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一百五十四時限目 クリスマスパーティー ②


〈倉庫で着替えている彼の独り言〉


 彩られた店内とは打って変わり、倉庫はどこか寂しげで、ひんやりとした空気が晒け出した肌に()みる。


「さむっ」


 男性用のサンタ衣装だったら少しは温もりもあっただろうに、どうして女性用の衣装というのは露出度が高いんだろうか。それはコスプレに限らず、制服だってそう。一年通してミニスカートなんて、ある意味拷問だと思う。女性らしさを引き立てるのが露出だとするなら、それはセクハラ以外の何物でもない。


 僕はフェミニストではないけれど、こういう格好を強いるのは悪しき風習だと言わざるを得ない……つまりは、いつまで昭和の考え方に囚われ続ける気だ? と、僕は講義したいまである。だからこのサンタ衣装も、然るべき防寒対策を備えべきだ。


 琴美さんが用意していたサンタ衣装は、肩紐のワンピース型で、両腕に肘から腕まで『気持ち程度』の防寒対策の袖しかない。これにサンタ帽と、もこもこのサンタブーツ。しかもこれ、ブーツと言っていいのかわからないのだが? スリッパ並みの靴底だし。おまけにこの衣装のパッケージには『セクシーサンタコスプレグッズ』と記入してある事から、表向きな商品ではないだろう。琴美さんは、こんな品、どこから仕入れてきたんだろうか? それに、サイズがぴったりなのも怖い。


 倉庫の隅にはいつの間にか全面鏡まで用意されていて、照史さんの悪意まで感じられる。僕がここで着替える為に用意した、と言わんばかりの品だ。本当に有り難いね。


 鏡に映る僕の姿は、優志の跡形も無い。化粧もばっちりだし、ウィッグも付けているのでほぼ別人だろう。


 女装姿を晒すのは、主に僕の身内だけだ、と思ってたんだけどなぁ……。


 どうして琴美さんは無関係の春原さんや関根さん、更には、天野さんの弟である奏翔君がいる席で、この姿を強制させたんだろうか? ……多分、気紛れか嫌がらせか、それとも両方か。衣装を準備してきたというので『酔った勢い』じゃないのは確かだけど、優梨の姿を皆に晒す理由に、深い意味は無さそうだ。


「はぁ……」


 室内だというのに、吐く息は白い。


 それもそのはずで、季節は冬真っ只中。今年の冬は例年よりも冷え込みが激しいらしいので、このまま倉庫に閉じ籠っているわけにもいかない。なるべく早く、温かい場所にいかないと風邪を引いてしまいそうだ。


 僕が〈私〉になるこの瞬間は、いつも憂鬱で、心が潰れそうになるくらい億劫で、嫌になる程開放感を感じて、煩雑した矛盾が付き纏う。


 もう受け入れたはずだというのに、これはきっと、自分に自信が無いからだろう。


 僕は()()だから、三日月にはなれど満月にはなれない。即ち、ムーンプリズムパワーでメイクアップしてもセーラー戦士にはなれないし、プリキュアにはなれるらしいけど、僕はプリティでキュアッキュアとは言い難いだろう。


 この格好で登場した時、皆はどう思うだろうか……なんて、考えても仕方が無い。


「いこう」


 大丈夫、()なら上手くやれる。


 ……はずだ。











 倉庫の扉を開けると、煌びやかな店内の装飾は衰えず、騒がしいパーティーは続いていた。


 各々が話に花を咲かせていて、私の存在に気がついた者はいない。意を決してドアノブに手をかけたというのに、何とも遣る瀬無い状況。


 恨めしげに琴美さんを睨みつけると、この格好をさせた当本人は酔い潰れてしまったのか、テーブルに突っ伏しながら眠ってしまっている。背中に男性用の茶色のコートがかけてあるが、あのコートは佐竹君のコートかな? だとすれば姉を気遣う弟であるけど、やけに落ち着いたデザインだなぁ。らしくないデザインで、ちょっと意外。


 店の中腹まで差し掛かった時、照史さんが人の気配に気がついたのか私をちらりと視て、そしてもう一度、今度は目玉を丸くしながら驚いた表情で二度見した。


「優……優梨ちゃん、その格好はどうしたの?」


 私は眠りこけている琴美さんを睥睨して嫌味たらしく、


「鏡、お借りしました。立派な鏡ですね」


「そういうつもりで置いたわけじゃないんだけどね、参ったな」


 そんなやり取りをしていれば、何事かと注目されるのは当然。これまで見向きもしなかった全員の視線が、一気に私に向けられた。


「ま、マジか ︎」


「こ、これはまた、……大胆な格好ですね」


「ユウちゃん ︎」


「あー! 優梨ちゃんだ! 梅高祭以来だね!」


「おおっ! あの子が噂の優梨ちゃんね! めちゃかわじゃん!」


「何してるんだ、お前」


 ──十人十色な感想で、誠に恐縮です。


 各々が驚いている中、流星だけは冷静で、可哀想なヤツを視るような眼で、殊更に呆れた声音で呟いた。


「あ、あはは……、どうもー」


 こういう時、どんな顔をすればいいのかわからないので、シンジ君のアドバイス通りに笑ってみたけど、これは笑顔というよりも苦笑い。寒さが抜けきっていないせいで、頬の筋肉が硬直しているんだと自分に言い訊かせる。


「優梨ちゃーん! そんな所で突っ立ってないで、早くこっちおいでよー!」


 春原さんは立ち上がり、「こっちこっち!」と手招きをしている。この人、本当に人見知りとかしないのね。


 居酒屋のバイトでチラシ配りしている最中も話かけてきたし、人懐っこい性格なのかもしれない……かるが故に、自分を偽ってでも他人に合わせようとするのだろう。やっぱり、それは息苦しい生き方だ。


 ダンデライオンのテーブル席は四人を想定した席数になっていて、いつものメンバーだけなら事足りるけど、今回は奏翔君、関根さん、春原さんまでもいる。入口通路側から佐竹、天野さん、奏翔君。その反対側には関根さん、春原さんが座っているけど、ここに私が座るべきだろうなぁ、倉庫横に片付けてあった椅子を持ってきて、関根さんの隣に腰を下ろした。


「近くで視ても美人さんですなぁ」


 鼻を伸ばして『ぐふふ』と笑う関根さんに対して、レンちゃんが「ちょっと、泉。変な眼で視るのはやめてちょうだい」と叱責した。


「でも()()()の気持ち、わかるわぁ」


 ネズーとは、多分、関根さんのあだ名だよね? やっぱり春原さんのネーミングセンスは突出したセンスを感じる……もちろん悪い意味で。そのあだ名を既に受け入れている関根さんもなかなか凄い、もちろん悪い意味で。


「つか、めっちゃ久しぶりじゃね? 割とガチで」


 佐竹君は嬉々とした表情を浮かべながら、今にも身を乗り出す勢いだ。


「そうなんですか? 冬休みに入ってるとはいえ、佐竹先輩達はクラスで毎日顔を合わせてたと思うんですけど。ですよね、鶴賀先輩?」


「「え」」


 それは丁度、曲の節目に起きた──。


 これまで私の正体を見破った人はいなかったのに、一日も会っていなかった奏翔君に正体を見破られてしまうと思わなかったけど、〈優志〉がいなくなって〈優梨〉が出てくれば、自ずと答えは出てしまう。


 入れ替わる形で私が来れば、『鶴賀優志が女装した』と、誰でも思うだろう──逆に、関根さんと春原さんはどうして気が付かなかったのだろうか? だとするなら、優志としての私はどれだけ空気なんだろう。


「ほ、本当にルガシーなの……? あ、でもここにルガシーの姿が無いって事は、そういう事になるかぁ」


「凛花先輩、気づくの遅くないですか? ……というか、僕にはどうして鶴賀先輩が()()()()()しているのか疑問なんですけど」


「そ、そうだよね。あはは」


 春原さんとは長い付き合いだから、『凛花先輩』呼びなのね。でも、奏翔君は見た目と違ってかなり辛辣で、思った事をずばっと言い切るタイプみたいだ。思い返してみればレンちゃんの家で私と話していた時も、言いたい事は言っていたし、不満があれば態度で示していた。


 ──何となく優志(わたし)に似ている気がする。


 優志と違う所は、優しいお姉さんがいて、友達も多そうだ、……という所ね。それは先程発言した『友達と顔を合わせる』という発言から想像できる。だって、友達がいなければそういう発想にはならないし。仮に私だったらそこには触れないで、入れ違いだけを指摘する。


 ……友達が少ないのに、友達云々言っても説得力は無いのだから。


「って事は、うちのクラスを手伝ってくれたのはツルツル本人ってこと?」


「ま、まあ……そうなる、かな」


「それはさすがの名探偵である私も気づかないわぁ……ん? て事は、ワトソン君が想いを寄せている相手って──」


「私も訊いたけど、……そういうことよね?」


「もういやぁ……」


 この反応は、つまり、関根さんも春原さんも、レンちゃんが私に対して好意を抱いてる事を知ってる……? 顔を手で覆っているレンちゃんの反応を視るに、そういう事だと思って間違いはなさそう。


「あのさ」


 陽気な音楽に、気まずい沈黙が続く──そんな時、この沈黙を破れるのは、いつだって彼だ。



 

【備考】


 読んで頂きまして誠にありがとうございます。


 こちらの物語を読んで、もし「続きが読みたい!」と思って頂けましたら、


『ブックマーク』『感想』『評価』


 して頂けると、今後の活動の糧となりますので、応援して頂けるようでしたら、何卒よろしくお願い申し上げます。


 また〈誤字〝など〟〉を見つけて頂けた場合は〈誤字報告〉にて教えて頂けると助かります。


 報告内容を確認次第、修正が必要な場合は感謝を込めて修正させて頂きます。


 今後も【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】を、よろしくお願いします。


 皆様が当作品を楽しんで頂けたらと、願いを込めて。


 by 瀬野 或


【お知らせ】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。

 投稿出来ない日も御座いますので予めご了承下さい。

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