二百六時限目 ローレンスは自慢げに推理ショーを披露する
らぶらどぉるのメニュー表を広げてから、佐竹君も楓ちゃんもずっと黙り込んでしまっている。……まあ、初めて視たらそういう反応にもなるだろう。『萌風カリー〜ドキドキスパイスを添えて〜』なんて書かれても、添えられている写真はホテルのバイキングで出てきそうなカレー。このカレーのどこら辺に『ドキドキスパイス要素』があると言うのか? こうした奇妙な名前の羅列で、二人は気後れしたに違いない。でも、こういうお店は勢いと思い切りが大切なんだ。深く考えてはいけない。……深く考えたら負けまである。
喩えるならばここを一種のテーマパークだと思えばいい。テーマパークで提供されている食事の名前は奇抜なものも多く、それに反して出てくる料理はファミレスと似たような物だったりするし。
つまりここは〈メイドーランド〉でありながら、〈ユニバーサルメイドジャパン〉でもあるからして、〈メイドランド〉のそれであると位置付ければ、ほら、この『萌え萌えゾーラのクリームスパゲティ〜メイドの愛に包まれて〜』もそれっぽく視えるはずだよ。……うん、全然わからない。どうしてゴルゴンゾーラの『ゾーラ部分』だけ残したのか、私には到底理解できそうもない。それ即ちクールジャパン。やったね!
「写真が添えられているのでまだわかりますが、名前だけの料理は想像もできませんね……」
「俺、ナポリタン」
自己紹介かな? いいえ、自己紹介です。自己紹介だった。
プロフィールに『敬語嫌い』とか書きそうで、いよいよ絡み難い印象しか受けない。足跡を残したユーザーに対し、片っ端からブラックリストに入れて、『足跡消せ』からの『日本語読める?』という煽り文を記述するまでの流れすらも感じ取れてしまう。……私はナポリタンに親でも殺されたのか? 因みに私は、バジルソースのパスタが好きです。
ナポリタン君は佐竹とコーラに決めたみたい。その一方、楓ちゃんは二つ料理を天秤にかけているようだ。
「決めました。これにします」
そう言って人差し指が置かれた場所に眼を移すと、そこには『メイドの土産! 爆弾☆ハンバーグプレート』という、〈メイド〉を〈冥土〉に変えれば『アスタラビスタ、ベイビー』宛らの意味に捉えられなくもない料理名が記載されていた。楓ちゃんってお昼からがっつり食べる派なんだ。意外な一面を垣間見た気がする。
「あと、食後にメロンクリームソーダを」
楓ちゃんはメロンクリームソーダの前に書かれた、『ハッピー』を読まずに告げる。
ここにも『ハッピー』の魔の手が差し伸べられているとは。
もしかするとこのメニュー表を隙間無く調べたら、『ヤッピー』とか、『マンモスうれぴー』とか、『彼ピッピ』とか、絶対に今のご時世では使われない言葉が飛び出してきそう。そんな名前の料理はチョベリバだ。
「優梨さんはどれにしますか?」
「あ、私はオムライスにしようかな。美味しいんだよね」
「そうなんですか。……美味しい? おかしいですね、どうしてここのオムライスが美味しいと知っているんですか?」
しまった、つい口が滑ってしまった。
「そんなの、アマ……エリスがこの店で働いているって知ってたんだから当然じゃね? 普通に考えて」
「ああ。そう言われてみればそうでしたね」
ありがとう、ナポリ佐竹君──久しぶりに佐竹君に助け舟を出して貰った気がする。でもきっと、彼は私が知らない所でも、こういう風に守ってくれているんだろうな。その誠意にはいつか応えなければと思う反面、どうしても佐竹君に対して揶揄うような態度を取っちゃうんだよね……。
「では、注文しましょう。……こういう場合はどうすればいいのでしょうか? ベル──は無いですね。手を叩く? ……何だか気恥ずかしいですね」
「あ? 普通でいいんじゃね? さーせーん! 注文いっすかー!」
だから、ここはラーメン屋じゃないんだって。一緒にいるのが恥ずかしくなるから、そういうノリは他所でお願いしたい。楓ちゃんも私と同じような事を思ったらしく、両手で顔を覆ってしまった。
佐竹君の大きい声を訊いて、店の奥から飛び出してきたのはリトルルーキーであるエリスたん。……何となく〈たん〉を付けてみたい気分だった。
「ご主人様はバカなのか? それとも死ぬのか?」
「なんか訊いたことある台詞だな……ま、いいか。アマっち、……じゃなくて、エリス。注文いいか?」
「さっさとすれば? てか、早くして。忙しいんだから」
これは、ツンデレの〈ツン〉の部分だよね?
決して、私怨でツンツンしているわけじゃないよね?
「おう。ハンバーグプレートと、オムライスと、ナポリタンを頼む」
「ご主人様。お料理の名前はちゃんと言ってくれないと困るんだけど。はい、やり直し」
「マジか⁉︎ え、えっと……」
佐竹君は顔を真っ赤にしながら、注文する料理名を全てフルネームで言わされた。
「……まあまあね。次はちゃんと感情込めて読みなさいよ」
そういう割に、エリスは満足そうに微笑んでいるけれど、エリスも私と同じように、自分と〈もう一つの自分〉を分けて考えているのかもしれない。流星である時だって、ごく稀にあどけない笑顔を視せてくれた事はある。でも、エリスである時の笑顔は──
「なあ、この儀式って必要なのか?」
「いいえ? ご主人様を揶揄っただけ」
「お前なぁ……まあいいけどよ」
──本心から、楽しんで笑っているように私の眼には映った。
* * *
メイド喫茶という施設は〈喫茶〉という名が付くものの、私達が知り得ている〈喫茶店〉とは異なる、全く別の〈飲食店〉だと私は再確認した。
「すげぇガチだな」
メイドさんとじゃんけん勝負をする中年男性は、まるで世界が終わったかのように敗北を悔しがり、違う男性客はワニの歯を一本ずつ押し込むオモチャのゲームでワニに噛まれ、尋常ではないほどに痛がっている。大丈夫、傷は浅い。何なら本物のワニは噛んでから捻じるまでする。それ故にワニは怖いのだ。ワニ皮も怖いよね。あーあ、ワニ皮って本当に怖いなー。『まんじゅう怖い』の古典ネタを頭の中で繰り広げてしまった。
「皆さん必死なんですね……」
「勝てば豪華景品らしいぞ、そりゃ必死にもなるわな」
豪華景品と言っても、メイドさんのプロマイド写真が貰えたりするだけなんだけど……推しメイドの生写真が手に入るチャンスだとすればわからなくもない、かな? でも、一ゲーム五〇〇円というのはどうなんだろう。負けたらその五〇〇円も水の泡と消えるのだから、よくよく阿漕な商売だ。
ゲームによって景品も異なるらしく、じゃんけんで勝てば来店スタンプ二倍、ワニワニパニックで勝てばプロマイド写真、他にもステッカー、缶バッジ……まるでアイドルCDの特典みたいだね。
らぶらどぉるで働いているメイドさんは、あらゆるジャンルに精通していて、どの人も綺麗だったり可愛いかったり、それはそれはアイドル視する理由も頷ける。
これだけ厳選に厳選を重ねれば、『なかなか条件に見合う人もいない』よね。
面接はローレンスさんがしてるんだろうか? カトリーヌさんだって目が肥えていそうだし、らぶらどぉるの面接はかなりの難関だと思う。
そんな店で私が働く? ──場違いもいい所だ。
彼女達はプライドを持って、この仕事に取り組んでいるようにも視える。『心構えが足りなかった』とローレンスさんは話していたけど、むしろプロ意識高めだ。あのエリスだって、私達以外を接客している時はメイドらしい振る舞いをしている。流星である時も気配りのできる男の子だったけど、エリスに代わって、その真価を発揮したと言えば、彼女がスターダムにのし上がったのは当然の結果かも知れない。ツンツンしてても細かい所に眼が行き届いていたら、お客さんはそのギャップにくらっと来る。どの世界においても、ギャップ萌えはジャスティス。
時刻はもうてっぺんを指していた。
お客さんがこの店に吸い込まれるように入ってくるけれど、……どうして? 飲食店ではあるけれど、ここはあくまでも〈メイド喫茶〉であり、ラーメン屋でもなければ定食屋でもなく、ファミレスでもないのだから、この繁盛具合は異常だ。
ローレンスさんはどんな手品を使ったのか──もし時間があったら訊いてみたいけれど、この格好で会いたくはないなぁ。絶対に勧誘されるだろうし……
「大変お待たせ致しました」
ぴかぴかの配膳台を引いてきたのは、今、丁度『会いたくない』と思っていたローレンスさん、その人だった。
ローレンスさんは、私達を一度じっくりと見つめる。そして、誰が何を頼んだとも伝えていないはずなのに全問正解。私の前にオムライスとアールグレイ、佐竹君の前にナポリタンとコーラ──正確には『ナポリたん』と書いてあった──楓ちゃんの前には、閃光を撒き散らしている花火が突き刺してあるハンバーグのプレートと、烏龍茶が置かれる。
「食後に〝ハッピーメロンクリームソーダ〟をお持ち致しますが、遅い場合はどうぞお申しつけ下さいませ──お嬢様」
これには驚きを禁じ得なかった。私達は眼を丸くして、静かな表情を浮かべるローレンスさんを見つめることしかできずにいると、
「そんなに注目されると恥ずかしいですよ」
言葉では謙遜しているけれど、どこか自慢げにも視える。
「あ、あの。どうして私達の注文がわかったのでしょうか? お訊かせ願えますか?」
楓ちゃんが訊ねる。
「畏まりました」
それでは、お食事をしながらでも──と、火が消えた花火を抜き取ってから会釈をして、探偵が推理ショーをするかのように開口する。
「先ず〝ナポリたん〟ですが、これはケチャップを多用するお料理です。お嬢様方は白いお召し物を着ていらっしゃいますので、これはご主人様の注文だと推測しました」
楓ちゃんと眼が合う──そう、私も楓ちゃんも白を基調にした洋服を着ていた。ナポリタンはスパゲティ。スパゲティはソースが飛び跳ね易いので、そこから私と楓ちゃんの洋服を視て、佐竹君が注文したと考えたんだろう。
「なるほど……ですが、ハンバーグも脂が飛び跳ねます」
「そうですね。熱した鉄板にご注意下さい──では、続きまして〝メイドの土産! 爆弾☆ハンバーグプレート〟ですが……お嬢様はこういったお店の経験は無いとお見受けしまして、そうであるなら、メイド喫茶を堪能してみよう──そうお考えになりませんでしたか?」
「はい。せっかくなら、と……それだけの理由で?」
「実はこのお料理は、初見さんがご注文下さる確率が高いのです。見た眼が派手ですからね。記念に、ということでしょう。最後の〝愛情たっぷり! メイド特製オムライス〟ですが──これこそ実物を視ればおわかりになるかと」
そう、ですね……。
オムライスの表面にはケチャップで、『ゆうしへ♡』と書かれていた。
「まさかお嬢様になってお帰りになるとは思いませんでしたが、このテーブルには、私の知る〝ゆうし様〟はいらっしゃらない。当然、お嬢様とご主人様も違う。とどのつまり、消去法で御座います──ご満足して頂けましたでしょうか、お嬢様」
「はい。とても素晴らしい推理でした」
「やっべぇな、この人……ただの執事じゃないっすよね?」
ええ、と頷いてから、ローレンスさんは襟を正す。
「申し遅れました。私はこの店の総支配人を務めさせて頂いております。名を、ローレンスと申します。以後、お見知り置きを」
演技臭く一礼をしてから、キザっぽく微笑んだ。
「ろうれんす……あ、芸名っすか!」
「それを言うなら〝源氏名〟ですよ、佐竹さん……」
「いえいえ、本名ですよ」
やはりローレンスさんは、あくまでもその名前で押し通すらしい。
「それでは、ごゆっくりお食事をご堪能下さい──それと〝ゆうり様〟、後ほどお話がございますので、少々お時間をよろしいでしょうか?」
「ですよね……、わかりました」
二人は『何の話?』とばかりに首を傾げているけれど、さすがにこの案件だけは二人に知られるわけにはいかない。……はあ、やっぱりこうなるんだなぁ。多分、エリスがバラす前に、私の存在に気がついて、いつかは話かけられると思っていた。それが早まっただけの話だから、観念の臍を固めるしかない。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか? 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・現在報告無し