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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十二章 Wonder for get,
323/677

二〇〇時限目 鶴賀優志は余計な事を口走る


 またしてもこの店に来る事になろうとは、人生というのは何が起きるのかわからないものだ。


 陰気臭いホテル街の一角に位置するメイド喫茶〈らぶらどぉる〉は、ひっそりと営むダンデライオンと違い自己主張が激しい。店構えからして『メイド喫茶です!』としているのだが、仮にもここは〈喫茶店〉という分類、なんだよね? 可愛いメイドさんと、凛々しいイケメンの執事さんが接客をしているだけで、喫茶店である事に変わりはないはずだ──と、そう強く思わなければ入店を遠慮してしまうくらい、僕には馴染みの無い施設ではあるが、客としてこの店に来たわけじゃない。


 仮に、まあ、万が一にもそんな日は来ないと思うけれど、客として来たのならば眼前にある自動ドアから堂々と入店して、頭の中でクラシックの有名な曲〈威風堂々〉を流しながら、偶に流星を揶揄いつつメロンソーダを飲み、オムライス食べながら萌え萌えなメイドさん達を眺めていればいいのだが、……いや、さすがにそれは行儀悪いか。


 今日は『ローレンスさんが僕に用事がある』という話なので、こういう場合、スニーキングしながら店の裏手に回り込み、日曜日に放送している海の幸の名前が付けられた国民的アニメに登場する『三河屋のさぶろう』の如く、『鶴賀優志でーす』と入店するべきなのか──なんて頭を抱えていると、この前と同様に、店の奥からツンツンメイドのエリスちゃんが登場。


「お前は店の入口で立ち止まるのが趣味なのか」


「いやいやエリスちゃん。そこは〝お帰りなさいませ、ご主人様〟じゃないの?」


 挨拶代わりに皮肉を吐いてみたけれど──


「そうしてやりたいのは山々だけどな」


 案外、ちゃんとメイドを演じているようで少し安心。 


「今日、お前は()()()()だ」


「はい?」


 唐突に『こっち側』と申されても何のことだがさっぱりわからずなのですがねぇ、と訝しむような視線を送る。


「とりあえず入れ、話はそれからでいいだろ」


 立ち話も難だろう、という事らしい。


 傍から視れば、メイド喫茶の前でメイドさんの口論しているようにも視えなくはないか……それは結構恥ずかしい。


 メイド喫茶は世間に周知されたお店ではあるけれど、「これからメイド喫茶行ってくるぜ!」と公言できない場所でもあるので、早く店に入りたい。いや、決してメイドさんが視たわけじゃなくて、その、えっと……誰に言い訳してるんだ?


 エリスの案内の元、メイド喫茶〈らぶらどぉる〉へと足を踏み入れた。


 一般的なメイド喫茶を僕は知らないけれど、この店の内装は、メイド喫茶の何たるかを熟知していない僕でも風変わりだと感じる。


 月ノ宮邸を引き合いに出すならば、月ノ宮邸は大正浪漫溢れるお屋敷だ。一方、この店は『男爵が住む洋館』のそれに近い。


 店の奥から『いやはや、本日はよくぞ参られた!』と、豪快に(こう)(しょう)しながら、髭を生やした大柄の男が登場しても何ら不思議ではないだろう。


 極一般的に異世界系のラノベというと、舞台は中世ヨーロッパに似た街並みが舞台背景にあるけれど、この店を『古典的』と表現していいものだろうか──そういう雰囲気のある店であればドレスコードもありそうなものだが、店内にいる客は私服の男性が大半を占めていて、スーツ姿の客もいるにはいるが、あれは仕事終わりのサラリーマンか、仕事サボりのサラリーマンか、それともサラリーマン風のサラリーマンなのか……、どれでもいいけど、『サラリーマン風のサラリーマン』は、正真正銘のサラリーマンではないか? 何なら部長まである。


 店内中央にある大きな蓄音機の横を通り過ぎて、奥にあるバーカウンターのようなテーブル席の隣、メイドさん達が待機している場所のすぐ側に『関係者以外立入禁止』のプレートが貼られたドアがあり、エリスはそのドアを何ら躊躇いも無く開けた。奥は薄暗い廊下があり、突き当たりにあるドアの先が目的地であるスタッフルームらしい。


 スタッフルームはシックな店内とは裏腹に、かなり白いタイルが張られた部屋で、事務的な作りとなっている。


 中央に六人が休憩できる程度の長テーブルが少し距離を置いて二つ。そのテーブルの適当な椅子に腰をかけて、中の様子を少しばかり探ってみた。


 一番眼を引いたのは僕の後方にある、六人が一斉に身嗜みを整えられるドレッサー。『ここはまるでキャバクラのスタッフルームか、ファッションショーの控え室か?』と錯覚してしまうくらいには圧巻だ。左に首を回すと裏口のドアがあり、その壁伝いに冷蔵庫、電子レンジ、流し台、三口のコンロがある。


 エリスは冷蔵庫の扉を開けて、「何を飲む」と訊ねてきた。


 ──ならば、ここは喫茶店の代名詞である飲み物を貰おうかな。 


「メロンクリームソーダを」


 ほらよっと、エリスは僕に投げて寄越した。


 ……あるのかよ、缶のメロンクリームソーダ。


 冗談で言ったつもりだったんだけどなぁ、まさか本当にあるとは。


()()()()()()を呼んでくるから待ってろ。一人で大丈夫だよな」


 見知らぬ場所に一人というのは心許無いけど、エリスは仕事があるのだから仕方が無い。僕は首肯で返事を済ませて、適当な椅子に腰をかけた。


 この部屋にあるドアは三つ、僕を中心にして北側にあるドアは裏口、兼、非常口。


 南側にあるドアは二つで、さっき通ってきたドアその内の一つはホールへ続く廊下に出る。


 もう一つのドアの奥は倉庫かな? 何かを引き摺った痕跡がタイルに刻まれて、黒く変色している。重い物を出し入れしたと予想を立てれば、壁を挟んだ向こう側には、予備の椅子やら何やらが収納されている事に間違いないだろう。


 おお、なんだか探偵っぽいぞ、僕。


 ……その感想が、既に探偵ではない事の証明になってしまっているけどね。


 そのドアより更に右奥には、二階へと通じる階段があり、この階段を上ると更衣室があるんだろう。『タイムカード打刻は着替えてから、退社時は打刻してから着替える事』と張り紙がしてある。


 最後の一つは事務所へ通じるドアで、エリスが向かったのはそこだ。


 今更だけど、店の中では『ローレンス様』って呼んでるんだな。まあ、初めてこの店に来た時もそう呼んでたので、呼び捨てにするのは完全にプライベート時だけらしい。


 それは学校でも似たようなもので、教師がいない時は呼び捨てにしたり、あだ名で呼んでいたりするのと同じ原理だろう。


 その大半は悪口なんだけどね。


 特に小耳に挟むのが『あのハゲー!』とかだけど、陰口のレベルが国会の野次と差ほど変わりないのは気の所為かな? 


 そんな事を考えていると、事務所に通じるドアがゆっくりと開いた。


 出てきたのはエリスと、この店の店長であり、総支配人であるローレンスさん。


 ローレンスさんは燕尾服ではなく、白い長袖のワイシャツに黒のスラッグス、髪はオールバックで纏めている。


 ネクタイも外しているから、今の今まで事務所で事務やら何やらをしていたのだろう。


 エリスは僕に『じゃ、また後でな』と告げるて、足早にホールへと向かってしまった。


 忙しいんだろうな、人気者は大変だ。


「無理を言ってご足労して頂いたのに、お待たせしてしまいまして申し訳御座いません」


「い、いえ……」


 この前会った時と、雰囲気が全然違う件について。


 もっと砕けた感じの人だった気がするんだけどなぁ……これも『大人の常識』なのだろうか?


 常識、か──。


 こういう場合は一度席を立ち、改まって挨拶をするのが大人のマナーだったよね? と、知り得る限りのビジネスマナーを引っ張り出す。


 ええっと他には……、ああそうだ!


 徳利(とっくり)でお酒をお猪口(ちょこ)に注ぐ時は、注ぎ口を上にして『雫型』にして注いだり、判子を押す時は左に少し傾けてお辞儀しているように押す──このビジネスマナー、今は全く必要無いけどね!


「あ、ジュース頂いてます」


「どうぞどうぞ。……何でしたらもう一本どうですか?」


 さすがにメロンクリームソーダを二杯飲もうとは思わないのでお断りを入れると、「冗談ですよ」と笑いながら、僕の前に腰を下ろした。


「どうぞ掛けて下さい。くつろげ──というのは無理な話でしょうけど、あまり緊張なさらず」


 リラックスなんて無理だ。


 無理寄りの無理。


 これから面接でも開始するかのような緊張感が部屋を包んでいるせいか、若干パニック状態に陥り、女子高生みたいな言い回しが頭の中でヤバみが深い。え、待って? ホントに無理。しんどい──この語彙力である。


 部屋の中は無音ではあるけれど、冷蔵庫の氷を製造する音や、ホールから漏れる音楽が薄らと訊こえていた。


 僕の正面の壁にある壁掛け時計は秒針が滑らかに動くタイプなので、針が動く音は出ない。


 室内の温度は適温を保っているけれど、額からはべとつくような汗が垂れて、首元がどうにも気持ち悪い。


 人心地なんて皆無の空間に僕とローレンスさん二人きり。それで『緊張するな』は酷な話だよ、本当に。割とガチで。佐竹った。


 ふぅ──と、息を整えてから、両腿に置いた手をぐっと握り、臍を固めて本題に入った。


「──どうして僕を呼んだんですか?」


「ええ、実はですね。鶴賀様に一目惚れしまして」


「……帰っていいですか?」


 いやいや、真面目な話です──と、ローレンスさんは僕が立ち上がろうとするのを阻んだ。


「中性的な容姿、そして声。何より男性らしからぬ細いライン。これ程の逸材はなかなかに無い」


 なるほど、つまり変態か。変態でなければ変人だ。どうして僕の近くにいる大人は、こうも変人、変態が多いのだろうか? だが、ローレンスさんの眼は冗談を言っているように思えない程に真剣だ。


 さっきは場を和ませようとして『一目惚れ』という言葉を選んだのは僕にもわかるが、今はその冗談の気配すらない。


 喩えるならば経営者の眼──。


 これまでどれ程の修羅場を掻い潜ってきたのか僕にはわからないけれど、〈本気〉というのは肌で感じ取った。


 空気がぴりぴりと肌を刺し、息苦しさすらも感じる。


 ローレンスさんは数分間を開けてから、


「──うちの店で、()()()として働く気はありませんか」


 まあ、そうだよね……。


 ローレンスさんが僕を呼ぶ理由なんて、それくらいしか見当がつかない。


 もし仮に、客として招きたかったのであれば、流星もあんなに思い悩むような姿を視せないだろう。『ローレンスがお前によろしくと言っていた』……とだけ伝えばいいだけだ。


 ここに来るまでの道のりで、『もしかするとそう言われるのでは?』と予測は立てていただけに、そこまで驚きはしなかったけど、「どうして()()()なんですか?」と訊ねずにはいられなかった。


「執事役ならまだしも、僕は()ですよ?」


 ローレンスさんが僕の事情に精通しているとは思えない。そうであるから僕に『中性的な容姿』云々と言っていたんだろう。


 流星が僕の事を他人に言い触らすとも思えないし、これはやはり『メイド喫茶の総支配人』という肩書きを背負うローレンスさんが、僕の内側にあるものを見抜いた、ということに違いない。


 けれど、そう易々と口車に乗るような僕じゃないし、そもそも僕がこの店で働く理由も無い。


 お金に困っているのなら話は別だけど、僕の家は裕福とは言えないが、社畜である両親が(あく)(せく)と仕事に励んでいるので、僕がお金に心配する事も今はまだ無いのだ。


 これから先、いつかバイトする事になったとしても、さすがにメイド喫茶は遠慮したいなぁ。


 この店は素敵な職場ではありそうだけどね?


 流星がメイドに転向してまでこの店で働く事を選んだ職場だから不満こそ無いが、こうまでして僕を勧誘するのには理由があるばすだ。


 思い当たる節はあるけれど、それはこの前解決したはず。他に、何かのっぴきならない理由でもあるのだろうか?


 そこを訊かなければ話が視えてこないので、


「人員不足はエリスを補充して解決したのではなかったんですか?」


 前回の件を踏まえて質問をしてみる。


「──そう。そこが問題なんです」



 この時僕は、『余計な事を口走ってしまった』と激しく後悔した。



 

【備考】


 この度は『女性男子のインビジブルな恋愛事情。』を読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし、当作品を読んで、「続きを読んでみたい」「面白かった」と思って頂けましたら、〈ブックマーク〉をよろしくお願いします。また、〈感想〉はお気軽にご記入下さい。


 もし〈誤字など〉を見つけて頂いら、大変恐縮ではございますが、〈誤字報告〉にてご報告頂けると幸いです。少し特殊な漢字を使用しているので、それらに関しての変更はできませんが(見→視など)、その他、〈脱字〉なども御座いましたらお知らせ下さると有り難い限りです。(変更した場合は下記に〝修正報告〟として記入致します)


 そして、ここからは私のお願いです。


 当作品を応援して下さるのであれば、〈評価〉をして頂けるとモチベーションの向上に繋がりますので、差し出がましいようですが、こちらも合わせてよろしくお願いします。


 これからも『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をよろしくお願いします。


 by 瀬野 或


〔修正報告〕

・現在無し

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