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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十二章 Wonder for get,
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一百九十八時限目 鶴賀優志は寄り道がしたい


 バレンタイン騒動は、宇治原君の〈ケジメ〉により終止符が打たれた。


 彼の所業は、『自意識過剰な利己主義の暴走だった』、と言わざる得ない。


 革命を掲げた彼は、英雄と謳われたナポレオンにはなれず、振り翳した刃も粗末な物であり、自体の収拾を図るのであれば、もっと効率よく早急に終わらせられたかもしれない。


 そう、今になって思う。


 それができなかったのは僕の至らなさゆえ──だとするならばそれも否めないが、巻き込まれただけの僕が自体の収拾に『これいっかなどうしたものか』と思案に暮れるのもおかしな話だ。だから僕は悪くない。全面的に悪いのは宇治原君であり、こうして事件を振り返ると呑み下した溜飲も上がってきて、吐き気を催すくらい苛々してくるのだが、誠意(ケジメ)を持って潔しとした彼も、彼と共に革命に参加した彼らも、今ではいつも通り、佐竹と肩を並べて雑談に興じている。


 これ以上終わった事を蒸し返すつもりはないし、一番の被害者である佐竹があの調子だからなぁ……。


 然りとて、爪痕は残った──。


 あの日を境に、月ノ宮さんとは碌に話をしていない。


 一時はそういう場を設けようともしたけれど、顧みて他を言うかのように、言葉巧みに躱されてしまった。


 三組全体を視れば友情が深まり、より強固な絆で結ばれたようだ──昨日の敵は今日の友、なんて釈然としないが──けれど、僕らの状況は芳しくない。


 佐竹は事態の収拾に当たり、学校に来て直ぐに彼らの元へ向かう。なので、教室で顔を合わせても簡単な挨拶しか交わさずなのだが、宇治原君の事を思えば納得もできる。


 そして宇治原君本人は? と言うと、あの日から僕を積極的に避けるようになった。


 僕としては別に普段と何も変わらないのだけれど、必要以上に僕の机に近づこうとしない。


 以前なら佐竹に用事がある際、佐竹の机までやって来たけれど、今は遠くから佐竹を呼んで、佐竹が来るのを待つスタンスに変わった。


 その変化を佐竹自身を理解しているようで、もう少し、熱が冷めるまでは僕と距離を置く事にしたらしい。概ね正しい判断だろう、変に彼を刺激すれば何をするかわからない。


 問題は別にある──。


 月ノ宮さんと天野さんの関係性が微妙になり、互いにぎこちなさが目立つようになった。


 教室で挨拶は交わすけれど、それ以上踏み込むような事はせず、自分達の輪の中へ隠れるような日々が続いている。仲のいい者同士で集まるのは当然であり、それは三組だけの話ではない。一つのクラスに四つ、五つグループが形成されるのは必然で、何もおかしい事は無いのだが。とどのつまり、僕らの関係性は〈普通〉に回帰したのだろう。


 『今までが特殊だった』──ただそれだけで、これこそが本来あるべき姿なのだ。


「めでたしめでたし……っと」 


 それにしても、今回のハロルド・アンダーソンの作品は酷かった。


 自己犠牲で救った世界のその後があまりにも無秩序で、彼が救った世界は、本当に救うに値する世界だったんだろうかと、なかなかに後味が悪い……いやはや本当に、どっかの誰かさんと重なって嫌になるよ──そんな感想を抱きながら本を閉じて鞄の中にしまう。相変わらずぐちゃぐちゃに絡まったイヤホンのコードにうんざりしたが、直すのは後回し。そろそろ、昼休みの終わりを告げる予鈴が校内に響くだろう。


 ──世界は変わった。


 何事も無かったかのように。




 





「じゃ、またな」


 佐竹は軽く手を振り、宇治原君達のいる『ウェーイ勢』と合流した。


 これから彼らはカラオケにでも行くのだろう。両手にマラカスを持ち、どんちゃん騒ぎするのも立派な高校生の在り方だ、と言えばそうなのだろうけれど、僕にはその重要性が理解できない。


 流行りの曲、人気の曲、歌いたくない曲を選んで歌うカラオケなんて楽しいか? 誰に忖度してるんだろうと悲しくなってくるだけではないか。何ならヒトカラの方が盛り上がれるまであるぞ。飲み物を運んで来た店員と眼が合った時の気まずさといったら、その場で自害したくなるくらいではあるが、それでも、同年代の気心知れた仲間に忖度するよりマシだと言える。


 それに、だ。


 簡単な挨拶しか交わさない関係に何の意味がある? おはようからおやすみまで夢をひろげる、ライオンの提供でお送りしているのかな? がおっ! ──これは佐藤無線。現在は幕を下ろしたCMだが、動画サイトを漁ってると〈懐かしいCM集〉で必ずヒットする『三時のおやつは文明堂♪』と、肩を並べるくらい有名なCMだが……『素敵なサムシング』ってよくよく考えると意味がわからないな。


 埼玉のローカルCMには「うまい! うますぎる!」と風が語りかけてくる、〈十万石まんじゅう〉のCMがあるけど、こういう個性豊かなCMは結構好きだったりする。逆に、最近流行りの俳優、女優を使えば人気が出るんじゃないか? としている企業のCMには好感を持てない──遠回しに月ノ宮製薬のCMをディスっているわけではありませんよ。


 帰宅する前にどこかに寄って行きたい気分ではあるが、あの一件以来、ダンデライオンに行くのを躊躇っている自分がいる。その理由は、もし月ノ宮さんに会ったらどんな顔をすればいいのかわからないからだ。


 仕方が無い、今日も直帰かな──とは思うものの、物足りなさを感じてしまうのはどうしてだろうか。


 僕はいつでも一人だったし、それが当たり前の生活を送っていた。その生活に戻っただけなのに、心にぽっかりと開いた穴は、「空腹だ」と言わんばかりに〈何か〉を要求してくる。その〈何か〉はもう無いのだから、有り合わせの物を詰め込むしかない。例えば──


「うどんでも食いに行かないか」


 そう、うどんとか。


「──うどん?」


 あまりにタイミングよく、僕の思考に割って入ってきたものだから、脳内で〈うどんを啜る虚無の穴さん〉を、ゆるキャラ風に想像してしまったじゃないか。


 アニメーションにしたらSNSでバズりそうだが、僕の知り合いに都合よくCGデザイナーはいない。いるとすればエロ漫画先生だが、知り合いのエロ漫画先生とは極力関わりたくないなぁ……うん、諦めよう。


 流星は肩に鞄を引っ下げて、所在無さげに立っていた。不貞腐れ顔は相変わらずだが、いつも何に対して不満があるのだろう。


「じろじろ視るな。それともオレの色香に惑わされたか」


  ──そう、不敵に笑う。


 流星がこんな自虐ネタを言うとはちょっと意外で……でも、笑ってあげられるような心境ではなかった。


「心にも無い事を言わない方がいいよ、流星」


 その代わりに、忠告のようなツッコミを入れてみる。


「それもそうだな」


 相変わらず抑揚の無い喋り方だ。せめてクエッションマークくらいわかるように発音して欲しいものだが、きっと『退屈そんな不良のイメージ』を再現しているんだろう。でも、間食に選んだのが〈うどん〉というのは、不良が食べるには似つかわしくないメニューでは? 〈うどんを食べる男〉が硬派な不良のイメージだとするなら、流星の鞄の中には〈折り畳み式の櫛(ジャックナイフコーム)〉まで入ってそうだな……何年前の不良だよ、お前どこ中だよ。


 (あま)()(りゅう)(せい)は〈女性〉である事を拒絶して、〈男性〉として生きる事を選んだのだが、バイト先であるメイド喫茶でちょっとしたトラブルが発生した際に、ひょんな事から自分の性別がバレて、現在はバイトの時に限り、自分の本当の名前〈流星(えりす)〉から取って、ツンツンメイドの〈エリス〉という源氏名で働いている。


 以前は〈女性〉である事に対して過剰な反応を示していたが、あの件以来、心境の変化があったのかもしれない。全てを受け入れたわけじゃないにしろ、こうしてネタにできるくらいには、自分の中にあるもう一つの性別を受け入れられるようになったんだろう。


 それは流星にとって不本意な結果なのかもしれないけど、この問題はこれから先も続くのだから、どこかで割り切る他に無い。


 それにしても──


「どうしてうどん?」


 東梅ノ原駅、新・梅ノ原駅付近には、ファーストフード店もあるし、ファミレスだってある。数ある飲食店の中からうどんを選んだ理由は流星の趣味か?


「バイト前に腹に何か入れておこうと思ったんだ。お前もうどん好きだろ」


「いや、僕は蕎麦派なんだけど」


 然し流星は聞く耳を持たず、「いいから行くぞ」と強引に話を終わらせると、僕の手を取り力いっぱい引っ張った。


 流星は小柄であり体の線も細い。でも、自宅で鍛えているらしいから見た目で判断する事なかれ、自分よりも大きな男を投げ飛ばす技術も持っているから、案外武道派なのだ。


 そんなヤツが力いっぱいに引き寄せたらどうなるか……僕は遠心力そのままに引っ張られて立ち上がる。けれど、勢いよく流星の体に体当たり──。


「悪い。力を入れ過ぎた」


「う、うん。大丈夫……」


 なんだこれ、まるで少女漫画のようなシチュエーションじゃないか。


 僕が転ばないようにぐっと空いた片手で抱き締める流星。顔は目と鼻の先、心臓の鼓動が訊こえてしまうような距離──。


 僕は、流星が何を考えているのかわからない事が多々ある。


 流星は僕を『面白いヤツだ』と評価していたが、それは『友人として』だ。依然としてポーカーフェイスな流星の表情からは、どんな感情も見て取れない。喜怒哀楽を表現するのが苦手なのは知っているけど……いや、〈怒〉に関しては顔に出すので明白だが、他の三つの感情は細心の注意をしなければ読み取る事ができない。だから、『彼の本心はどこにあるのか?』と勘ぐってしまう。


「おい。そろそろ離れろ気色悪い」


「あ、ごめん」


 もぞもぞっと体を揺すり、流星から距離を取る。


 ──やはり流星は男なんだな。


 だから恋愛対象も女性であり、僕は単なる友達。


 その関係性だからこそ気楽で、居心地がいい。


 ──だけれど、それは甘えなのかもしれない。


 歯に(きぬ)着せずものを言える関係というのは佐竹にも言える事だけど、佐竹との関係性はもっと複雑だ。


 だから気楽でいられる流星といるのは居心地がいいと言えるけど、これは『依存』と呼べなくもない──そんな関係は嫌だ。


 僕は流星と〈そういう関係〉を望まない。


 考え方は違えど、境遇はどことなく似ている流星とは余計な感情を抱かずに、フラットな関係を続けていたい。親友にはならず、心の友でもなく、皮肉を言い合えるような仲でいたい。


 ……こんな考え、今までになかったな。


 僕も少しは成長したのか、或いは退化したのか。それとも上手くいかない日々に自暴自棄になったのか。


「行くのか、行かないのか、どっちだ」


「ああ、えっと……」


 ここで断ったらどんな反応をするんだろうか? ちょっと気になったけど寄り道したかったのも確かだ。


「わかった、行くよ。流星の奢りなら」


「現金なヤツだ。まあいい、スタンプも貯まったしな」


 そう言って胸元のポケットからスタンプカードを取り出して、自慢するかのようにひらひらと見せびらかす。


「どうだ凄いだろ」


「さすがはバイトしてるだけあってリッチだね」


 スタンプを三〇個集めたら『釜揚げうどん一杯サービス』らしい──つまり、流星はあの店に三〇回以上も通っているのか。


 いやまあ、美味しいけどさ? あの店のうどん。


「それと、だな」


「うん?」


 流星は何か言い淀むかのように、僕から視線を外す。


「え、なに……?」


 何だか嫌な予感がしてならない。


 また何か問題でも発生したのだろうか?


 もう当分は面倒事に巻き込まないで欲しいのだけど……毎回胃を痛めていたらそろそろ胃に穴が開きそうだ。そして胃酸がどばーって流れて──。


 うえぇ、考えただけで気持ち悪くなってきた……これから食べに行く物が胃に優しくよかった。


「まあ、この話は後だ。店に行ってうどんを食いながらにでも話す」


「うどんに対しての執着力が凄いよ……」


 〈うどん〉とかけまして、〈気になる話〉と解く。


 その心は──どちらも()()()とうんざりします。


 ……お後は怖いようで。


 

 

【備考】


 この度は『女性男子のインビジブルな恋愛事情。』を読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし、当作品を読んで、「続きを読んでみたい」「面白かった」と思って頂けましたら、〈ブックマーク〉をよろしくお願いします。また、〈感想〉はお気軽にご記入下さい。


 もし〈誤字など〉を見つけて頂いら、大変恐縮ではございますが、〈誤字報告〉にてご報告頂けると幸いです。少し特殊な漢字を使用しているので、それらに関しての変更はできませんが(見→視など)、その他、〈脱字〉なども御座いましたらお知らせ下さると有り難い限りです。(変更した場合は下記に〝修正報告〟として記入致します)


 そして、ここからは私のお願いです。


 当作品を応援して下さるのであれば、〈評価〉をして頂けるとモチベーションの向上に繋がりますので、差し出がましいようですが、こちらも合わせてよろしくお願いします。


 これからも『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をよろしくお願いします。


 by 瀬野 或


〔修正報告〕

・2020年3月14日……誤字報告により誤字修正。

 報告ありがとうございます!

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