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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十二章 Wonder for get,
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二百一十三時限目 彼の後悔はいつも後を絶たずである


【前回までのあらすじ】


 僕、鶴賀優志は、昨夜に『話したいことがある』と、月ノ宮楓から電話を受けた。話の内容はおそらく、バレンタインでの一件だろう。この時の僕はそう捉えたが、続け様に佐竹義信から電話受けて、誤送信内容である『優梨の姿で来て欲しい』という依頼を知る。「どうして優梨の姿で?」と疑問に思う僕であったが、ご指名とあればやむを得ない。翌日、待ち合わせ場所に指定された喫茶店〈ダンデライオン〉に、優梨の姿で向かった。


 ダンデライオンに到着後、()は楓ちゃん、そして佐竹君と合流する。私は楓ちゃんに後ろ暗さを感じているので、正直に言うと居心地悪かったけれど、ムードメーカーでもある佐竹君によって、多少なりとも緩和された。


 果てさてと、どうして優梨(わたし)の姿をご所望したのか、私はかえでちゃんに訊ねる。曰く、『殿方二人に囲まれるよりは健全だ』との事。然し、本当は違う理由があるのではないか? と私は考えた。


 楓ちゃんはこれまでに、何度も優志に対して恋敵宣告をしている。バレンタインの一件で楓ちゃんは天野恋莉(レンちゃん)にフラれてしまったので、優志の姿で顔を合わせるのを躊躇ったのでは? この場にレンちゃんを呼んでいない事から、そういう理由も鑑みる事が出来るけれど、優梨の姿でだって変わらない気がする。……要は、『気持ちの問題』であり、『普段から顔を合わせる優志よりはマシ』程度の考えだったかも知れない。それとも、佐竹君と二人きりになりたくなかったかのどちらかだ。


 この場に来るまでに、今回呼び出された理由をあれやこれや、どれやそれやと思い悩んでいた私だが、蓋を返せば『愚痴を吐き出したい』なんて、これまた楓ちゃんらしくない理由によるものだった。そんな楓ちゃんの気分を紛らわせるために、「何かしよう」と佐竹君が〈カラオケ〉を提案。どうして地球上に君臨するウェーイの者達は、第一声に『カラオケ』と提言するのだろう? 私も楓ちゃんも、性格は彼らと正反対の存在だ。よって、『カラオケ』という発案は即座に却下された。……では、これからどううするかと、私達は額を寄せていた矢先、どうしてそんな奇を衒うような事態になったのか? 『メイド喫茶』という、新たな案が飛び出した。三人寄れば文殊の知恵というけれど、毛利の家紋も三本の矢とあるけれど、ここまで突拍子も無い申し出こそ、悪・速・斬と斬り捨てる斎藤一の如く、瞬足で淘汰されるべきなのだが、興味津々子ちゃんになってしまった楓ちゃんと、悪ノリが過ぎる佐竹君を止める術もなく、私達は雨地流星がアルバイトをしているメイド喫茶〈らぶらどぉる〉へ──。


 移動中、流星に連絡したけど時既に遅し状態。


 流星は可能な限りの変装をしていたけど──それが金髪ロングのウィッグだけとは思わなかった──あっさり正体がバレてしまい、私はエリスに扮した流星から、白い眼で視られる事になった。……ここまではまあ、ある程度想定内ではある。想定外だったのは、ローレンスさんが裏でこそこそと知略を巡らせていた事だった。


 メイド喫茶〈らぶらどぉる〉の代表取締役であり、メイドと執事の総括であり、この店のオーナーでもあるローレンスさんは、私を『男の娘メイド』として店に迎えたいとしていた。その件もあって優梨の姿でこの店に来たくはなかったけれど、状況が状況だけに私だけ行かない──という選択肢は選べなかった。私はまんまとローレンスさんの策略に嵌り、これまたいっかなどうしてか、メイド衣装を着させられて、楓ちゃん達をおもてなしする事となった。けれど、そこまで悪い気はしていない。メイド喫茶でメイドとなり、その執務を全うするなんて、そうそう起きるイベントではないし、心のどこかで『着てみたい』と思っていた私は、この時、結構楽しんでいたのではないか? と、今になって思う。そうであっても当然素人の私では、微笑みを返すだけのバービー人形にしかならず、それをみかねたエリスが、私を裏方に引っ込めた。


 着替えを済ませて事務所へ戻ると、何やら重苦しい空気が事務所を包んでいる。ローレンスさん曰く、エリスから異議申し立てをされていたらしい。この場にいるメイド長、カトリーヌこと、()(とり)(はる)()共に頭を下げられて、この件は不問とした。


 これにて一件落着、と幕を引きたい所ではあるが、そうは問屋が卸さない。


 この日、最初にかトリーヌさんと事務所で対談した際に言われた言葉と同じような内容を、バックヤードから出る間際にエリスからも苦言を呈すように言われてしまった。それは、この場にいないレンちゃんの事を忘れるなよ、という忠告。


 この場にレンちゃんを呼ばなかったのは、『それが最善である』と決断したからに他ならず、決して『仲間外れにしよう』と示し合わせたわけではないけれど、カトリーヌさんも、エリスも、少なからずそう捉えたのだろう。だから、口を酸っぱくしてまで私に言い訊かせたのだ。


 そこまで私は薄情者に視えるだろうか?


 (とう)(つう)を覚えながら、私は楓ちゃん達の元へと戻り、らぶらどぉるを後にして、今に至る──。




 






 メイド喫茶〈らぶらどぉる〉から退店して、小雨よりも少し強い雨を避けるように、軒下軒下、屋根の下を渡り継ぎ、電車に乗って東梅ノ原駅へと到着。楓ちゃんはこれからダンデライオンへと戻り、高津さんを呼んで帰宅すると言う。私達はらぶらどぉるで飲み食いしたので、これ以上カフェインは要らない。『夜、眠れなくなる』なんて訳でもないけれど、先刻の雨が私の気分を盛り下げてくれた──いや、雨のせいにしているけれど、私の中で(せん)(げん)(ばん)()を費やしても表現し得ないものが蠢いていて、早く一人になりたかったのだ。


「今日は付き添って下さいまして、本当にありがとうございます」


「おう、またな!」


 楓ちゃんは少し気が晴れたと、私達に微笑みかけているけれど、私はその微笑みに対して、返す顔を失っていた。でも、楓ちゃんが悪いという事でも無し。文句を言うのはお門違いもいい所であり、私は引き攣ったようなぎこちない笑顔で、「またね」と手を振り、楓ちゃんの姿が見えなくなると気が抜けてしまったのか、自然と大きな溜め息を零してしまった。


「疲れたのか? ……いや、そりゃ疲れたよな」


「それもあるけど」


 佐竹君に伝えるべきか少し悩んだけれど、顧みて他を言うように、「帰りの道程を考えると、ね」と誤魔化した。


「最近は降水確率なんて当てにできねぇからな。天気予報なんて〝目安〟でしかねぇし。ガチで」


「あくまでも予定だから」


 だからどうして、予報が外れたとしても文句は言えないとすると、まるで外れるのが前提の予報であり、前もって予防線を張っているだけにしか訊こえないのは私だけ? 然し、昨今の日本は他人に対して敏感──いや、自分の意と反する行動に対して過剰な嫌悪感を示す、と言い換えるべきだろう。


 馬に乗れば『馬が可哀想だ』と言われ、馬を引けば『アイツは馬の使い方を知らない』と言われる。それじゃあもういっその事、馬刺しにでもして食べてしまおうかと言うと、『動物はごはんじゃない』まである。


 そうであるならば、予め『個人の考えです』としていた方が(あん)(かん)とした日々を送れるというもの。『言い訳なんてしたもん勝ち、青春なら、辛い時はいつだって傍にいるから』……語呂が合うと思ったけれども、これはどうもいけない。まるで、諸悪の根源が『青春である』と提議しているようだ。光GENJIもローラースケートを脱いで抗議するレベル。


「帰るか」


 灰色の空を眺めながら、佐竹君は物思い耽るように囁いた。


 佐竹君はきっと、私と二人きりでどこかへ繰り出したい気持ちがあったかも知れない。……ごめんね、佐竹君。私は今、そういう気分とは程遠い場所にいるから。それに、らぶらどぉるで言われた一言が、どうしても私を逃してはくれなそうなんだ。


 だから私は空気を読まずに、「そうだね」とだけ返して、改札に向かう階段を上り始めた──。





 * * *





「はあ……」


 濡れた体をシャワーで温めながら、今日の出来事を振り返る。長い一日だった。ここまで倦怠感を抱いたのはいつぶりだろう? 宇治原君にとどめを刺した時と似た後味の悪さを覚える。B級小説だったら、『このシャワーが憂いも一緒に流してくれればいいのに』なんて台詞を惜しげも無く披露する事だろう。残念ながら我が家のシャワーに、そんな都合のいい効能は無い。ただのお湯であり、水道水を電力で温めた物に過ぎない。


「髪、伸びたな」


 僕はこまめに髪の毛を整える習慣は無いので、ワックス、ムース、スプレー、ポマード類は、女装するようになるまで買った事がなかった。


 よくよく考えると、どうして口裂け女は『ポマード』と二回連呼すると退散するんだ?


 昔付き合っていた彼がポマードを使っていて、その記憶が蘇るからだとするなら、案外、人間らしい一面もあるもんだなぁ。何ならちょっと可愛いまである。……後で『口裂け女 萌え絵』で検索をかけてみよう。きっとネットで活動している絵師達が、えげつない程に萌え化させた口裂け女を投稿しているはずだが、皮肉にも、トップに出てくるのはえっちぃイラストだったりしてね。あると思います。


 シャワーの下で『修行っじゃー』のポーズをしながら、これから先、どうすればいいのか頭を捻る。捻り過ぎて耳の中にちょっとだけお湯が入り、不快感が露骨に態度に出てしまった僕だけれど、誰にも見られていないのだからよしとしよう。


 眼を閉じて耳を澄ませば、後頭部を打つシャワーの音。まるで大雨がアスファルトを打ち付けるようだ。これが本物の滝であったなら、数メートル上空から流れ落ちる衝撃で首を痛めそう。いや、滝行は僕が思うよりも過酷な修行であり、シャワー程度で思い知るのは精々『真水って冷たいから、下手すれば死ねる』くらい。ぎゃーてーぎゃーてーと般若心経の一節だけ唱えて、深く口で息を吸い込み、鼻からゆっくり吐き出す。これを何度か繰り替えすとアルファ波が増えるらしい。……そう言えば、小学校の修学旅行で日光に行ったその日の夜、友人の宮本君が寝言で『あるふぁ……あるふぁ……』と呟いていたけれど、あれは一体何の事だったのか──雑念が半端ない。ぎゃーてーの効果はいまひとつのようだ。鶴亀鶴亀。


 どうやら集中力が散漫しているらしい。脳が『これ以上考えても無意味だ』と判断したのか。シャワーをカランで止める。今時、『カラン』と表記してある水道は珍しい。カランってなんだよ、わカラン。


 いい感じに心が荒んだ所で、バスタオルで体を拭いて、用意してあった寝巻きに着替えてお風呂場を出た。


 お茶でも飲もうとリビングに寄り、壁掛け時計に眼を向けた。夕飯にするには微妙な時間だ。それに、まだ胃の中にオムライスが残っている。冷蔵庫から緑茶のペットボトルを取り出し、透明なストレートグラスに注いで自室に向かった。


 部屋の温度は冷たいけれど、湯上りなので丁度いい。……と言うか、益体もない雑念に振り回された結果、軽く湯当たり気味になっていただけに、この冷んやりとした空間は居心地もよかった。でも、このままでは風邪を引きかねないので、エアコンの〈暖房〉ボタンを押す。


 ピッという電子音の後に、エアコンの羽が頷くように動いて、指定している場所で動きを止めたのを確認してから、勉強卓に頬杖をついた。


 なんだかなぁ、やるせないなぁ。


 読みかけの本に手を伸ばしてみたが、とてもハロルド・アンダーソる気分にはなれず、伸ばした手を途中で引っ込めて、傍に置いたウーロン茶を二口、三口飲んで、用意した木製のコースターの上に置いた。


 あの時──ダンデライオンで二人に合い、らぶらどぉるへ向かうと決まった時、僕は天野さんにも声をかけようと言うべきだったのだろうか? いや、それは悪手だと結論を出したはずだ。……そうなんだけど、それが最善だったのかと、再三、僕が僕自身に語りかけてくる。


『もっと他にやりようがあったんじゃないか?』


 ──と、いくら後悔したってもう遅い。


 妙案が浮かんでも時間は遡れやしないし、タイムリープマシンである電話レンジも無ければ、机の引き出しの中に異次元空間が繋がっているわけでもないのだから、小田和正の歌のように『あの日、あの時、あの場所で』と歌っても無意味なのだ。


 ──そう、なのだけれど。


 ありとあらゆる方向性から思案を巡らせて、最適解を模索しなかったのは慢心だったのかも知れない。()(ため)(ごか)しを言ったつもりは毛頭無いけど、……流星はそう捉えてくれなかったんだろう。『単なる言い訳に過ぎない』なんて事は、僕が一番理解ている。けど、僕だけが悪いんだろうか? あの場にいた佐竹だって、少なからず共犯だ──いや、佐竹は関係無いな。


 これは僕と月ノ宮さん、そして天野さんの三人の問題だ。そこに佐竹がどうのと言うのはさすがに筋が通らない。今日、佐竹はよくやっていたと言ってもいい。佐竹のせいにするなんて、僕はどうかしてるな。


 ──やはり、天野さんに知らせよう。


 罪の意識に苛まれてとか、そんなつまらない理由ではなくて、天野さんも知って当然の権利だと思い至った。月ノ宮さんから『どうかご内密に』と釘を刺されているわけでもないので、これから僕が何をしようが、月ノ宮さんには関係無い。でも、これで月ノ宮さんと天野さんの関係性が悪化するのだけは避けなければ。慎重に言葉を選べ。身長の話はするな。それは僕に効く。


 勉強卓の隅っこに追いやっていた携帯端末に手を伸ばして、天野さんの番号を呼び出す。今なら電話しても迷惑にはならないだろう。


 コール音が、嫌に耳を劈いた。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。


 今回の物語はどうだったでしょうか? 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・2019年7月13日……誤字修正。

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