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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十二章 Wonder for get,
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二百一十八時限目 鯖の味噌煮とラーメンに因果関係はないけれど


 日曜日ということもあり、電車の中は混雑していた。当然ながら座れるはずもなく、僕は先頭車両から、車掌さんと同じ風景を眺めている。


 今は何時だろう? と、左腕にはめてきたデジタル腕時計で確認すると、お昼の情報バラエティ番組、バイキングが終盤に差し掛かった頃だった。チャンネルをそのままにすれば『グッディ!』が始まる。だが、傑作ミステリーも捨て難い。科捜研もいいな。からの、相棒までが確定コンボ。僕は亀山薫が一番相棒に相応しいと思っている。知的で思慮深い右京さんと、がさつだが、いざという時に頼りになる亀山君。いいコンビだと思うんだけどな。ああいうのを『(でこ)(ぼこ)コンビ』と言うんだろう。


「相棒、かぁ」


 これまでの人生の中で、僕に『相棒』と呼べる人物はいただろうか? ジャイアンで言う所のスネ夫、ブタゴリラで言う所のトンガリ、サトシで言えばタケシ、アンパンマンで言えば……難しいな。食パンマンもカレーパンマンも、常にアンパンマンと共に行動して、バイキンマンに立ち向かうわけじゃない。『愛と勇気だけが友だちさ』という歌詞の通り、彼には相棒と呼べる相手はいないらしい。メロンパンナちゃんは役不足だしな。そこの所、アンパンマンガチ勢はどう思っているのだろうか?


 匿名掲示板に『アンパンマン強さランキング』を記入した、『名無し』に、根掘り葉掘り問い詰めてみたい。


 あのランキングを初めて見た時は衝撃的だったなぁ。まさか、あそこまで幼児向けアニメに情熱を注ぐ大きいお友だちがいようとは……。現代人の闇は深い。


 電車が目的地の駅に到着した。


 時間指定で待ち合わせしたわけじゃないので、きっと天野姉弟は到着しているはずだ──と、改札を出た辺りを確認していると、ラフな格好をしている奏翔君と、カジュアルな服装に身を包んだ天野さんが、構内にある柱に寄りかかって、僕の到着を持っていた。


「あ、姉さん。鶴賀先輩が来た。──先輩、お久しぶりです。今日はよろしくお願いします」


 礼儀正しく頭を下げる奏翔君の後ろで、天野さんは腕を組み、やや不満げに「こんにちは」と短く挨拶をした。虫の居所が悪いのか、怒っているようにも視える。


 ──そりゃそうだよね。


 急に呼び出されたら、そういう顔にもなるだろう。然も、今回は『メイド喫茶に行く』のが目的だ。さして興味も無い場所へ向かい、さして興味も無い場所で散財するのだから、『納得いかない』と、態度に出てしまうのも詮方無し。どうすれば()(げん)()(づま)を取れるかと思い悩み、試しに服装を褒めてみた。


「服、似合ってるね」


「そう? いつも着ているコートだけど」


「うん。いつも似合うなぁと思ってたんだ。大人のお姉さんって感じ。雰囲気がいいって言えばいいのかな」


「あまり意識はしてなかったけど、……ありがと」


 安い恋愛ハウツー本に書いてありそうな、使い古された手法ではあるけれど、『似合ってる』と言われて悪い気はしないよね。さすがは恋愛マスターたちが編み出した一手だ。


 ふぅ……と胸を撫で下ろし、正面にいる奏翔君に向き合う。奏翔君は落ち着かない様子で、心ここに在らずとしていた。先行きが不安なのだろう。誰でも新しいことに挑戦する時は、恐怖に足が竦む。


「奏翔君。別に取って食われるような事態にはならないから、安心していいよ」


「でも、メイド喫茶は初めてで……」


「最初は面喰らうかもしれないけどさ。……まあ、習うより慣れろの精神で行こうか」


 僕と奏翔君が話している様子を、天野さんは、物珍しい物を見るような眼差しでじいっと視ていた。


「優志君って、案外、後輩想いなのね」


「え? ……どうだろう」


「見た目よりも大人っぽく感じます!」


 悪気は無いんだろう。うん。多分。


 僕は、自分の身体や見た目を弄られるのが嫌いだけど、エドワード・エルリックのように、『誰がマイクロドチビじゃー!』と怒りはしない。『勘のいい()()は嫌いだよ』でお馴染みの、トラウマ回に登場するタッカーの如く、静かに嫌悪するだけだ。あの話は本当に胸糞悪かったな。よく、あんな物語を描けるものだ。銀の匙が同じ作者が描いた漫画とは、到底信じられない。


「ねえ、時間大丈夫? そろそろ向かわないと、間に合わないんじゃないかしら」


「そうだね。いこうか」


 まさか、連日、メイド喫茶に向かうことになろうとは、さすがに僕も驚いている。贔屓にしているメイドさんがいるわけじゃないし、らぶらどぉるが居心地いいとも思わない。むしろ、人心地の無い時間でしかないのだけれど、奏翔君の事情に首を突っ込んでしまった以上、文句は言えないか。


 今日は流星も休みだし、昨日よりはマシだ──と、思いたい。





 * * *





 オタク文化の発祥地は、秋葉原だ。


 そこから色々と趣味趣向が枝(わか)れして、池袋には『乙女ロード』なる街道ができた。無論、この町にもそういう文化がある。らしんばんもあれば、アニメイトだってあるけれど、特色としてはゲーム関連が強いのかもしれない。それだけではなく、フィギュア系にも強いこの町だが、実は、池袋、中野に次ぐオタクの聖地だとか。そう言われてみると、オタクっぽい格好をした人が多い、かな? どちらかと言えば、ギターを背負う人をよくよく目にする。ライブハウス、練習スタジオも多いので、バンドマンには有り難い町だろう。


 天野姉弟は、僕の後ろをついて歩いている。


 偶に後方を確認するように振り向くと、奏翔君は周囲をきょろきょろ注意深く観察しながら、見慣れぬ町の風景を楽しんでいた。時々、天野さんに『田舎者丸出しだからやめて』と叱られながら。


 ──が、それもこの十字路を過ぎた辺りで静かになる。


 周囲の景色は、それまでの賑わいが嘘かのような静寂に包まれ、如何わしいような風俗店が並ぶようになる。天野さんの顔色が青くなっていたが、弟の奏翔君も気まずいだろう。だが、歌舞伎町と比べれば、まだまだ可愛いほうだ。あの町はヤクザの抗争が激しいからね。……それは神室町だった。


 我らが目的地、メイド喫茶らぶらどぉるは、そんな一角に佇むオアシスのように、メイド喫茶全開の外観で姿を現わせる。


「ここが噂の〝らぶらどぉる〟ね……」


 アニメタッチのメイドさんが描かれた窓ガラスを視ながら、天野さんは『もう既にお腹いっぱいだ』、と食傷気味に唸りを上げた。


「やばい。本当に来ちゃったよ。やばい……」


 先程から、『やばい』としか言わない人形になっている奏翔君は、佐竹の生き霊にでも取り憑かれたのだろうか? そう疑問視するくらい佐竹っている。


『お前は入り口で立ち止まる趣味でもあるのか』


 ──以前、この店を訪ねた時、エリス扮する流星に嫌味たらしく言われた事を思い出し、僕は二人の心の準備が整っていないにも関わらず、店の中へ一歩足を踏み入れた。


「お帰りなさいませ、ご主人……お嬢様?」


 僕の姿を見たメイドさんが、少々戸惑いながらも挨拶をした。ショートボブの髪型と、どこか怯えているような、顔色を伺うような、遠慮がちに頭を下げるこのメイドさんは、源氏名をマリーという。


 僕は彼女を知っているけれど、彼女は僕の〈もう一つの姿〉しか知らない。だからこの場合、初めましてで通すほうがスムーズに事を運べるだろう──そう思い至り、「僕は男なので、ご主人様、ですかね?」と、苦笑いを浮かべてみた。


「こここここ、これには大変失礼致してしまいまして、ご面倒をおかけ申し奉ります!」


 ──駄目だ、このメイドさん。早く何とかしてあげて。


 暴走気味なマリーさんを視たからか、天野さんは冷静さを取り戻せたらしい。


「あの。私たちはカトリーヌさんにお話をお伺いに来たんですけど、カトリーヌさん、……という方はいらっしゃいますか?」


「え? あ、はい! お席にご案内致しますわ!」


 ぷっ、と思わず吹き出しそうになった奏翔君の脇腹を、姉である天野さんが肘で小突いた。どうやら、鳩尾(みぞおち)に食い込んだらしく、奏翔君は『んがっ』と、言葉にならない小さな悲鳴をあげて、悶絶しながら横腹を両手で摩る。


 そそっかしい人だとは思っていたけれど、こうも上がり症では、この先不安でしか無い。ローレンスさんはどうして彼女を採用したんだろうか。いくら『先見の明がある』とは言え、ここまで破茶滅茶な接客だと、客商売は向いていない気がしてならない。


 空いている席に通された僕らは、『少々暫くお待ち下さいまし』と、バックヤードに引っ込んで行くマリーさんの姿を見送ってから、 テーブルの脇に置かれたメニュー表に目を通す。


「こ、個性的な名前の料理ね」


「味はまともだから……」


 なぜ僕が、店側の代弁者になっているんだろう。


「奏翔、どれにする?」


「……じゃあ、オムライスで」


「私はパンケーキにしようかしら──」


 優志君は? と、天野さんが僕に訊ねる。


 毎度毎度、オムライスを注文していると、そのうちに『オムライス様』って不名誉なあだ名で呼ばれそうだからなぁ。……え、僕はこの店に、これからも足繁く通う気なのか? 冗談じゃない。定期券の範囲なら兎も角だが、範囲外であるこの場所を往復して、尚且つ、料理も注文したら間違いなく破産する。この店はダンデライオンのように、融通が利くような店じゃないんだ。


「カレーかな」


 値段を確認して、一番安いのがカレーだった。それでも四桁に匹敵する値段だ。ああ恐ろしや。この値段なら、贔屓にしているラーメン屋のラーメンに、煮卵とメンマをトッピングできる──食べたくなってきたぞ、ラーメン。然し、この店の麺類はパスタとうどんしかない。サバの味噌煮定食があるのに、どうしてラーメンは無いんだ?


 ラーメンと、鯖の味噌煮に、因果関係はないけれど。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。


 今回の物語はどうだったでしょうか? 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・現在報告無し

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