一十五時限目 彼と彼女は初めて出会う[中]
時間が経つにつれて、教室内も騒がしくなってきた。
その中のだれかが「おーい、佐竹」と呼ぶ。
佐竹はお茶だったのか、と思いながら声がした方角を見やると、佐竹軍団ウェーイ族が揃っていた。
「おう、いま行く! ……じゃ、また後でな」
「はいはいさようなら」
軍団の中に溶け込んだ彼の姿を見て、集団行動は暇が無いものだと達観していたら、黒板の前で撮影会みたいに囲まれている我がクラスのアイドル兼マスコット兼ファーストレイデェの月ノ宮楓嬢が、モーセの如く人波を掻き分けて僕の席へと向かってきた。
「おはようございます。優志さん」
やっぱり、その呼び方は慣れないな……。
「おはよ」
既視感のあるやり取りだ。
デジャブかな?
デジャブじゃないよ、デジャブだよ。
デジャブだった。
「優れない表情ですが、悩みごとですか?」
わかって言ってるだろ、腹暗黒美少女め。
悪役令嬢モノってまだ流行ってるのかな?
「お嬢様、後ろをご覧下さい」
月ノ宮さんの後方にいる彼らを指した。
僕を妬ましく思う彼らの矢を射るような熱い視線が、ぐさりと心に突き刺さって超痛いのですが……。最近、月ノ宮さんはこの状況を楽しんでいるようにも見えるんだけど、人気者は辛いよって言いたいわけ? まあ、人気者は辛いんだろうな。人気者になった試しが無いもんで、お気持ちを察せられなくて誠にすめんねー。
「私は別に構いませんが」
「僕はとても構ってるんですよね、それが。トップカーストで幅を利かせている月ノ宮さんが、下民風情の底辺に来ると変な噂が立つんじゃない?」
嫌味の純度100%で文句を垂れたら、月ノ宮さんは艶やかな黒い長髪をひらりと揺らして、流し目に僕を見る。
「存在感をアピールして天野さんの興味を引いてるんです」
ああほら!
こっち見てますよ!
これはもう好きってことでいいですよね!
「結婚する他に選択肢は無いですね……そう思いませんか?」
「思いません」
つまり、僕は月ノ宮さんを照らすスポットライト代わりってことか。
「てか、あの視線は疑惑の眼差しのようにも思えるんですが」
「違いますよ。あの視線はラブコールです!」
天野さんの『にらみつける』こうげき!
月ノ宮さんの知能指数がガクッと下がった!
「そろそろ先生がいらっしゃいますね。では、放課後にあの店で」
「はいはい。わかりました」
月ノ宮さんは、朝にこそこうやって僕をおちょくりに来るけど、その他の時間帯に僕を訪ねてくることはあまりない。佐竹は席が近いからそんなこともないけど、二人にはもうちょっと警戒心を養って欲しいものだ。
「はいはい、席に着いて下さいねー。ホームルームを始めますよー」
ようやく訪れた安寧の時間──ホームルーム。
三木原先生は本日も覇気が無かった。
やる気が無い……というわけじゃないんだろうけどね?
三木原先生の授業は面白いから人気だけど、お昼休み後の三木原先生の授業は眠気を誘う。
昔から、のんびりした性格なんだろう。
でも、こういう先生ほど生徒を見ているから、下手に昼寝もできないんだよなあ……。
* * *
午前中の授業が終わった。
くわあっと欠伸をしたら涙腺が刺激されて、悲しくもないのに涙が浮かぶ。
束の間の休息タイムで賑わいを見せる我がクラスの面々は、ガチャガチャと机を移動させながらテーブルを作る。まるで、自分たちの結束は強固だぞと言わんばかりだけれど、内輪の一人がトイレに立ったらソイツの悪口タイムが始まるんだろう? 知ってるぞ。そんな中、お弁当を食べるなんて無理ゲーにも程がある。
身支度を済ませて教室を出た。
廊下には食堂へと足を運ぶ生徒や、他クラスにいる友だちを呼びにいく者、そして、進行妨害してるオレかっけーと勘違いしているような輩で溢れていた。どうして廊下でキャッチボールをしたがるんだろうな。外でやったほうが広々としているし、だれにも迷惑をかけないのに。その内、見兼ねただれかが教師に告げ口して、廊下で遊ぶなと注意されるだろうから、それまでは好きにやらせておけばいいんじゃない? ガラス割って怒られろと呪いの言葉を口の中でもごもごして、ぶつからないように足音を盗む。
ふらっと出てきた校舎の外。
足の向かう先は、いつも昼食時に利用しているグラウンドの隅にあるベンチ。
昼食ならば食堂に向かうのが普通だろう。然し、食堂というのは『ウェーイ勢』と『タッシェェェイ勢』の縄張りだ。
彼らのパーソナルスペースに侵入するには、ミッションをインしてポッシブルするくらいの慎重さを要求させられるのだ。いや、強要と言い換えたほうが適切かも知れない。それに引き換え、グラウンドの隅にあるベンチは最高だ。あの空間だけ現実世界から隔離されてると言ってもいいほどだれも来ない。
「あれ……?」
だれも来ないはずのベストプレイスに、女の子がぽつんと姿勢よく座っていた。目線はグラウンドを向いているけど、野球に興味があるわけじゃなさそうだ。
その横顔には見覚えがあった。
「どうして天野さんがこんなところに……」
天野さんはスタイル抜群なので、男子から注目を浴びている。本人に自覚無いのが偶に傷だけど、本来、僕が気軽に声をかけられないようなトップカーストの存在だ。
そんな人が僕のくつろぎ空間に侵入するとはどういう風の吹き回しだろうか?
致し方ない。
僕はお山の大将でもなければボス猿でもないので大人しく引き下がろうと思ったら、ふっと顔をこっちに向けた拍子にばっちり目が合って、「ちょいちょい、こっちにおいで」と手招きされてしまった。
落ち着け、落ち着くんだ。
クールになれ、クールになるんだ!
うおおおおっ──。
ねえ、クールって意味知ってるぅ? ってマウンティングしたくなるアニメだよね……よね?
下らない茶番を頭の中で繰り広げていたら、思いのほか冷静になれた自分がいた。すう、はあと深呼吸をすればもと通り。おきらくらくしょういってみよー! と、雑草が生えた階段を下りた。
どうして、と思う。
優志の状態では、天野さんとろくすっぽ会話したことが無い。天野さんが僕を目視したとしても、声をかけてくることも無かった。
それがいまになって、僕があの場所へやってくるのをじいっと待っている。
怪しいと思わないほうがどうかしてるだろう……まさかバレたか? 佐竹も月ノ宮さんも、教室であの話題を振るなんて危機感が足りないんだよ! ……いや、まだバレたと決まったわけじゃないし、挨拶だけして「それじゃ、また後で」って踵を返せば問題無い。
僕と天野さんとの距離が約一メートルくらいまで縮まった。
「ここに来れば会えるんじゃないかって思ったの。よかった」
座って? と、隣を指定される。
僕は、満員電車の中を移動するサラリーマンのように「ちょっと失礼」みたいな意味合いの手をしながら、拳一〇個分くらい開けて座った。
「いいけど……、遠過ぎない?」
「あ、そう? じゃあ……」
拳一〇個分から拳七個分くらい距離が縮まる。
「鶴賀君って、いつもここでお昼を食べてるわよね?」
「まあ、そうだけど」
「よかったらお昼、一緒に食べない?」
「はい?」
なんだこのラブコメ的な展開は。
異世界に転生されるフラグかな?
帰宅途中トラックに轢かれていくスタイル? それとも、動物に誘われてケモ耳のお姫様がいる世界に飛ばされていくスタイル? 突発的に魔法陣が展開されて飛ばされるのはちょっと味気ないかなあ。けれど、引ったくりに刺されるのも痛そうだ。可能なら痛みを伴わない方法が好ましい……コンビニから出たら異世界でした的な。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。
その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・現在報告無し