一百五十八時限目 佐竹義信は誘いたい
『笑う門には福来たる、と言いますが』
正月特番はどれも退屈で、新年早々にうんざりするくらい滑り倒している芸人の芸に対して懸命な拍手を送る様は地獄絵図のようだ。彼らはきっと、自分の芸が滑っている事に気づいているだろうけど、それを許さないテレビ側もなかなかにして鬼畜だ。特に『勢いだけで誤魔化す芸』は限界があり、一度視てしまえば飽きてしまう。何より僕が害だと思うのは、大御所が芸をやるだけで、その場が『有り難い』的なオーラになる事。そもそも、ネタを『有り難い』と思われた時点で、それは『お笑い』ではなく、忖度に近い代物だ。視ている側からすれば『芸人の縦社会は大変だなぁ』という同情しか生まれない。事程左様に、視ていて苦しくなるのだけれど、そう思う僕がおかしいのだろうか? おかしいんだろうなぁ。やっぱり、正月特番なんて視るよりも、部屋で読書していた方がマシかもしれないと、朝食のお雑煮を食べ終えて部屋に戻った。
この部屋は殺風景だ、と自分でも思う。
勉強卓、本棚、ベッド、姿見、テレビ、それらが部屋の八割を占めている。白い壁にポスター等は貼らず、丸い壁掛け時計がこつこつと時を刻むのみ。床はフローリングなのだが、床を傷つけない為に絨毯が敷かれていて、直接的な寒さは気温のみだが、その寒さもエアコンを使えばこと収まる。なので、僕の趣味を理解するには本棚に並べられた本を視る他に無いけれど、僕は雑食なので、『これだ』という趣味を見つけるのは困難だろう。一つだけ言うとすれば、哲学的な話に、最近はハマっているというくらいだ。ハロルド・アンダーソンという作家はあまり上手くないけれど、節々に哲学的な要素が組み込まれているので興味を唆る。そして、陳腐な文章の中に詩的なフレーズも織り交ぜられてるので、それを見つけた瞬間、物語に引き込まれるのだろうと自己解釈をした所で、僕は本棚から離れた。
ラノベでいう正月は、友人から『初詣に行こう』と誘われたり誘ったりするシーンが多いけど、現実は違う。だから神社の敷地内でお祭りの如く出店しているテキ屋でリンゴ飴を買ったり、綿菓子を買ったり、焼きそば片手にたこ焼きを頬張り、傍らにいる友人が『お参りに来たんだからね?』と注意するようなシーンは無い。正月は部屋で勉強かゲーム、それが一般的なはずだ──べ、別にそういう展開を期待してるとかじゃないだからね! 何だろう、自分でやっておいてなんだが、とても虚しい気持ちになってしまった。
勉強卓に放置していた携帯端末を徐に取り、幾許の期待もせずにホーム画面を映す。
メッセージは無い。
昔のホラー映画に『着信アリ』というタイトルがあったけれど、『着信ナシ』というのもなかなかに怖いのではないだろうか? 孤独的な意味で。日本のホラーは陰湿だから、きっとトラウマ級の恐怖を味わえるのではないだろうか? 主題歌は『暗い日曜日』で決まりだ。いや、さすがにこの曲はまずいかもしれない。
携帯端末を握り締めながらベッドにダイブする事、数刻。来ない、きっと来ない、然なきだに来ない、メッセージ来ない……と、天井を見上げながら、リングの主題歌の替え歌を頭の中で歌っていると、携帯端末を握り締めていた右手に細かい振動を感じて、
「来た!」
と、体を起こしてホーム画面を確認すると、来たのは友人からのお誘いではなく、某通販サイトの初売りのお知らせだった。それを恨めしく睨みながら削除して、僕は再びベッドに仰向けで寝転がり、深く眼を閉じた──。
* * *
『笑う門には福来たる、と言いますが』
正月特番といえば、やはりお笑いは外せない。漫才にコント、様々な形式で繰り広げられる〈新春お笑い100連発〉を、俺は心ゆくまで満喫していた。特に最近話題になっている勢いがいい芸風の芸人は見物だが、もしかしたら一発屋になるのかもしれない。でも、視聴者の立場からすれば別に問題じゃない。今、この時を笑えればそれでいいってもんが『お笑い』だろう……俺は思う。それに、大御所が芸を披露するとテレビ雑誌にも書いてあったし、視なければ絶対に損だ。こんな機会、滅多にあるものじゃないしな。
「アンタって、お笑い好きだったっけ?」
姉貴は朝っぱらからビールを片手に、おせち料理を肴にしながら飲んでいる。もう三缶は空けているというのに、まだ飲む気満々らしい。
「別にそこまで好きってわけじゃねぇけど、正月と言えばお笑いだろ? 普通に考えて」
「ミーハーねぇ。これだから庶民は」
「姉貴だって寸分違わず庶民だろ」
アンタと一緒にしないでくれる? と、姉貴は不満げにだし巻き玉子を頬張りながら、もごもごと口を動かした。それをビールでごくりと飲み下して、俺をじっとりした眼で睨んできた。
「──てか、折角の正月なんだからさぁ、優梨ちゃん誘って初詣に行くとかしないわけ?」
「あ、ああ……ま、そのうちな」
姉貴の言うことは最もだし、俺だってそうしたいのは山々なんだ。けど、元旦から誘うのは結構勇気が必要だったりする。断られたりしたら幸先悪いまであるし、そんな事になれば残りの休みを憂鬱に過ごすのも想像に容易い。だから気晴らしにお笑い特番を視ているのだが、姉貴にはお見通しのようだ。
「相変わらず煮え切らないわねぇ。そのうちって言ってると、冬休みなんてあっという間に終わるわよ?」
「まあまあ。きっと義信くんも色々とあるのよ」
姉貴の隣で一緒になって飲んでいるのは、姉貴の恋人であり、夏から揉めていた姉貴のガールフレンドである弓野紗子。あの件が解決したのかはわからないが、あれ以上、俺が踏み込んでいい領域ではないとも思うし、姉貴の人生だから姉貴が納得する道を選ぶべきだろう。
「それに、琴美はどうなの? 私、まだ初詣のお誘いを受けてないけど?」
「あ、ああ、……えっと、そ、そのうちね?」
「姉貴も大概じゃねぇか……」
それでも冗談を言い合いながら、何やかんやで仲がいい。長い付き合いだから、お互いに考えている事がわかるんだろう。それが羨ましいと思うかと言えばまた別だけどな。喧嘩も多いが、『喧嘩する程仲がいい』とも言える。でも、俺をその喧嘩に巻き込むのは勘弁願いたい。こんな事になるなら、先に初詣へ出発した親父達と一緒に行動するべきだったか。
「あれ? 義信、どこいくの?」
「部屋」
どうして新年早々、姉貴に振り回されなきゃならんのだ。これなら部屋で寝てる方が万倍もマシだわ、ガチで。
「多分、優梨ちゃんも暇してるんだろうし、上手くやんなさいよ」
「へいへい」
俺は席を立ち、ひんやりした階段を上って自室のドアを開けた。
乱雑に置いてある鞄、脱ぎ捨てた寝巻きがベッドの上でぐったりと皺を作り横たわる。壁際にある勉強卓の上には、読みかけの漫画と雑誌が積み重なり、今にも崩れそうだ。あまり綺麗な部屋とは言い難いが、男の部屋なんてこんなもんだろう。つか、優志の部屋が異常なんだ。女の部屋みたいな甘い香りがするし、やたらこざっぱりし過ぎて落ち着かない──アイツ、普段、何を考えてるんだろうか? 偶にボソボソと意味不明な事を呟いてるが、その内容を理解出来るはずもなく、俺は茶化して終わらせているけど、本当は重要な事を呟いているんじゃないか?
「はぁ……、わけわからん」
ベッドの上にある寝巻きをずずいっと横へ移動させて、空いたスペースに腰を下ろした。さすがは低反発マットレス、座り心地がいい。
「上手くやれ、……か」
それができたら、こんなに煩雑した思いを抱えていたりしない。
クリスマスパーティーの帰り際で、優志は恋莉との蟠りを解消させた。それはいい事なんだろう……多分。だがそれは、恋莉と向き合う覚悟を決めたって事と同義でもある。つまり俺は、恋莉と同じ位置を歩いていたはずだったが、実はかなり後ろを歩いていたって事だ。
あの話を訊いた時、正直に言うとかなり焦った。俺の入る隙はあるのか? って、割とガチで凹んで帰ったのを、アイツらは知らない。
「はぁ……、こういうのは柄じゃねぇか」
枕元にある携帯端末の充電コードを手繰り寄せ、長方形でツルツルした肌触りの携帯端末を握り締めた。ホームボタンを押して画面を呼び起こし、メッセージアプリを立ち上げ、優志の名前をタップする。後は〈通話ボタン〉を押すだけなのだが、どうにも指が俺の意思と相反して動いてくれない。仮に通話したとして、何を話せばいい? どうやって誘えばいい? それに、俺の誘いで、アイツは乗ってくるだろうか? いや、ワンクッション置くか? 楓に連絡して、楓経由で恋莉、恋莉から──
「それじゃ意味ねぇだろ……」
いつまでも楓に頼るようじゃ、どの道アイツは振り向いちゃくれねぇしな。
「……よし」
俺は意を決して通話ボタンを押した。
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by 瀬野 或
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