一百七十八時限目 僕らのバレンは最高にタインっている ③
僕らはグラウンドの隅にあるベンチへと移動した。ここは僕が昼食にする時よく訪れる場所。久しぶりに座るベンチは冬の風に晒されて冷たい。ひんやりとした肌触りがお尻に伝わり全身へ。やっぱり冬場は座布団を持ち歩くべきだろうか? 折り畳み式の座布団があったら流行りそうなものだが、そんな物を持ち歩く高校生は嫌だ。「ねえ、この座布団イケてない?」なんて質問に対して、「めっちゃナウいじゃん!」とか問答する女子高生なんて視たくないだろう。てか、めっちゃ昭和じゃん、女子高生。
ベンチの中央に関根さん、右端に僕、左端に流星という並びで座った。
「な、なるほど。これが逆ハーレムというやつですか」
などとほざく関根さんに対して、冷ややかな眼を向ける流星。
「どちらかと言えばだんご三兄弟だな」
だからめっちゃ昭和じゃん、高校生。
そんな事を言われて不服に思う所か、満更でもないという顔をする関根さんは、「お団子かぁ」と物思いに耽けるように空を見上げた。
「やっぱりみたらし団子だよね!」
オーソドックスな味を選ぶならば、みたらしとあんことしょうゆは外せない。
「は? 団子と言えばごまだろ」
「アマっちって、なかなか渋いチョイスなのね……」
「そのあだ名で呼ぶな、……ツインテール引き抜くぞ」
──ふむ。
さすがの流星も女子に対して『殺すぞ』という決まり文句は言えないらしい……いや、確か天野さんには言っていたな。とどのつまり、流星の『殺すぞ』は、冗談の通じる相手にしか使わないということか。そんな物騒な冗談を、果たして冗談としていいのだろうか? 『死ね』が冗談としてまかり通る時代なので深く考える必要はないのだけれど……何だかもやもやする。
「だから、これは脱着不可能だって、……さっき試してたじゃん!?」
「今度は本気でいく」
「よ、よし。ここは冷静に話し合おうじゃないか……ね? ゆーくん」
関根さんは流星から拳一つ分程度隙間を開けて、僕の方へと身を寄せた。ねえ、これ以上押されると僕はもれなくベンチから落ちるよ? ──とは言えず、僕はギリギリの所で踏ん張りながら、「僕に振られてもなぁ」と苦笑い。
「救いは、無いのかい……?」
そう簡単に神は手を差し伸べはしない。天啓も無い。あるのは残酷な現実。『思うこと言わねば腹ふくる』ということわざがあるけれど、結局の所、言ったとしてもそれがどうこうなるようなものでもないのだ。嗚呼、無情。
「……ところで、さ」
関根さんは閑話休題、と話題を変える。
「二人はバレンタインデーはどうするの? 特にゆーくん」
「またその話か」
教室で何度も耳にした話題に、流星は眉間に皺を寄せた。
「でもでも!」
関根さんはがしっと僕の両肩を掴んで、
「バレンタインだよ!?」
ぐらんぐらんと両肩を揺すられて、僕の視界が揺らぐ。
「そういう関根さんはどうするのさ?」
「あ、うん……」
え、もしかして地雷を踏み抜いたか? と心配になるくらい、関根さんの表情に不吉な影が差す。
「本命は無しかな。義理チョコと友チョコと自分チョコと、あとは……うん、そんな感じ」
本命は無し──。
僕にはその言葉が、どうしてか重くのしかかった。その理由はわかっている。でも、だからと言って、どうしようにもどうもできない。このままでいいとは思わないけど、このままでいたいと考える僕もいる。それは誠意に対して不誠実で返す行為だ。そんなの、到底許されるべきではない。
「……えっと、ダイくんはどうするの?」
「ダイくん言うな。──そうだな、オレは貰う側だが、貰える物は貰う。お返しの期待はするな、だな。どうせお前ら女子は〝海老で鯛を釣ろう〟って魂胆だろ」
流星、それはバレンタインではなくてただの物々交換だ。
そういうのは歓楽街の『公然の秘密』として、然しながら『もしかしてもしかするかも?』という超低確率のガチャ要素なんだよ。つまりガチャは真理、はっきりわかんだね。それ故に、『ガチャは闇』なのだ。ちょっと何言ってるかわからない。
流星の場合、お店でバレンタインイベントを開催するから、そこで世の男子に夢を売りつけるんだろう。メイド喫茶〈らぶらどぉる〉の店長であるローレンスさんの手腕なら、おそらく大盛況を迎えるはずだ。
──ちょっとだけ、興味あるな。
けれど、あの日の帰りに「もう来るな。来たら殺す」と流星から脅されているので、僕があの店に行く時は、自分の人生にさよならをする時だろう……何だかそれも悪くない最期だと思わなくもなくなくなくない。メイドと冥土をかけたギャグを以前に胸の奥で密かに呟いたけれど、自分の死を〈made〉する、というのはまだ使ってなかったよね? あれ、心做しか気温が下がった?
「本命チョコは兎も角、ゆーくんは三つ、チョコ確定ですな!」
「三つ?」
「撫子ちゃんでしょ? ワトソン君でしょ? あと、私! ……義理だからね!?」
それは義理と言うよりも人情ではないか? 義理人情に厚いんだなぁ、さすがはホームズ。けど、原作のホームズって義理人情に厚い人物だったっけ? 下町のホームズなら話は別だけどさ。
「チョコを掻き集めるのなら、琴美からも貰えるんじゃないか」
「あの人から貰えるチョコって、代価が高そうだから遠慮しておくよ……」
「等価交換ですな!」
関根さんは両手を胸の前でぱしんと叩いた。
それは確か〈循環の輪〉だったっけ? ハガレンにそんなような事が書いてあった気がする。僕はハガレンも銀匙も好きだ。
「おい。そろそろバス停に向かうぞ」
流星は腕時計で時刻を確認すると、僕らにも視えるように腕を伸ばした。
「あと五分! 二人共、急ぐのだ! 座れなくなるぞ!」
今更急いでバス停に向かっても、既に行列が出来ていて、座る事はできなそうだ。
* * *
「冬のバスって苦手……、暖房が効き過ぎて気持ち悪くなるぅ」
関根さんはグロッキーになりながら、とぼとぼと僕らの後ろを着いてきた。
「なんで着いてくる。尾行のつもりか」
こんな堂々とした尾行があってたまるか。
「まあまあ、旅は道連れ世は情けというではないか……」
このことわざはいつぞや、佐竹が『世は情けねぇ』と間違えたやつだ。あの時は壮大なボケだと思ったけど、よくよく考えると、ある意味的を得た言葉だとも思う。佐竹はそんな事、一ミリも考えてはいないだろうけど、僕は考えている。世界平和とラブアンドピース。ノーウォマノークライ。イマジンホォーザピーポー。そろそろ僕も温かい布団にベッドインしたい。
頭の中で『れりびぃ……、れりびいぃ!』と歌っていると、目的地である喫茶店〈ダンデライオン〉が視えた。雑居ビルと雑居ビルのハサミ焼き! まる! ──今日も今日とて、ダンデライオンは肩身狭そうな佇まいをしている。
この店のマスターである照史さんは、月ノ宮さんの兄であり、月ノ宮家から勘当され、現在は『Not月ノ宮』状態。照史さんが月ノ宮家から出た理由は、自分の人生を好きに生きたいという理由らしいけど、そのせいで妹の月ノ宮さんに皺寄せが来ているが、自責の念を抱いている様子は無い。いつものんびり、マイペース。そして、偶に毒吐く。毒と言うよりも『諭す』に近いかも知れないが、含みを持たせる言い方を好んで使うので、照史さんの本心はどこにあるのか……、僕にはそれがわからない。
ダンデライオンの入り口のドアを開くと、子気味いいドアベルの音色が店内に鳴り響く。そして、鼻を擽る芳ばしい珈琲の香り。天井にあるスピーカーからは、耳心地いいピアノジャズが流れていた。
出迎えた古い振り子時計の横を通り抜けて店内をぐるりと視れば、お客さんはカウンターに三人、三つあるテーブル席の壁際にある『指定位置』に佐竹、月ノ宮さん、天野さんが座っていた。
「やあ、いらっしゃい」
水色のワイシャツに白のスウェット、黒いエプロンを前に掛けた照史さんは、僕達がカウンター左端にあるレジ前を通り抜けた所で声をかけてきた。
「眼鏡……、照史さんって視力悪いんですか?」
普段はかけていない黒縁のメガネに違和感を覚えて指摘した僕に対して、照史さんは苦笑いを浮かべながら、
「普段はコンタクトなんだけど、……今日は気分転換さ」
気分転換する程、この店の経営状態は悪いのか。
実はもう閉店寸前だったりしないだろうか? そうなると困るな、落ち着いて珈琲を飲みながら読書に耽ける場所が無くなってしまう。
「そんな心配しなくても、この店は潰れないよ」
どうやら表情に出ていたようで、照史さんに見透かされてしまった。
「え、あ、……すみません」
「気にしなくていいよ。……三人共、珈琲でいいかな?」
僕らは同時に頷いて、佐竹達が待っている指定席へと進んだ。
【備考】
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これからも『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をよろしくお願いします。
by 瀬野 或
〔修正報告〕
・現在無し