一十三時限目 僕らの作戦会議は珈琲と共に[前]
時が止まる──なんて、実際に起こるはずがない現象だ。
そんなことが起きれば地球の自転がどうのこうの、太陽と月がうんたらかんたら……詳しいことはSNSで訊けばいい。きっと『理科で習うだろ』ってマウント付きのクソレスが返ってくるだろうけど、気にしないなら大概便利だ。
実際には時間を止めるなんてできないし──どこぞの国にある施設の『なんとかかんとか装置』を稼働させてカーブラックホールを作り出し、色々と頑張ったらできるかもね。知らないけど──そんな魔法みたいなことができるのは、未来からやって来た青い猫型ロボットか、エクスペクトをパトローナムする魔法学校の物語でしかあり得ないだろう。
小説の一節にある『時が止まったようだ』とは比喩の一つに過ぎないって真面目に答えるのも阿呆らしいけれど、そうしなければ抗議の電話が鳴り止まないご時世だから仕方が無い。
前置きはここまでとして──。
まるで、時が止まったようだった。
突拍子も無いことを告げられて唖然としていると、我に返った佐竹が金魚のように口をパクパクしている。餌が欲しいのだろうか? 砂糖くらいしか無いのだけれど、金魚の餌に砂糖って大丈夫なの? 多分、専用の餌がいちばんだよね。あれ、臭いんだよなあ。
と言うか、だ。
さっき、お互いにアイコンタクトしていたよね? 二人で決めた話じゃないの? どうして佐竹が驚いてるんだよ。驚きたいのは僕のほうだ。また女装しなきゃいけないんだし、再び佐竹の彼女役を演じなきゃならない身にもなってくれって不満に思う。
そもそもだよ。
ダブルデートって、カップルが二組いて初めて成立するものじゃないの? 僕が知り得る限り、該当するカップルは一組しかいない。優梨と佐竹だ。その一組も嘘っぱちの紛い物だが、ダブルデートを提案した月ノ宮さんは、僕には見えない景色を見ているとでも言うのだろうか。信じるか信じないかはアナタ次第ですか……なにそれ、ほん怖っ。ゴローさん、五字切りいっとく?
ダンデライオンの店内には、楽しそうに作業している照史さんの姿しか確認出来ない。暇な店だなと思う。読書するにはぴったりだけど、働くには物足り無さを感じてしまうじゃないか? 来年には閉店してないといいけれど、そんなお節介は失礼だって振り払った。
月ノ宮さんの脳内でどんな会議が催されたのかわからないが、唐突に『ダブルデートをしましょう』と提案されても、僕のような凡人には一から一〇まで懇切丁寧にご説明頂かないと理解出来ないからね? 堪らず「どういうこと?」と説明を求めた。
月ノ宮さんは背筋を正して、僕らにアイコンタクトを送る。真剣な眼差し。視線を合わせると顎を引く程度に首肯した。
「これからその作戦を伝えます」
先程とは打って変わり、妙に落ち着いた口調で語り始める。
「私が天野さんと結ばれる最低条件は、天野さんとの親密度を上げることです」
──そうだろうな。
──そうだろうね。
佐竹と声が被ってしまった。
──話の腰を折らないで下さいませんか。
すみませんって二人で頭を下げる。
「はあ……まあ、お二人もご存知かと思いますが、残念なことに、私は天野さんとそこまで親しくお話しをしたことが無いのです」
──手を繋いだことすらありませんし。
「それはかなり進展してね? 付き合ってから手を繋ぐだろ。普通に考えて」
苦笑いを浮かべながらツッコミを入れた。
手を繋ぐ行為だけに関しては、そうとも言い切れないだろう。手を繋いで歩く人たち全てが恋人同士ならば、子どもと手を繋いでいるお父さんはどうなるのか──とかは、どうしようもなく屁理屈ではあるけれど、恋愛を含まない場合だってあるんじゃないか? ただ、月ノ宮さんの言い分では、友だちとしてではなく『恋人として』という意味合いが強く伝わってきたから、佐竹もツッコミを入れざるを得なかったんだろう。そう考えると、佐竹はボケとツッコミの両刀だから、お笑い芸人に向いているかも知れない。多分。
恋人同士になったら手を繋ぐ、か。うだうだと戯言を並べてみたけれど、そこだけを切り取れば僕も佐竹と同意見ではある。
まさか……! ざわっ……。
発展しているのか……! ざわっ……。
彼女の脳内だけで……! ざわっ……。
仮にそうだとしたら圧倒的妄想力だ。ホラー過ぎて恐怖するくらい怖いから、ゴローさん! 早く五字切りをして!
五字切りは兎も角──。
月ノ宮さんと天野さんの面識が浅いっていうのは意外だった。
これでもうちのクラスカースト上位に君臨する二人であり、学園ドラマならば互いをライバルとして意識していたりするのがド定番だけど、二人の関係は昼ドラのようにどす黒い展開になってはいない。それどころか、月ノ宮さんは天野さんに対してぞっこんラブラブキャッキャウフフである……随分と偏差値の低い例えに吐きそう。
「そういえば楓が恋莉と絡んでるのって、割とガチでレアだよな。マジで」
いやだから『割と』なのか『ガチ』なのか、かどっちかにしてよ。クラスの総括的役割を担う人物がこれでは、我がクラスの先が思いやられるけれど、そのトップが珍しがっているのだからそうなんだろう。
「楓が遠巻きにじーっと観察してるだけで、二人が話してんのってあんま見ないぜ?」
「そうなの?」
スタンド使いが互いに引かれ合うように、ランク上位は上位帯で引かれ合うものだと思ってた。
「ああ。恋莉は女子に囲まれてる場合が多いけど、楓は男に囲まれてるだろ? だからお互いに干渉することが滅多にないんじゃね?」
「そうなの?」
つまり、互いのファン、基、取り巻きが啀み合う事態になり兼ねないと踏んで距離を掴みきれてない──ということか?
「お前なあ、そうなの、そうなのって繰り返し訊くなってよ! ガチで」
「だって、クラスの内部事情に興味無いし」
そこは興味持ってくれ、ガチで──と、本気で呆れられてしまったけど、そんなことより、佐竹が『干渉』という言葉を知ってることに心底驚いた。
佐竹から出てくる言葉って『普通』とか、『ガチ』とか、そういうパリピ御用達な言葉だけだと思っていた。意外な一面を知ってしまった気分。でも、僕の中で佐竹の評価が上がることはない。仮に上がるときがあるとするなら、それは僕がクラス全員の名前と顔を覚えたときだろう。即ち、無理である。
【備考】
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今後も【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】を、よろしくお願いします。
by 瀬野 或
【備考】
・2018年12月25日……誤字報告による誤字修正。
・2019年2月2日……誤字報告による誤字修正。
報告ありがとうございます!
・2019年2月19日……読みやすいように修正。
・2019年3月23日……誤字報告による修正。
報告ありがとうございます!
・2019年5月17日……文章全体を改稿修正。
・2019年7月17日……本文の見直し、誤字脱字修正。
・2019年11月20日……加筆修正・改稿。