
自宅から自転車で行こうと思えば行けなくもない場所に一軒、行けなくはないが自転車では遠い場所に一軒、合計二軒の温泉施設がある。
人気の温泉は遠いほうで、サウナやジャグジーなどの設備は無く、内風呂と露天のみというシンプルな温泉だが、入った瞬間に肌が喜ぶのがわかる温泉だ。
自転車でなんとか行ける距離にある温泉は、寝湯や五右衛門風呂など、様々なレパートリーがあるものの、自宅のお湯となにが違うのかよくわからない。もし温泉に行くなら、遠いほうに限るのだけれど、車が無ければ移動は困難だ。
僕の癒しはさて置いて、佐竹の言う『癒し』とは何だろう?
世に蔓延している〈ウェイの者たち〉は、日常に刺激を求めているのが大半だ。
例えば、未成年にも関わらずお酒を飲んで、『酒うめぇ』とSNSに写真をアップして炎上させたり、友人の原付きバイクを橋の上から放り投げて炎上させたり、バイト中に売り物のおでんを口に含んでから吐き出して、パンケーキを食べたがって炎上したり。
──よくもまあ、容易く燃えるものだ。
それを『ネタ』という言葉で片付けるのだから質が悪い。場を和ませようとしたにしても、もう少し考えて行動するべきだけど、彼らは『炎上』することを『かっこいい』と勘違いしているのか、言葉通り、命を燃やして炎上させる。
「カラオケにはいかないよ」
佐竹の言う『癒し』は、これ以外に無いだろう。
一にカラオケ、二にカラオケ、三、四もカラオケ、五にファミレス。
「それはもう望まねぇよ。そうじゃなくてだな」
違った、だと……?
「明日から三日間休みだろ? 春休みだって間近だし」
そこで佐竹は言葉を区切り、勿体振るかのように間を開けて──
「春休みを満喫するための計画を練ろうぜ!」
「ええ……」
この男は一体、何を考えているのだろうか?
つい先ほど、『癒しが必要だ』と言っていたはずなのに、それがどうなって『春休みの計画を練る』に発展した?
僕には皆目見当つかず、佐竹義信という男の脳内は、やっぱり『ウェイ』であることが立証されただけだった。
春休みなのだから春休みらしく、春休みを謳歌すればいい。
部屋で読書に興じたり、ソシャゲのイベントをぶん回したり、飽きたら勉強して、アニメ、ドラマ……あれ? それは普段の休みとさして変わらないのでは? ──いや、そうではない。
僕の休みは常に春休み同等の価値があると言える。さすがに苦しい言い訳だな。
「それで? 具体的には何がしたいの」
「それをこれから考えるんだろう?」
──ぱどぅーん?
「……はあ。わかったよ。どうせ拒否しても泣きついてくるんでしょ? ダンデライオンでいいの?」
「おう! 他のヤツにも声かけておくわ」
思い立ったら吉日とばかりに、佐竹は月ノ宮さんと天野さんの元へ。その行動力を、もっと他のことに使えれば、佐竹も少しは期末試験に苦労せずに済むのにな。これは怠惰ですね? 実に怠惰ですよー?
かく言う僕も、それなりに怠惰である。
佐竹が月ノ宮さんたちと話をしているのを、じいっと待っているのは退屈だけど、〈話に加わる〉という選択肢は無い。
僕が佐竹に屈したような形にはしたくないので、僕は『致し方無く付き合っている』という体で、この話を進めたかった。
先にバス停で待ってよう。
僕はちゃちゃっと帰り支度を済ませて、教室の後方のドアから出た。廊下には数人の生徒が立ち話をしている。内容は『期末試験どうだった?』で、他の生徒たちもその話でもちきりだ。
試験というのは嫌でも他人と比べられる。
要領よく勉強している者は、そこそこの点数が取れるが、甘く見ていた者は地獄に落とされた気分になり、その後、楽しい補習生活が待っているのだ。そんな余計な時間は取りたくないので、僕は予習復習を欠かさない。
昇降口に着いて下駄箱を開けると──
「ん?」
そこには桃色の便箋が一枚、靴の上に置いてあった。
これは、ラブレターというやつだろうか? おそらく、入れる下駄箱を間違えたのだろう。……可哀想に。手紙を書いた本人の下駄箱に戻しておこうと裏目を視てみるが、名前の記載は無い。そりゃそうか、目に見える場所に名前を書いたら、落とした時に大惨事だ。まあ、落とした所で既に大惨事ではあるんだけど。
このままラブレターを持ち帰るわけにもいかないので、手紙だけを靴箱に残しておこうと、靴箱に置いて手を離した時、手を離した場所に名前が記載してあった。
『鶴賀様へ』
このラブレターは、どうやら僕宛てで間違いなさそうだ。
いやまさか……そんなはずは無い。
同じクラスの人だろうか? それも無いだろう。だって、クラスの人気投票をすれば、確実に佐竹が一位だ。佐竹以外にもイケメンな男子は存在するので、僕みたいなヒエラルキー下位にいる者を選ぶはずがない。天野さんか? それも違うだろう。天野さんが手紙を書く理由が見当たらない。
「……って、ここで考察するのは危険だな」
手紙を鞄の中へ入れて、バス停へと向かった。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか? 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・現在報告無し