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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十二章 Wonder for get,
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二百八時限目 無料(タダ)より怖いものは無いと優梨は噛み締める


「さてさて、冗談はここまでとして」


 ローレンスさんは微笑みを崩さずに、優しい口調で語りかける。


「こちらとしては、是非とも、〝男の娘メイド〟として優梨さんを迎えたいと考えています。もちろん福利厚生は整えていますし、交通費もお支払いします。このプロジェクトは私共も初めての試みですので、それなりの待遇はお約束しますよ」


 まるで子供をあやす親のような、慈しみすら感じる柔らかい声だ。


 でも、軟弱さは微塵も感じない。


 張りのある声には芯が通っていて、ちょっとやそっとじゃ揺らがない意思を感じ取れた。


 この待遇はかなりの好条件に思える。アルバイト先を探していたら、こちらから頭を下げてお願いしたいくらいだ。でも、そこまで私に固執する理由はなんだろう? 私よりも可愛い子は他にも沢山いるだろうし、何より、この店で仕事をする覚悟が備わっていないのに、そんな中途半端な気持ちで働くのは失礼だ。『()(じょく)』と言い換えてもいい。


「私は」


 断ろうと開口した瞬間──


「……というのは後々擦り合わせをすればいいとして、本音を語らせて頂くと、私以上にカトリーヌが優梨さんを気に入ってしまって。……ええ、それはもう、私が嫉妬するくらいですよ」


 私の発言を(さえぎ)るかのように言葉を被せた。


「え?」


 ……あのカトリーヌさんが?


「ローレンス様、そういう()(へい)のある言い方は……」


「いいじゃないか。ここは〝男の娘同士〟で、腹を割って話をしてくれたまえよ」


 ローレンスさんは「あはは」と哄笑しながら席を立ち、


「では、頃合いをみて戻りますので。ごゆっこり」


 私の背後にあるドアから退出した。





 * * *





 ドアが閉まり、事務所内にはエアコンと空気清浄の稼働音だけが(こと)(さら)に響く。気さくな人柄のローレンスさんとは違い、カトリーヌさんは……こう言っては()(ぎょう)()かもしれないけれど、『気(むず)しい女性』というイメージが強い。鋭い眼つきで私を睨むような瞳の奥には、優しさの欠片も見受けられない──と、思っていたのだけれど。


「……はあ。あの人はいつもこう」


 これまでにも何度か、こういう場面があったんだろうか? 愚痴を溢すように深い溜め息を吐いた。


 ローレンスさんは何事にも最大漏らさず行う印象だったが、今の反応を視ると、カトリーヌさんの負担も大きいようだ。それだけ優秀である、と言えば訊こえもいいが、そうであっても疲労だけは拭えない。


 溜め込んでいた感情が、不意に出てしまったんだろうなぁ、毎日お疲れ様です、と心の中で最敬礼。


 カトリーヌさんは気まずそうに黙り込み、観念したかのか自分の席へ戻ると、椅子の足に付いているキャスターを転がしながら近づいてきた。


「あ、あの」


 近いんですけど──と言おうとしたら、カトリーヌさんは私の顔を覗き込んだ。


「……もしかして怯えてる? ……ごめんなさい。私、ああいう接し方しかできないの」


 こういう所は昔から変わらないのよね、本当に──と、嘆きながら肩を落とす。


 ローレンスさんを引き合いに出せば、二人はまるっきり逆のタイプ。


 性格も、考え方も、何もかもが違うように思えた。


 私はカトリーヌさんの事を言葉そのままの意味で、『気難しい人だ』と思っていたけど、それはどうも違うらしい。どちらかと言えば、素直に感情を表現出来ない流星タイプのようだ。


「不器用なんです、……昔っから」


「そう、だったんですか?」


 細かい作業は得意そうだけどなぁ? 字とか綺麗そうだし。……これは偏見か。


 パソコンを使用しての事務作業、特に書類作成なんかは、それこそカトリーヌさんの得意分野に思えるけれど。


 ──ああ、そういえば。


 淹れてもらった珈琲の味を思い出す。


 さすがにアレは、お世辞にも褒められる味ではなかった。


 ふっとカトリーヌさんの机の上に眼を向けると、几帳面に整えられたローレンスさんの机の上とは大違いで、書類やファイルが乱雑に山を作っている。


『人は見かけで判断してはいけない』


 ……とは言うけれども。


 カトリーヌさんの場合は強い口調と、身嗜(みだしなみ)を整えることで、『()()()無い自分』を隠しているのだろう。出来る上司が身近にいれば、見栄を張らなければならない場面も多々有るようで、大人の厳しさを実感。


 私の身近にも、カトリーヌさんのような性格の持ち主がいる。


 ──何だか重なるなぁ、この二人は。


「私の友達と似てますね」


 そんな事をしみじみ思い、つい口走ってしまった。


「え?」


「その子も不器用で、自尊心が邪魔をして本音を伝えられずに苦悩してました」


「そう、なの? ……いいお友達になれそうだわ」


 これは皮肉なのか、それとも本音なのか。


 カトリーヌさんっという人物がどういう人なのか、まだ図りかねているの段階なので、自嘲めいた笑いは、どちらの意味にも受け取れてしまう。


 信用するに値する人物なのかはわからない。


 ──けど、悪い人じゃない。


 それだけわかっただけでも、今は『よし』としよう。


「そのお友達は今どこに?」


「わかりません。……色々と複雑な事情があって、今はその子を抜いたメンバーで来ています」


「そう。……それはよくないわ」


 その言葉は私の心をちくりと刺し、喉元を締め付けるような罪悪感を覚えた。


「どんな形であれ、仲間外れはよくない。あ、咎めているわけじゃないの。ただ、……それはとても寂しいことよ」


「そう、ですね」


 カトリーヌさんはほんの少しの間を開けて、昔を思い懐かしむかのように、


「私もね、こういう姿をしているからいじめられたりしたわ。けど、彼がいつもそれを救ってくれたの」


 静かな口調で、そう語った。


 彼というのはローレンスさんの事かな?


「あの人はいつも(ひょう)(ひょう)としていて掴み所の無い性格だけど、自分の信念から(いちじる)しく(いつ)(だつ)するような事は絶対にしない人です」


 それはまるで、佐竹君と、楓ちゃんを、足して二で割ったような性格だ。それにつけ加えて、照史さんとローレンスさんは、似たような気質を持っていると言えなくもない。


 照史さんも照史さんで、未だによくわからない部分が多々ある。


 琴美さんのように意地悪になったり、そう思えば優しく手を差し伸べてくれたり……。


 照史さんの真意は、一体どこにあるんだろう? と、私は甲斐性も無く、いつも勘繰ってしまうのだ。例えそれが『優しさからくるもの』であっても、その優しさに甘えてしまっていいものか。……その判断が難しい。


 兎にも角にも、照史さんは『大人』なのだろう。


 子供には理解し難い〈何か〉を内に秘めていて、それを露呈させまいとしている姿は大人と言える。


 ──大人、か。


 私には理解も出来ない、〈何か〉を背負っていて、それこそが『大人足りえる資格』だとするならば、楓ちゃんもまた〈大人〉なんだと思う。


 然し、『大人だ』と断言出来ないのは、楓ちゃんも私と同じく、まだまだ〈子供〉だから。


 私達は未だ子供のまま、『大人とはどういう存在なのか?』を模索している段階で、その答えが出るまでは、いつまでも子供なんだろう。


「優梨さん。次に来店する際は、その子も連れて来て下さい。いつでも歓迎します」


「はい。……ありがとうございます」


 たった一つだけ、カトリーヌさんとの会話の中でわかったことがある。


 あの時の発言、『いいお友達になれる』は、カトリーヌさんの本心から出た言葉だったんだろう。


「このまま終わってしまうとローレンス様に申し訳が立たないので、話を戻させて頂きます」


 そう言って色を正すと、カトリーヌさんは本題を切り出した。


「私はアナタに可能性を感じています」


「可能性?」


 オウム返しで返答すると、


「はい。可能性です」


 カトリーヌさんもまたオウム返しで答えたけれど、可能性なんて大それた物、私にあるのだろうか?


「〝未知〟という可能性です」


「それは誰でも持っているものでは?」


 そうですね、と一笑する。


「ですが、〝優梨さんは二倍の可能性を秘めている〟と言えます」


「〝優志であること〟と〝優梨(わたし)であること〟を示唆している……とか?」


 カトリーヌさんは(かぶり)を振る。


「アナタが〝両性の気持ちに理解がある〟からです。私は、産まれてからずっと〝男性の気持ち〟を理解した事が無いんです」


「え?」


「体は男性ですが、心はずっと女性のままでした。ちぐはぐの体と心……でも、〝男性だ〟と自分を意識した事は一度もありません」


 ──流星と似ている、そう思った。


 流星は〈流星(えりす)〉としての自分が嫌で、それを頑なに否定していたけれど、カトリーヌさんも同じだったのかな?


 流星の性別を見破ったのはローレンスさんだと思っていたけど、もしかするとカトリーヌさんかもしれない。


「容姿のよさもそうですが、アナタは見事に〝男の性〟と〝女の性〟を両立している──いえ、調()()、と言い換えた方が正しいかもしれません」


 どうだろう? あまり自覚したことが無いから返答に困ってしまって、「買い被り過ぎですよ」と、着の身着のままの返答しかできなかった。


「そんな事は無いと思いますが」


 壁に掛けられている電波時計を確認すると、ローレンスさんが退室してから三〇分は経過していた。……そろそろ潮時かもしれない。


 これ以上楓ちゃん達を待たせたら申し訳無いので、上手く断れるかわからないけれど、……いつだって何とかなったんだ。それは今日も変わらないはず、と覚悟を決める。


「評価して貰えたのは大変有り難いんですけど、……ごめんなさい。やっぱり私にこの仕事はできません」


「そうですか……。無理を押し通すような話ではないですが、もし心変わりがあるようであれば、いつでも連絡して下さい」


 カトリーヌさんはスーツのポケットから銀色の名刺入れを取り出し、その中の一枚を私に差し出した。名刺の作りはローレンスさんの名刺と変わらないけれど、肩書きは『代表取締役代理』となっている。この店で二番目に偉い、という事だろう。メイド喫茶〈らぶらどぉる〉は夫婦で経営しているのだからそれは当然だ。


 そうは言っても、私はこの事務所に入ってから気になる事が一点あった。


 この店は夫婦経営であり、役職はローレンスさんとカトリーヌさんのみだ。でも、机は三つ用意されていて、一つは空席になっている。……もしかすると、開店当時は三人で営業していた? 現在空席になっている席には、どんな人物が座っていたんだろう?


「あの、カトリーヌさん」


「はい。何でしょうか?」


「あの席は……」


 カトリーヌさんはその一言で、私が何を疑問に思ったのか理解して、「ああ、あの席ですか」と決まり悪げに呟いた。


「あの席には昔──」


 ……と口を開くと、タイミングを見計らったかのようにドアが開き、「ただいま戻りました」と、ローレンスさんが微笑みながら入室した。


「この話はまたの機会に……」


 私に耳打ちして、再び、席に戻ったローレンスさんの右隣に立つ。……ローレンスさんの耳には入れたくないのか、それとも禁句扱いになっているのか。


 この話はローレンスさんがいない時に改めて訊くか、この店に在籍しているエリスに探って貰えばいい。


 そこまでして内部監査をする必要は無いけれど、気になってしまったものは仕方が無い。


「交渉は……どうやら失敗に終わったみたですね」


「申し訳ありません」


 構わないさ、お疲れ様──と、カトリーヌさんに労いの言葉をかける。


「それにしても、優梨さんのご友人はメイド使いに慣れていますね」


 おそらくそれは、楓ちゃんの事を言っているんだろう。


「暫くホールの様子を視ていたのですが、まさかうちのメイドが全てのゲームで敗北するとは夢夢思いませんでした。……失礼ですが、あのお嬢様は一体?」


「名前は月ノ宮楓、といいます。月ノ宮製薬社長の娘──と言えばわかりますか?」


 その名前を訊いたローレンスさんは眼を丸くして、「あの月ノ宮製薬の?」と、俄かに信じ難い様子。


「道理で強いわけです。……所で、優梨さん」


「はい」


「実はその〝楓お嬢様〟からご提案を受けまして、こちらとしても〝月ノ宮製薬〟の名を出されたら、無下にするわけにもいかず……」


 この流れはよくない。……絶対に無茶振りされる流れだ。


「ここは一つ、私の顔を立てると思って、()()()()()を着ては頂けませんか?」


 ──やっぱり、そうなるよね。


 何となくではあったけれど、ローレンスさんに呼び出されてから、そんな気はしてたんだよなぁ。


「断ったらどうなるんですか?」


「どうもなりません。ただ、こういう世界ですので、いつどこで誰が眼を光らせているやら……」


 言葉を濁しているけれど、『敵は極力作りたくない』という事だろう。


 この人は、なかなかに策士だ。


 予めこうなる事を予測して──楓ちゃんのことは予想外だっただろうけれど──カトリーヌさんに『食事代を出す』と提案させ、私が断れない状況を作ったんだろう。偶然にしては話が出来過ぎている。


 ()()より怖いものは無いというが、今日ほどそれを噛み締めた事はない。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。


 今回の物語はどうだったでしょうか? 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・現在報告無し

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