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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二章 It'e a lie, 〜 OLD MAN,
33/677

一十五時限目 彼と彼女は初めて出会う[前]


 人生とは、思いがけないことの連続である。


 かつての偉人が残したような含蓄のある言葉だけれど、この一節は、たまたま手に取った小説の最後のページに記載されていた一文だ。内容は()(きた)りなヒューマンドラマ。件の言葉が一つだけ添えられたページは、ここまで読み進めた読者、即ち、僕に向けられたメッセージとも捉えられる。タイトルは〈It’e a lie〉、和製タイトルは〈我が人生〉。1998年、ハロルド・アンダーソン著。


 物語はアメリカのとある田舎から始まる。


 主人公の目的はブロードウェイ。世界で活躍できるアクターを目指す、というミュージカル調のお話で、主人公が吐いた些細な嘘をきっかけに物語が動き出して、嘘が現実になっていく──というハートフルな物語だ。


 最終的に主人公の嘘はバレてしまうが、これまで出会った仲間たちに支えられてハッピーなエンディングを迎える。


 決して悪くはない物語だったけれど、色々と引っ掛かるところもあった。言ってしまえば、かなりのご都合主義で、トントン拍子に話が進んでいくのはどうなんだろう? と首を傾げてしまう部分も多い。


 まあ、悪くはないんだよ。


 悪くはないのだけれど納得は出来ない。


 無理にハッピーエンドにする必要はなかったんじゃないかとも思う。





 通学途中のバスでこの本を読み終えた。


 アンダーソン氏は、この本で読者になにを伝えたかったのか気になって、携帯端末の検索アプリを立ち上げた。白い背景に、カラフルな配色のアプリ名が上部にでかでかと表示される。画面中央よりもちょっと上辺りには、細い長方形で囲ったキーワード記入欄があり、人差し指でタップすると水色の縦線が点滅する。然し、本来出てくるはずのキーボードが出てこない。あるある。キーボードアプリの調子が悪いのか、それとも端末が不備を起こしているのか原因は定かではない。はあ……面倒臭いなと苛立ちを込めてぼやきながら、タスクキルしてもう一度最初からやり直す。今度はちゃんとキーボードが表示されて、長枠の中に『ハロルドアンダーソン』と文字を打ち、隣にある虫眼鏡に触れた。


 検索のトップに彼のウィキが上がっていた。


 さすがはウィキペディア先生だ。


 人物名を検索すれば、大体の確率でヒットするのだから頭が下がる。大学生が論文作りにも使うって訊くし、ウィキペディア先生がいれば大抵はことが済むまである。ウィキペディア最強! ウィキペディア最強! 偶に間違った情報が掲載されてても関係無いぜ! ネット検索ブラウザが羅針盤なら、ウィキペディアは一繋ぎの大秘宝と言っても過言じゃない。言い過ぎではあるけれど。


 先生曰く、アンダーソン氏はこの本を最後に癌でこの世を去ったらしい。享年、五十四歳。作家は短命、というジンクスはご健在のようだけど、五十四歳という若さで亡くなったアンダーソン氏が最後にこの作品を残した理由は記されていなかった。ウィキペディア先生も、どうやら全知全能とまではいかないようだ。


 なら、考察するしかない。


 今し方読み終えた本の表紙を眺めながら、動画を巻き戻すように物語を振り返る。


 タイトルにも書いてある通り、キーワードは『嘘』で間違いない。


「嘘、か」


 呟くと、胸に疼痛が走る。それを誤魔化すように車窓の外を見やると、小学生たちを見送る府警さんの姿が目に止まった。嘘は泥棒の始まりとも言うから、後ろめたい気持ちが込み上げてくる。いやいや、なにも悪いことはしていないじゃないか。少なくとも、お巡りさんにご厄介になるような事件は引き起こしていない。だけど、警察を見ると自分が犯罪でも犯したのかとビクビクしてしまうのはどうしてだろう。生まれ持った業というやつかな? この世に生を受けてごめんなさい、なんでもしますから──なんでもするとは言っていない──。

 

 嘘を題材としたストーリーを描いたってことは、アンダーソン氏にも大なり小なり、語ることのできない秘密を抱えていたのかも知れない。最後のページに書いてあった一節だけを読み解くのなら、あの一節はハッピーエンドの締め括りじゃなくて、受動的だった自分を皮肉った言葉とも受け止められる。()(にく)(たん)を吐き出す場所が紙の上しか無かったなら、作家らしいと言えばらしいんだろう──なんて深読みしていたら、バスは停留所へ到着して、ガバッと開いたドアから僕らを吐き出していく。


 僕が吐いている〈一つの嘘〉は、自分の人生を大きく揺さ振る事件へと発展するんだろうか。まさか。あり得ない。本の中の主人公はブロードウェイを歩いたけれど、僕はが到達するのは陰気臭い下水道で、ヘドロ塗れになりながら、土管から流れた化学薬品を浴びて突然変異。脳みそみたいな悪者のボスと、変な鎧を身に纏った腹心を相手に戦うんだろう──それ、なんてタートルズ?


 下駄箱で靴を履き替えた。


 すれ違うだれとも挨拶を交わさず、教室へと一直線に向かう。


 陰で『ぼっち』と呼ぶヤツがいることは知っている。でも、一々真に受けていたら高校生活なんてやってられない。最適解は彼らのパーソナルスペースに極力近づかないこと。動物は縄張りに立ち入る生物を襲う習性があるからね。


 物理で解決する動物たちのほうが、まだマシなんじゃないか?


 人間という種族は、精神的に相手を殺そうと悪巧みして、集団で襲い掛かって完膚無きまで叩き潰そうとする。


 僕が在住しているクラスにそういった陰険な問題が発生していないのは、奇跡と言っても過言じゃないだろう。認めたくはないけど、それを未然に防いでいるのは()(たけ)(よし)(のぶ)という男の功績だ。僕からすれば語彙力のない馬鹿だけど、クラス連中の評価は違う。よくも悪くも、クラスを引っ張ろうとする彼をリーダーとして慕っていた。


 それに関しては感謝しなくもないけど……。


 男に女装させて彼女に偽装する、という考えはぶっ飛び過ぎているよなあ……。


「よう、優志」


 自分の席に座ると、僕の前の席に座っている佐竹が声を掛けてきた。やっと『ユウ』呼びに適応してきたところなのに、今度は下の名前呼びか……。慣れるにはユウ呼び以上の時間が掛かりそうだ。


「おはよ」


 適当に挨拶を交わして、鞄を机の脇に引っ掛けた。その間、佐竹は僕の一挙手一投足を見届けて、餌を待つ犬のように、もういいか? もういいか? と目だけで訴えてくる。ええい、

鬱陶しい。なんだよ、早く話せと目線を合わせた。

 

 ──昨日のことだけどさ。


 ──あ、ごめん寝てた。


 ──ぜってえ嘘だろ!?


 昨夜、一連の流れを『決定事項』として佐竹に送った。『以上』と締めたのは月ノ宮さんの真似。そこから何度か返信が来ていたけれど、僕はこれでも忙しいんだ。本の続きを読まなきゃいけなかったからね!


「いや、だからさ……、その話は〝放課後にあの店で〟って伝えたじゃん」


 天野さんに訊かれでもしたら大変だが、いまはお友だちと楽しそうお喋りタイムらしい。ほっと胸を撫で下ろして、佐竹に向き直る。


「そうなんだけど、やっぱ普通にキョドりそうだわ」


「普段とさして変わらないじゃん」


「俺のイメージってそれかよ!?」


 それだよ。


 それ以外になにがあると思ってるんだ。


 佐竹にに完璧を求めるなんて、ハサミで鉄板を切るくらい無茶だってわかってる。無謀な挑戦をするよりは、無難な佐竹でいて欲しい。ツッコミは寒いけど。


「いやー、マジやべー。ゲロやべー」


「緊張するの早くない? 運動会の50m走で立て続けにフライングする小学生くらい気が早いでしょ……」


 なんなんだろうね、あの現象──と言うか、訊き流してはみたけれどさ? 『ゲロやべー』ってなに?


「あー、懐いな。よくやったわあ、フライング、ガチで」


 ガチでフライングするって、一人だけ種目がフライングに変わってるじゃん……。目の前にある50mのラインは飾りじゃないんだぞ、とツッコミたくなる衝動を堪えた。



 

【備考】

 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。

 こちらの物語を読んで、もし、「続きが読みたい!」と思って頂けましたら、『ブックマーク』『感想』『評価』して頂けると、今後の活動の糧となりますので、応援して頂けるようでしたら、何卒、よろしくお願い申し上げます。

 また、誤字などを見つけて頂けた場合は『誤字報告』にて教えて頂けると助かります。確認次第、もし修正が必要な場合は感謝を込めて修正させて頂きます。


 今後も【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】を、よろしくお願いします。



by 瀬野 或


※ハロルド・アンダーソンは当作品に出てくる架空の人物であり、実際にいる同性・同名の人物とは一切関係ありません。


【修正報告】

・2019年1月8日……誤字報告により誤字修正。──ありがとうございます!

・2019年2月19日……読みやすいように修正。

・2019年6月5日……本文の修正、改稿。

・2019年7月17日……本文の見直し、誤字脱字修正。

・2019年11月23日……加筆修正・改稿。

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