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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十二章 Wonder for get,
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二百一十五時限目 鶴賀優志の長い一日は終わりまた始まる


 心臓が口から飛び出すのではないだろうか? と思うほどに、びくっと体が跳ね上がった。


 お間抜けな電子音でも音量が最大であり、(なお)()つ、不意打ちのように鳴り響くと心臓に悪いものだ。


 然し、心臓に悪いのはこれからである──。


 携帯端末の画面には、『天野恋莉』の名前が中央よりもやや上部に表示され、下部には赤丸白文字の〈拒否〉と、緑丸白文字の〈通話〉が並ぶ。


 天野さんは第一声から怒髪天を衝くように、猛々しく怒り狂うような人ではないけれど、苦言の一つ二つは覚悟しなければ。


 ……うう、気が重い。


 然ればとて、このまま放置もいけない。


 折り返しを待つ──と、怖めず臆さず奏翔君に伝えた以上は、居留守を使うわけにもいかないのだ。


 心の中で「よし」と、褌を締め直して〈通話〉を押した僕は、顔面蒼白になっていただろう。天野さんが怒ると怖いことは、身を以て体験している。今回は奏翔君が絡んでいるので、より神経を研ぎ澄ませて、僕の本意を知ろうと確信に迫る質問をしてくるはずだ。緊張しいているせいで、携帯端末を握る手が震えていた。


『もしもし』


 耳元から訊こえる声に棘は無い。


 怒っているわけではなさそうで、ほっと胸を撫で下ろした。


「もしもし」


『どういうこと?』


 訂正──静かに揺らぐ青白い炎を感じた。


「それは、奏翔君のこと、……だよね」


『ええ。……どうしてこういう流れになったのか、説明してくれるかしら?』


「説明するのは吝かではないんだけど、その前に一つ訊いてもいい?」


『どうぞ』


 憤りを隠しきれていない淡白過ぎる声に、僕はおどおどしながら訊ねた。


「天野さんは奏翔君の話を訊いてどう返事をしたの?」


『どうも何も、それを否定できるような高校生活を送っていないもの。……受験に差し支えなければいいと答えたわ』


 これまでの僕らを案じれば、そういう返答にもなるよなぁ……と、深く息を吐く。


『絶対に無いとは思うけど、優志君が(そそのか)したわけじゃないわよね?』


「断じて違うよ。僕は奏翔君に相談されたから、〝天野さんに了承を得てくれ〟と伝えたんだ。影でこそこそされるよりも、姉である天野さんが把握していた方がいい。そう思って」


『……そうよね、疑ってごめんなさい』


 天野さんは『いつから、なのかしら……』呟いた。


「十中八九、僕の影響だろうね」


『複雑な気分よ』


 思い返してみると、クリスマスパーティーで、奏翔君はサンタ衣装を身に纏う()()を、興味津々に見つめていたような気がする。


 あの一件が無ければ、女装に興味を示すこともなかっただろう。奏翔君は真面目だし。


 ……真面目は関係無いか。


 真面目な人でも女装はする──むしろお堅い職業で、応接に(いとま)がない日々を過ごす人ほど、普段の自分から解放されたいとするだろう。


 カラオケだけがストレス発散できるわけじゃないのだ。佐竹、そういうとこだぞ。


『……この話は置いておくとして』


 秒針が三度、こちこちこち、と時を刻む。


『私に何か用事があったんじゃないの?』


「ああ、そうなんだ。実は──」


 僕は端的に、今日の出来事を包み隠さず──流星にはほどほど申し訳無いとは思うけれど──全て天野さんに伝えた。もちろん、僕がローレンスさんに『男の娘メイドになってくれ』とスカウトされた事実も洗いざらいに。


『……ちょっと待って。あまりの情報量の多さに、頭が追いつかないんだけど』


 まあ、それもそのはずだ。


 いま伝え訊いたことは、天野さんが簡単に理解できるような内容じゃない。仮に僕が天野さんの立場だったら、『ワッツァファッ!?』と、海外ドラマ仕立てで逆ギレしているまである。しないけど。


「そうだよね。……でも、勘違いしないで欲しいのは、決して天野さんを仲間外れにしようとしたわけじゃないから。それだけは信じて」


『わかってるわよ──もしそうだとしたら、アナタはもっと(こう)(かつ)()(はし)を利かせるでしょ?』


「あ、ああ。……そう、なのかなぁ?」


 どうだろう? 僕はそこまで器用じゃないぞ。


 信用されているようでいて、まるっきり信用されていないような口振りに、これは素直に喜べないなと、思わず苦笑いしてしまった。


『それにしても、流星が女の子だったなんて……』


 言葉だけでは信じられないだろう。


 僕だってそうだったけれど、流星は、『男性で在りたい』と願っているので、これからも『雨地流星』として接して欲しい──という旨を伝える。


『善処するわ』


「ありがとう」


 明後日は流星にとって、途方も無く長い一日になるんだろうな。


 そうなってしまうのは漏れ無く僕のせいなのだから、僕も最善を尽くさなればならない。できる事と言えばそれくらいしかないだろうけれど……流星の殊更面倒臭そうに嫌がる顔が眼に浮かぶ。


『話を戻すけれど、奏翔をどうするの?』


「ええと」


 どうする──とはまた、僕が奏翔君を人質に取ったような言い回しだ。


 そういう意味で言ったわけじゃないのはわかるけど、姉としての心境は、大切な弟を毒牙にかけられた気分に違いない。


 姉の心弟知らず、その逆もまた然り。


 天野家の秘密を知ってしまった奏翔君は、戸惑い、そして、確固たる意思で家を出ると決意した。それは、一見すると自分のために思える。然し、よくよく考えてみれば、家族のためなのではないだろうかと僕は思う。


 家族でありながら気を遣うのはお互いのためにならない──そう、奏翔君は家を出る決意をしたのかもしれない。


 その決断を下すには、『まだ精神も安定してない奏翔君にとって大きな重石となった』と(かえり)みると、両手でも抱えきれないほどに肥大化したストレスに対して、『何かで発散したい』と思うのは自然な流れではあるが、解決する術を知らない奏翔君が優梨に扮した僕を視て、『嗚呼、自分もあんな風に解放されたい』と羨望しても、なんら不思議では無いだろう。


 その手段として〈女装〉選ぶ辺り、奏翔君の存在意識には、『異性への転身』という、思春期なら誰しも一度は考える憧れ、のようなものが他人よりも強かったと言える。


 それとも他に、胸に秘めた想いがあるのだろうか?


 内情を知るには奏翔君と直接会って、真相を確かめる必要があるけれど、これ以上、奏翔君が曰く言い難しと厳重に鍵をした蓋を興味本位で開こうとするのはよそう。


 いつか、奏翔君から話してくれると信じて。


 天野さんの『これからどうするか?』という問いに対して、具体的な案は無い。


 ぼんやりとしたイメージはあるけど、それを言葉にするには早計だ。方針を話すには、天野さんが納得するに足る材料を(ひっさ)げてくる必要がある。


「一晩考えてみるよ。妙案が浮かぶかもしれないから」


『わかった。……でも、今日は色々あって疲れたでしょう? あまり無理せずに、ゆっくり休んで』


「そう、だね。じゃあ、今晩はゆっくりさせてもらうよ」


『うん。──何かあったら連絡して? 待ってるから』


 そして、お互いに『おやすみなさい』と通話を切った。





 * * *





 疲れた──一日中、往々と思考を繰り返したせいか頭が痛い。


 胃の中に残っていたオムライスは完全に消化したけど、これから夕飯を作る気力は残っていなかった。もう寝てしまいたい衝動に駆られてベッドに倒れ込む。マットの下にあるバネが僕の体を数回揺らせて、ちょっとした無重力気分を味わってみた。


 静かな部屋に、リビングからテレビの音が漏れて訊こえる。父さんと母さんが帰ってきたのだ。電話していて気がつかなかったけど、おかえりを伝えにいく元気も無く、僕はそのまま瞼を閉じて、意識はどんどん微睡みの中へ。





 ──はっと眼を覚ました。


 今は何時だ? と、寝巻き代わりにしているパーカーの袖で、寝ぼけ眼をごしごし擦ってから時計に眼を向ける。時刻は丁度、ワンピースが始まった頃だ。


 僕の中でモンキー・D・ルフィの海賊王への挑戦は空島で終わっていた。シャンドラの火を灯した時、空島に住む彼らの宿望は遂げられた。感動した。あのシーンは僕の心を震わせた。ドクター・ヒルルクが死の瀬戸際に放った言葉もそうだ。どれも胸を打つ──けれど同時に、あの漫画は僕を酷く虚しくさせるのだ。夢を失った僕に、麦わらの一味の冒険譚は眩し過ぎた。だから僕は日曜日のこの時間がとても憂鬱になる。『サザエさんシンドローム』が世間一般ならば、僕の場合は『ワンピースシンドローム』、とでも言うべきか。


 勉強卓の上に置きっぱなしにしていた携帯端末のバッテリーは風前の灯。


 ──僕のお腹もぐうと鳴る。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。


 今回の物語はどうだったでしょうか? 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・現在報告無し

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