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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十一章 Idiotic manner,
299/677

一百七十六時限目 僕らのバレンは最高にタインっている


 高さや角度が変わるだけで、視える風景は変化する。


 ──それは風景に限った事ではない。


 入学当初から地味に変化を遂げているものの、さほど変わらないように思えるクラス連中だって、時が過ぎれば変化が起きるものだ。


 何も知らなかったあの頃とは違い、現在は誰がどういう性格で、どういう思考の持ち主なのかある程度理解をしている。


 彼ら彼女らは、自分に有意義だと思う相手を選びぬいた。


 その結果、大きく分けて五つだったグループも、今では小規模な『同好会程度』のグループ含め七つか八つくらい出来上がっていた。当然、佐竹義信率いるウェーイ軍団もその影響を受けており、佐竹に金魚のフンが如くくっついていた宇治原君も、今では別のグループを作って和気藹々と談笑していた。


 ここまでグループが形成されるとなると、佐竹もこれまで通りクラスをまとめる、とはならなそうだ。そう僕は肌で感じていた。


 どこか互いに牽制しているような微妙な距離感。


 まるで不可侵条約でも結んでいるかのような、ATフィールド全開な壁が展開されているようにも思えてならない。


 こんな状況の時、僕は笑えばいいんだろうか? でもここで笑ったら、佐竹を嘲笑しているようできまりが悪い。


 いつまでも『爽やか三組』ではいられない。


 佐竹だって、そんな事は百も承知なはずだ。


 そもそも学校というのは勉強をする場所であって、友達とドラマやゲームの話に花を咲かせたり、恋愛に現を抜かすような場所ではない。


 だから僕の言っている事は概ね正しい。


 何なら、この場にいる誰よりも健全だと自負している。


 ……おおっぴらに出来ない事情はあるけど。


 人間、生きていれば秘密の一つや二つ、一〇や二〇はあるはずなんだ。


 ──無い? いや、あるでしょ? あるよね?


 このクラスがこんな状態になってしまった理由は、佐竹が機能しなくったわけではない。


 これまで培ってきた佐竹への信頼、通称『佐竹システム』は健在であり、表向きは彼を中心にクラスは動いている。


 ではなぜこうなってしまったのか?


 原因となる理由は数日後に訪れる『バレンタインデー』に他ならなず。


 バレンタインデーなんて一過性のチョコレート配布イベントに、どうしてこうも憂き身を窶すほど思い悩むのか理解に苦しむ。ほら、ハッピーバレンタインデーなんだろ? 笑えよ。幸せだろ? こんな台詞、一度でも言ってみたいものだ。


 何が原因なのかをもっと掘り下げて考えてると、『ああ、なるほど。そういう事か』と言えなくもないのだ……そう、それは『佐竹が原因』なのである。


 佐竹は馬鹿だけど阿呆ではない。


 クラス行事に関してはクソ程も役に立たない彼だが、『方向性を示す』という点に置いて佐竹の右に出る者はいないだろう。


 それこそが、『佐竹こそこのクラスのリーダー』たらしめる理由だ。


 馬鹿なりに考えて、馬鹿なりに行動して、馬鹿なりに努力する。その姿はある種の『憧れ』という感情を生み出し、ある種の『恋心』のようなものを抱く者もいるだろう。


 要するに彼は、『昼行灯を演じている』ように思える。


 ──そんな事は絶対に無いんだけどね。


 わざと馬鹿のように立ち振る舞い、ここぞという時に真価を発揮すれば、そのギャップにくらりとする女子もいるんだろう。知らないけど。


 詰まる所、このバレンタインデーイベントは『佐竹争奪戦』となっているのだ。


 普段から佐竹と接している僕には失笑物だけれど、他の男子からすれば面白くない。『身から出た錆』と言ってしまえばそれまでだけど、日に日に窶れる佐竹を不憫に思う。だから僕は天神を決め込むわけにもいかず、我関せず焉としてソシャゲの周回に勤しむわけにもいかないのだ。





 * * *




「はぁ……」


 朝っぱらから大きな溜め息を吐く。佐竹の背中はまるで連勤中のサラリーマン。今日も上司に嫌味を言われ、部下は凡ミスを繰り返し、家に帰れば妻が邪魔者扱いをする。旦那元気で外がいいとは言われるけども、嗚呼、誰か世のサラリーマンに救いを。佐竹には安寧を。そして僕にはガチャ石を。


 僕は項垂れている佐竹の背中をシャーペンの背で小突いた。


「……なんだよ。今マジでアレなんだから放っておいてくれ。普通に」


 机に突っ伏した状態で振り向きもせず、佐竹は気怠そうに反応した。


「普通じゃなさそうだからこうやって声をかけたんじゃないか」


 声ではなくてシャーペンの背、だけど。


「お前の普通はシャーペンで背中を小突く事なのか、そりゃヤバいな」


 ……どうしよう、殴りたい、春〜spring〜。


 佐竹に『普通の何たるか』を言われる筋合いは無いのだが、ここはぐっと堪えて、心の中だけで『ふははは! スゴいぞー、カッコいいぞー!』と社長の真似をしながら、滅びのバーストストリームを放っておく。


 ……冗談はさて置き。


 佐竹がここまで滅入っている姿は初めて視るかもしれない。


 佐竹の姉である琴美さんとの姉弟喧嘩の時とは状況が違うので、当然と言えば当然だが……いつもクラスの事を考えて行動していた佐竹に対して、反旗を翻すような男子連中を、僕は心底軽蔑する。


 特に宇治原、お前は駄目だ。


 然し、僕がどうこうできる問題ではないのも事実。


 佐竹に対して何かできる事は、こうして慎ましくちょっかいを出して、甲斐甲斐しく毒を吐き出させるくらいなものだ。そう言えば一時期、水を吐くフグの画像が話題になったな。今回の件とは関係無いけど。


「ちょっと、いつまでそうしているつもり?」


 いつの間にやら佐竹の席の隣りに立っていたのは、このクラスでも人気の高い天野恋莉、その人である。


 彼女からチョコレートを受け取りたいと願う男子諸君の視線が集中している事に、天野さんは気づいているのだろうか? 多分、気づいてないんだろうなぁ……。


「なんだよ恋莉、文句あんのか?」


「文句なんて今に始まったことじゃないわよ。けど、そうやっていつまでも、悲劇のヒーローみたいにされてたら迷惑だわ」


 どぎつい一撃が佐竹の心を抉った。


 やめて! 佐竹のライフはゼロよ!


 そんな言葉が僕の脳裏を掠めて、危うくもう一人の僕がデュエリストとして覚醒する所だった。


 もう一人の僕って誰? 優梨の事だろうか?


 ……ないな。然なきだにないな。


「うるせぇな。わかってんだよ」


「佐竹さんの気持ちもわからなくはないですけど」


 天野さんの影からひょっこりさんしたのは、このクラスでおそらくダントツ人気を得ている月ノ宮楓。


 月ノ宮製薬社長の娘であり、勝利に執着するのは父親譲りなのだろうか? 『勝利のためなら手段を選ばず』というのがモットーのようで、その美貌と回る舌を使って、これまで幾度となく僕に突っかかってきた。助けられた部分も多いけど──気づいて欲しい。今、月ノ宮さんが佐竹と接触する事は、デメリットにしかならない事を。


「考え過ぎは体に悪いですよ」


「わかってる。頼むから一人にしてくれないか? お前ら、もう少し周囲に気を配れよ、ガチで」


 佐竹に指摘された二人は、はっと周囲に眼を向ける。


 矢を射るような視線の数々に、二人はぞわりと背筋が粟立ったのか、寒気までするように、両腕を摩りながら身を縮めてしまった。


「あまりいい状態とは言えないですね……」


 甘いバレンタインデーになるはずが、激辛のバレンタインデーになってしまうであろうこの状況下で策を練るにしても、バレンタインデーが終わるまで待つ他に手段は無い──それで本当に解決するだろうか? これが本当に一過性のイベントだったら、翌日、「普通にチョコレート貰えなかったわ! ガチで」と冗談半分に笑いを取って終わるのだろう。それが理想。


 然し現実はどうだ? 一度亀裂が入った状態から元に戻すのは難しい。


『アイツがあの時あんな事やこんな事を言った、やった、あーだこーだ、すったもんだ』


 と疑心暗鬼に陥り、そのまま卒業式まで喋らないなんてよくある話。『すったもんだ』はちょっと違うか。吸った揉んだ、だもんね。


 佐竹や天野さん達にとって、このバレンタインデーがどいうものになるのか気になる所だけど、僕にこういうイベントは無関係だ。だからこそ、この中で僕だけが冷静でいられるんだろう。


「優志さんはバレンタインデー、どうされるんですか?」


「……僕?」


 月ノ宮さんは「はい」と頷いた。


「いや、別にどうもしないけど……」


「そうなんだ……」


 え? なにこの天野さんの反応は。


 まるで僕も、この浮ついたイベントの当事者であるかのような口振りだ。


「彼女が誰にチョコレートを渡すのか、興味あったのですが……」


「それってもしかして」


 考えるまでもない、か。


 僕の内側にあるもう一つの性。


 彼女がこのイベントに関わらないというのは不自然だろうか? 経験しておいて損は無いけど……然しなぁ。今、このイベントに参加するのは正解とは言い難い。それに、僕、いや、優梨が参加するとなると、今度は内輪で揉める事にもなりかねないだろう。


 ──だけど、


「……作って、みようかな」


 がたり、と佐竹は椅子を揺らして振り返った。


「マジか!?」


「お世話になった人達に、ね」


「そうか、マジか……」


 それはどっちの『マジか』なんだ?


「それならみんなで作らない? 一緒に作ったら楽しいわよ?」


「いいですね! では、ホテルの調理場を借りられるか交渉を……」


「いやいや、そこまでしなくていいわよ。誰かの家に集まって、そこで作ればいいじゃない。……そうだ、佐竹の家なんてどう?」


「別にいいけど、姉貴がいるぞ?」


「琴美さんにもお世話になった? ……と思うし」


 疑問形なのが正直な感想だ。


 琴美さんにはお世話になったというか、お世話をしたというか、厄介事を毎回持ち込まれているイメージしか無い。でもまあ、お世話になったと言えなくもない、か。


「……どうでもいいけど、ここで話すべき内容じゃないよ。放課後に落ち合おう。喫茶店(ダンデライオン)で」


 僕の言葉に三人は頷き、一時限目が始まる予鈴と共に各々席へと帰っていった。




【備考】


 この度は『女性男子のインビジブルな恋愛事情。』を読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし、当作品を読んで、「続きを読んでみたい」「面白かった」と思って頂けましたら、〈ブックマーク〉をよろしくお願いします。また、〈感想〉はお気軽にご記入下さい。


もし〈誤字など〉を見つけて頂いら、大変恐縮ではございますが、〈誤字報告〉にてご報告頂けると幸いです。少し特殊な漢字を使用しているので、それらに関しての変更はできませんが(見→視など)、その他、〈脱字〉なども御座いましたらお知らせ下さると有り難い限りです。(変更した場合は下記に〝修正報告〟として記入致します)


そして、ここからは私のお願いです。


当作品を応援して下さるのであれば、〈評価〉をして頂けるとモチベーションの向上に繋がりますので、差し出がましいようですが、こちらも合わせてよろしくお願いします。


これからも『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をよろしくお願いします。


by 瀬野 或


〔修正報告〕

・2019年6月6日……私の凡ミスを修正。改稿。

・2019年7月27日……本文を修正。

 ご報告ありがとうございました!

・2021年3月29日……誤字報告箇所の修正。

 報告ありがとうございます!

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