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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一〇章 The must effective drug,
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一百六十五時限目 男装の麗人が婀娜めくまで ②

 

『なるべく早い方がいい』


 切羽詰まっていて一刻の猶予も残されていないのは確かだけれど、だからと言って土曜日の朝九時に東梅ノ原駅集合というのはさすがにやり過ぎだ、等と文句の一つや二つを頭の中で往々と呟きながら、七高線上り電車に揺られていた私は、ドア付近にある座席に座り、もう見飽きてしまっている田舎の風景をぼんやり眺めていた。


 まだ冬休みの癖が抜け切ってなくて、昨日もかなり夜中まで読書に勤しんでしまった。かるが故に瞼が重い。そんな寝惚け眼でメイクをして、冴えない頭で服を用意したものだから、今日の服装にはあまり自信が無い。最善は尽くしたけど、流星はこの格好を視てどう思うだろう?おそらくは無反応だ。それが雨地(あまち)流星(りゅうせい)という人物の性格。甲斐性無し、ぶっきらぼう、常に不貞腐れたような表情、この三拍子が揃ったら誰でも関わりを持ちたがらないと思うけど、それは佐竹の手腕により突破されている。でも、そんな行動を取る理由は、単に『男らしくありたい』という思いから派生している態度なので、何だか可愛いく思えてしまうのだ。


『まもなくぅ、ひがしうめのはらぁ、ひがしうめのはらぁ、出口は左側です』


 前半は間延びした声、後半は何故かしゃきりとした声でアナウンスが流れて、私は席を立ち、電車の出口へと向かう。


 どうして電車のアナウンスはこうも特徴的なのか、中学時代、電車好きの知人に質問した所、『乗客に伝わるように工夫しているんだ』と答えが返ってきた。なるほど、そう言われてみればこの特徴的なアナウンスは否が応でも意識してしまう。けれど、鉄道によっては何を言ってるのかさっぱりわからないアナウンスもあるため、その答えが全てではない気もする。結局の所、それは運転手の匙加減だ。


 電車が止まり、空気が抜ける音と共にドアが開く。休日の東梅ノ原駅はそこそこに人が集まるけど、都内と比べれば微々たる物で、埼玉の中でも栄えている都内付近や大宮よりも劣る。この駅で降りた乗客は私を含めても二、三〇人と言った所か。そして、東梅ノ原駅から離れた場所にある『新梅ノ原駅』へと歩いて向かうのだろう。


 東梅ノ原駅と新梅ノ原駅は路線が違うので、東梅ノ原駅から新梅ノ原駅へ行くには徒歩で向かうしかない。その距離は別段、面倒な長さではないけれど、毎日毎日歩いて新梅ノ原駅へと向かうとなるとそれはそれで億劫に思える。普段この駅を利用しない私には全く関係の無い話だけれど。


 待ち合わせ場所は改札を出た辺り、というあやふやな場所指定だが、東梅ノ原駅に改札は一つしかない。従って、待ち合わせる場所は限定されるのだが、本日の主役、(もとい)、相談を持ちかけた相手の姿は無い。『ごめん、待った?』『いや、オレも今来た所だ』というテンプレな問答を期待していた訳じゃないけど、流星が〈男〉と自認している以上はそれなりに振舞って欲しい──とか、全然考えてない。べ、別にそんな展開なんか期待してないんだからね!あまりの頭の中お花畑理論に自分でも嫌気がさして、それを振り払うかのように振り払った。


 程なくして下り電車が到着しますというアナウンスが駅構内に流れる。


 またぞろと階段を上ってくる人々の中に流星がいた。


 ふっと眼が合うと、流星はいつも通りの無愛想ながら私に手を振る。


 もし彼が意中の相手で、到着を待ちに待った状況なら、私は万遍の微笑みを湛えながら手を振り返しただろうけれど、流星は私の意中の相手ではないし、流星だって私に気があるわけじゃない。私は不満を体現しながら流星に軽く手を振った。


「すまない。遅れた」


「こんな時間に呼び出しておいて、一十五分の遅刻は罪だよ」


「まあ、そう言うな。善処は尽くした。……ほら」


 そう言って差し出されたのは、まだ開封されていないチョコレート菓子。


 コンビニで118円(税入)で購入できる〈ガルボ〉だ。


「いちご味、美味いぞ」


「うーん。まいっか、ありがと」


 ガルボは何度か食べてきたけど、自分の好みとしてはやはりノーマルのガルボがベスト。ノーマルついでに思うのだけれど、どうしてゲームでは一作目を『無印』と呼ぶのだろうか?伝わるには伝わるけど、何だか『無印って呼ぶ俺かっけー』思えて、しゃらくせぇなぁと鼻がむずむずする。別に『ワン』でよくない?そこを格好付ける意味が私にはわからない。


 受け取ったガルボいちご味を肩下げバッグの中に入れて、これからの予定を確認する。


「ブランド知識は無いけど、本当に私でよかったの?」


 ブランド云々を語るなら、私よりも楓ちゃんやレンちゃんの方が詳しい。以前、私の服選びに付き合ってもらう際にも、二人はあれこれと考えを巡らせてくれていた。結果としてユニクロで手を打ったけど、もう少し時間と資金があれば、それなりの服を買えたかもしれない。


「いや。ブランドには興味が無い。派手に装う理由も無いしな。どうせ出退勤で着るだけの服だ」


「……で、予算は?」


「そこは気にするな。着回しできるくらいの服を買う予算と、付き合ってもらうお礼くらいは持ってきている」


「お礼って?」


 小首を傾げていると、


「まあ、気にするな」


 流星は口角を少し上げる程度に微笑んだ。





 ***





 正月も三賀日を過ぎれば、『謹賀新年』という文字を除いて、ほぼ全ての店は通常通りの内装に戻る。町の至る所にある街灯に吊り下げられた幕には『ハッピーニューイヤー』の文字がでかでかと書かれている。この幕、クリスマスの時は『ハッピーメリークリスマス』だったが、一体、どこの誰がこの垂れ幕を張り替えているのだろう?あと、日本人は何でもかんでも枕詞に『ハッピー』を使いがち。クリスマスにしても、正月にしてもそうだけど、『ハッピーハロウィン』とか意味わからない。ハッピーなのは頭の中だけに留めておかないと、そのうち、『ハッピージャパニーズ』と馬鹿にされそうだ。もっと言えば、プレミアムフライデーのプレミアム感の無さは異常。


 東梅ノ原駅を出て、たまに利用するファミレスを通り過ぎ、ダンデライオンへと続く路地を横目で見た時、流星が私を呼んだ。


「そういえば今年になって、ダンデライオンに行ったか」


「ううん。……流星は?」


「オレも行ってない。ここら辺には学校以外で来る理由も無いからな」


 私は結構、休みの日でも来たりするんだけどね……佐竹君に呼び出されたたり、とか。


 ダンデライオンは商談や、そういった時に使いやすい店だ。雰囲気もいいし、何より客が少ない。客が少ないのは照史さんにとってマイナスでしかないけど、ダンデライオンを利用する者として落ち着ける場所があるというのはかなりプラスなのだ。だけど、経営は本当に大丈夫なのだろうか?月ノ宮からの援助無しにどうやって生計を立てているんだろう?これがダンデライオン七不思議の一つ。後の六つはいつか考える事にする。


「一応確認しておくが」


 流星は改まって、これからの予定を確認するように訊ねる。


「服屋に着いたら、()()()()()()()体で話を進めるぞ」


 流星と私の体格差はそこまで変わらない。なので私の寸法で服を選べば流星も着れる、というのが私の下した答えだ。


「うん。そのつもりだよ?だって流星は()()だもんね」


 お互いに性別が反転しているので違和感を感じてならないが、流星は今日も〈男子〉を貫き通すらしい。今日着ている服装だってそこら辺にいる男子高校生の普段着と変わりない。なので流星の性別が〈女性〉だ、と見抜ける者はそう多くないだろう。クラスメイトだって欺く程の男性的外見なのだが、それでも念には念を入れて、誰とも関わりを持たないようにしている流星だが、佐竹がそれを許さなかったので、クラスでは誰かしらが流星の席付近にいる。


 最近は男子よりも女子の数が多くなってきているような気がしなくないけど、それはそれで流星にとって好都合なのかもしれない。


 梅高祭の終わりに放った強烈な一言は未だに印象深いけれど、それはもう過ぎた事になり、時間が風化させたようだ。


「しかし、お前と歩くと周囲の視線が集まるな」


「そう?」


 最近は気にならなくなってきていたけれど、流星と一緒に外出するのは初めてなので、流星がそう感じてもおかしくはないのだけれど──


「お前、もしかしたら優梨(そっち)が──いや、なんでもない」


「え、なに?言い出して止めるとか気になるじゃん。普通にガチで」


「お前は義信か……、可愛いから目立つんだよ」


「わーい。ありがとー」


「世辞は理解してるんだな」


 よくもまあ、そんな甘い言葉をいけしゃあしゃあと言えるものだ。もし流星の隣にいるのが私じゃなくて、クラスメイトの女子だったら、「あらやだ、イケメン。抱いて!」と、ダッコちゃんの如く腕に引っ付いていただろう。


 因みに〈ダッコちゃん〉というのは、1960年(昭和35年)に若い女性の心を掴んだ、()()()()()()()だけのビニール人形で、ハゲ頭のファンキーな容姿をしている。それを腕に引っ付けて歩くのが、当時は『ナウい』とされていたのだから、何が流行るのか予想なんてできやしない。


 そんな人形を両腕に引っ付けて歩いている姿を想像すると、ジオン軍の『ザクとは違うのだよ、ザクとは!』でお馴染みのモビルスーツと重ねてしまいそうだが、こんな例え、誰に話しても共感されないだろう。


 私はシャア専用ズゴックが好き。


 ──これだって、共感される事はないかも。


  道なりに進んで、カラオケ屋がある大きな十字路を左折するとファーストフード店が立ち並ぶ。マック、ケンタッキー、ミスドと、女子高生が放課後ティータイムをするにはうってつけの店が集結している通りは、そのまま直進すると新梅ノ原駅に辿り着く。新梅ノ原駅の中にはスタバがあって、梅高教師が朝に立ち寄るのも珍しくない。まあ、それはうちのクラス担任である三木原先生なのだけど。


 噂によれば三木原先生は特急列車、イエローアローに乗って登校しているらしい。普通の電車と違い、イエローアローは値段が違う。公務員は給料が低いわけじゃないし、それなりの待遇をされているだろうけれど、毎朝イエローアローに乗るのは時間節約か、或いはイエローアロー推しか、それとも単に格好付けているだけか……いや、三木原先生の場合、『早いから』という理由だけで選んでそう。


 私と流星は町並みを視ながら、あーでもない、こーでもないと雑談を交えて歩き、今日の目的地である服屋の前へと到着した。


「確かにブランドに精通していないとは言っていたが」


「何か文句でもあるの?この店だって全国展開している立派な服屋だよ?」


「わかってる。別に悪いと言っているわけじゃない。……わかった。オレも覚悟を決める」


 そんな大層な覚悟が必要かしら?ファッションセンター島村だって、案外掘り出し物かあるんだよ?と、シマムラーな私は常々思うのだけれど、今の高校生にとっての島村とは『適当な下着を買うだけの店』と認知されているらしい──そう、夏休みに出会った柴田(しばた)(けん)、通称『柴犬』が言っていたのを思い出した。


 その柴犬と同じ学校に通い、彼に恋心を抱いているのがハラカーさん、通称『春原(すのはら)凛花(りんか)』であり、ハラカーさんとレンちゃんは中学時代の友人である。


 巡り巡って、いつかは柴犬とも再びどこかで対面する事になるのだろうか?だから私は思う、この世界は狭いもんだと。


「よし、入るぞ」


 流星は大袈裟に気合いを入れるように、開いた自動ドアを通って行く。私はそんな流星の後ろ姿を眼で追いながらも、風除室の片隅に置かれた『福袋』に一抹の哀愁を感じてならなかった。きっとあの福袋は売れ残るのだろう。『残り物には服がある』なんて、誰が上手いこと言えと?


「おい、優梨」


「あ、ごめん。今行く」


 出迎えるのは間抜けなアレンジをされた店内ミュージック。


 なぜ、この間抜けアレンジを聴いて安心するのだろうか。それはやはり、私が根っからのシマムラーだからに違いない。どさくさに紛れて、自分の服も買っておこう。そんな計画を思い浮かべて、つい笑みが零れた。





【備考】


 読んで頂きまして誠にありがとうございます。


 こちらの物語を読んで、もし「続きが読みたい!」と思って頂けましたら、


『ブックマーク』『感想』『評価』


 して頂けると、今後の活動の糧となりますので、応援して頂けるようでしたら、何卒よろしくお願い申し上げます。


 また〈誤字〝など〟〉を見つけて頂けた場合は〈誤字報告〉にて教えて頂けると助かります。


 報告内容を確認次第、修正が必要な場合は感謝を込めて修正させて頂きます。


 今後も【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】を、よろしくお願いします。


 皆様が当作品を楽しんで頂けたらと、願いを込めて。


 by 瀬野 或


【お知らせ】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。

 投稿出来ない日も御座いますので予めご了承下さい。

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