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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一〇章 The must effective drug,
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一百六十七時限目 男装の麗人が婀娜めくまで ④

 

 島村にて洋服、ドラッグストアにて化粧品を買い揃え終えた頃にはそこそこに、道行く人々も活気づく。そうとは言っても大名行列のできる店は無い。ここら辺で昼食をにするとなるとファーストフード店か、ファミレスか、ダンデライオンくらいなものだ。悲しいかな、ダンデライオンを知らない人々には『ダンデライオンで優雅に珈琲を飲みながら、昼下がりを楽しむ』という発想には至らないだろう。


 照史さんは大々的に店を宣伝しないので、ダンデライオンという喫茶店が周知されることもないのは最たる話ではあるが、そうしないのは押し寄せる客を捌けないのと、店の雰囲気を壊したくないからだ、と私は鑑みている。


 実際の所は照史さんにしかわからない。


 照史さんは照史さんで考えがあるのかもしれないので、ただの高校生である私が口出すべきではない。


 流星は片手に〈島村〉の大きなビニール袋、もう片方にはドラッグストアで買った化粧品の入った袋を持っている。


「片方持とうか?」


 と訊ねてみた所、


「いや、いい」


 と、断られてしまった。


 その島村の袋の中には便乗して購入した私の服も入っているのに……これ、もしかして忘れてそのままのパターンになったりしないだろうか?忘れないように、ちゃんと頭の中に入れておかなければ。


「そろそろ飯にするか」


「そうだね」


 冬真っ只中だというのに、背中とシャツが引っ付いて気持ち悪い。それくらいは歩いたし、暖房のキツい店を行き来したのもその理由の一つだ。


 流星の提案でお腹が鳴ったのは、きっと風に誘われたファーストフード店の匂いのせい。マック独特なの匂いが鼻を擽る。軒並みあるファーストフード店で、ここまでの匂いを放つ店はそう無いだろう。


「どこに食べにいく?」


 返ってくる答えは予想できるけれど、もしかしたらという事を考えて訊ねてみた。


「そうだな。……うどん」


「うどん?」


「ああ、うどんだな」


 確かにこのファーストフード群の中にチェーン店のうどん屋さんは存在するが、なぜにうどん?と思い、オウム返ししてしまった。


「うどん好きなの?」


「蕎麦よりうどんだな」


「私は蕎麦派だなぁ」


 まるで『きのこたけのこ戦争』のような、割とどっちでもいい話をしながら、居酒屋、ケンタッキーの横を通り過ぎて、目的であるうどん屋の前に到着。


 店の前にはブラックボードにポスカで新商品の絵と、その説明が簡易的に書いてある。温玉すき焼きうどんか──なるほど、これは美味しそうだ。普段だったら大根おろしが入ったうどんに、ネギと揚げ玉を大量に乗せて食べるけれど、私は今〈優梨〉として存在しているので、そこまで大胆になれない。ここは新商品で手を打つか……と考えながら店内に入り、カウンターの前へ。


「何にする」


「私は温玉すき焼きうどんで」


「そうか。……じゃあ、温玉すき焼きうどん一つと釜茹でうどん大を一つください」


 私がバッグから財布を取り出そうとすると、流星は片手でそれを制止した。


「いい。ここはオレが払う。付き合ってくれている礼だ」


 そう言って流星は皮の長財布をジーンズの後ろポケットから引き抜いて、万札を差し出した。その上にはこの店のスタンプカード。どうやら常連らしい。スタンプカードには朱肉で押された丸型の判子がずらり、もう直ぐ全て埋まるようだ。


 流星は元からこの店で昼食にする事を考えていたようだ。だったら悩む素振りなど見せずに『うどんにしよう』と断言してもよかったのだが、彼なりに私の事を考えてくれたのかもしれない。いや、もしそうなら蕎麦にしたか──どっちでもいいんだけど。


 店は長方形の作りで、手前がテーブル席、奥に注文カウンターがあり、更に奥が調理場、カウンターの左横にはトイレがある。壁には新商品と売れ筋商品のポスターが等間隔で貼られていてどれも美味しそうだ。座席数は少なくもなく多くもない。この地域ではこの座席数で事足りるのだろう。昼飯時でもあって、席は八割埋まっている。


 流星は受け取った釜茹でうどんとかき揚げが入った皿をトレーに乗せて、どこに座ろうかと店内を見渡していた。


「あそこが空いてるぞ」


 顎で指し示した場所は、入口から少し離れた壁際の席。


 私はカウンター側、流星は入口側に腰を下ろした。


「先に食べるのは何だか気が引けるが」


「いいよ。熱いうちに召し上がれ」


 割り箸をぱきりと割って、流星は「いただきます」と手を合わせた。


 私の温玉すき焼きうどんは調理に時間がかかるようで、店員さんが運んでくれるらしい。店内に広がる甘い醤油のような香りは、すき焼きの香りで間違いない。ずるずると麺を啜る流星を視ていると、余計にお腹が空いてきた。


「お待たせしました、温玉すき焼きうどんです」


 頭を覆い隠す白い頭巾を被ったパートのおばちゃんが注文した商品を運んできてくれた。マスクを付けていたので表情はわからないけど、声色から優しそうな人だと感じる。


 表面に焼き色ができたネギと、色味鮮やかな人参。緑は春菊、横には牛肉が乗せてある。写真と随分量が違うのでは?と不満に思わないわけじゃないけど、写真詐欺なんてどの飲食店でもしているので致し方無い。存在感を放つのは、中央に置かれた温玉だ。これを橋でつつくと、とろりとした黄身がスープの上に流れる。この瞬間が堪らない。黄身と牛肉、そしてうどんを絡めて口へ運ぶと、甘露醤油のような割り下の出汁と黄身が、見事に調和して滑なかな口当たり。牛肉もいい仕事をする。こいうのでいいんだよ、こういので。なんて、最近で流行りの台詞を言いそうになるくらい美味しい。


「美味そうだな」


「うん。おいしい」


 春菊のほろ苦さが、甘くなった口の中を引き締めてくれるようだ。少し厚めに切られた人参も柔らかくなるまで煮てある。これで値段もお手頃なのはお得過ぎて逆に申し訳無いような気がするけれど、この味や値段設定も企業努力の賜物だろう。唯一問題をあげるならば、うどんはもう少し柔らかく煮てもいい。ここのうどん屋はコシを売りにしているので、さすがにそこまで言うのは酷かもしれないが。


 私が食べ終わる頃には、既に流星は食べ終えていて、湯のみに入っているほうじ茶を堪能していた。


「ほうじ茶を提供する店は美味い風潮ないか」


「どうかなぁ。そこまでうどん屋さんに入らないからわからないよ。……本当に好きなんだね、うどん」


「お前にはいつか、うちの近所にある手打ちうどん屋に連れて行きたいな。ここはチェーン店だが、個人経営の手打ちうどん屋の美味さは別格だぞ」


「あはは。いつかね」


 うどん談義も程々に、私はこれからの予定に話を切り替えた。


「服と化粧品は買ったから、あとはメイクだけど……」


「そこまで面倒をかけたくない。それに、メイクくらいならできる。……それよりも、だな」


 流星はほうじ茶をぐいっと飲み干してから、小さく溜め息を吐いた。


「どこかで試着をしたい。──本当に、これが似合うのかどうか確かめさせてくれ」


 流星は島村の袋を複雑な表情で見つめる。


「それと、……オレの声はハスキーだろ。その、なんと言うか、こういう女らしい服を着ても、こんな声では不釣り合いかもしれない。そうだとしたらどうすればいいか一緒に考えてくれ」


 流星の声は中性的だ。低くもなく、高くもない。男性と女性の中間で、例えるならば宝塚歌劇団の男役。そんな印象を受ける。それだけならとても魅力的な声だと思うけど、その声で女性を演じるとなれば話は別だ。何か対策を講じなければならないだろう。


「うん、わかった。乗り掛かった船だし、ちゃんと最後まで付き合うよ。流星には色々とお世話になってるもの」


「すまないな」


「そこは〝ありがとう〟、でしょ?」


「そうか。……ありがとう」


 よく出来ました、と私は小さく拍手していたら、「子供扱いするな殺すぞ」と、いつも通りの殺害予告が飛び出した。もう何度殺害予告されたかわからないなぁ。『殺す』なんて言葉はおいそれと言うべき言葉じゃないのに、流星が言うと冗談に訊こえるのが不思議だ。これが慣れだとするなら、それはそれで問題でもあるけれど、冗談で『死ねよ』という言葉が飛び交うのが日常である高校生にとって、暴力的な言葉は〈ネタ〉として取り上げられる。だからこそ『この国は平和だな』と思わなくもないが、問題発言であることには変わらない。


「着替えられる場所の見当はあるか」


「無きにしも非ず……かな」


 曖昧な返答に流星は「あ?」と、まるでヤンキーが凄むような鋭い視線を私に送った。怖いからそれ。本物のヤンキーのそれだから。切れたナイフもいい所だからね?……切れたナイフってなんだろう?よくよく考えたら意味不明な比喩だなぁ。


「思い当たる場所は二つある。一つは流星も知っての通り、芳ばしい香りが立ち込める喫茶店の倉庫の中。もう一つは──」


「もう一つはどこだ」


「ラベンダーか、レモンの香りか、石鹸の匂いがする場所」


 流星はほんの少しばかり考えて、閃いたように──


「トイレか」


「正解。百貨店の多目的トイレ」


「そんな所で……いや、背に腹はかえられないか」


 ──意外だ。


 てっきり『ダンデライオン』を選ぶと思ったのに。


 トイレでお着替えなんて、私くらいしかしないと思っていたけど……何だか自分が通ってきた道を流星が通っているようで複雑な心境だ。


「どうしてダンデライオンはだめなの?」


「オレの女姿を知人に視せたくないんだ」


「……なるほど」


 ごもっともな理由に納得してしまった。


 流星は女性に戻る事を願っている訳じゃない。のっぴきならない事情のせいで、女性に戻らなければならないのだ。それを知人に知られるのは、流星にとって屈辱以外の何物でもなくて、できる限り隠し通したい事実だろう。それ故に、流星は自分がアルバイトしている店の名前を私にも告げていない──流星が「おかえりなさいませ、ご主人様♪」としている所を視てみたい気持ちはあるけれど、もし職場に顔を出したら間違いなく殺されるまである。流星との仲を悪化させたくない私は、これ以上は踏み込むまいと決めていた。


 それが、私と彼の境界線。


 深くもなく、浅くもない。


 友達のようでいて、友達とも呼べない関係。


 それはきっと、『利用している』という表現が正しいのかもしれない。


 それでも私は彼の事を、友人と呼びたいのだ。


 傲慢過ぎるかもしれないけれど──。



 

【備考】


 読んで頂きまして誠にありがとうございます。


 こちらの物語を読んで、もし「続きが読みたい!」と思って頂けましたら、


『ブックマーク』『感想』『評価』


 して頂けると、今後の活動の糧となりますので、応援して頂けるようでしたら、何卒よろしくお願い申し上げます。


 また〈誤字〝など〟〉を見つけて頂けた場合は〈誤字報告〉にて教えて頂けると助かります。


 報告内容を確認次第、修正が必要な場合は感謝を込めて修正させて頂きます。


 今後も【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】を、よろしくお願いします。


 皆様が当作品を楽しんで頂けたらと、願いを込めて。


 by 瀬野 或


【お知らせ】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。

 投稿出来ない日も御座いますので予めご了承下さい。

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