一百四十一時限目 月ノ宮楓は開戦を告げる
自分なりの答えを導き出す事は出来ず、僕の内にある憂いと共に、担任が生気の無い声でホームルームの終わりを告げた。
「なあ、優志」
この際、天野さん本人にその答えを直接訊ねた方が手っ取り早いのだが、周囲に友達が集まっているので、とてもではないけど話しかけられない、そんな空気を醸し出している。
その集団の中には関根さんもいるが、アイコンタクトに阿吽の呼吸を交える程の親密な仲ではないので、眼を合わせた所で僕の意図を察するのは不可能だろう。名探偵なんだからそれくらい気がついて欲しいんだけどなぁ……頼むよホームズ。
「おーい、優志?」
それに、月ノ宮さんに監視されているような視線も心做しか感じるし、この状況で本人から直接話を訊く事はやはり難しい──というか、天野さんも、月ノ宮さんも、ついでに佐竹も、クラスに友達が多過ぎなんじゃない? それが普通なの? 普通なんだろうなぁ……僕の普通ってなんだろうなぁ。
「ゆーうーしー?」
──まあ、そんな事を今更ぼやいても仕方が無い。
今考えるべき事は〈天野さんが思い煩っている問題〉と、〈どうして天野さんにクリスマスパーティーに来て欲しいのか〉という理由についてだ。しかし、学校にいれば邪魔の佐竹が入るし……帰宅しながらでもゆっくりと考えればいいかなんて思いつつ、不意に溜め息が零れた。
何だかさっきから佐竹っぽい声が僕を呼んでいる気がするんだけど、果たしてこれは幻聴だろうか? 仮に幻聴だとしたら、それはそれで大問題である。佐竹の幻聴なんて訊くに堪えないのだが……
「おい、無視かよ!?」
──内心、相手をするのが億劫だった。
……けれど、無視を決め込めばそれはそれで七面倒な事になりそうなので、
「……なに?」
適当に『訊いてますアピール』をしておく。
「クリパの打ち合わせはどうすんだ?」
鍋パにカレパにタコパなら、僕も何度か訊いた事がある。更にはコスパやリンパやドドンパまで思いつくまであるけど、『クリパ』という言葉に馴染みはない。なのでオウム返しのように「くりぱ?」と繰り返してしまった。
「クリスマスパーティー、略して〝クリパ〟だろ。普通」
──そんな普通、僕の辞書にはありません。
月ノ宮さんはこの前『少数精鋭で話を進める』と言ってたけど、天野さんが欠けた今、天野さん抜きで打ち合わせを進めていいのだろうか? ……正直な所、天野さん抜きでは気が進まない。だけど開催地は僕の家なので、打ち合わせをするというのなら出席しなければ、進む話も進められないだろう。
「佐竹、月ノ宮さんにどうするか訊いてきてよ」
「俺が? ……まあいいけどよ」
佐竹は少し不満そうに、椅子をがたりと鳴らして席を立つと、ファンクラブの面々に立ち向かっていった。その後ろ姿たるや、まるで魔王に立ち向かう勇者のように視えたりはしない。
佐竹はいつものウェーイなノリでファンクラブに凸すると、『マジガチワンチャン普通にヤバい』の応酬を彼らに浴びせる。彼らが佐竹に対して『こいつ何を言ってるんだ?』と怯んだ隙に、月ノ宮さんを引き離して僕の元へ連れてきた。
「助かりました、優志さん。なかなか離れる事が出来なくて困っていたんです」
「助けたのは俺なんだけどな!?」
やいのやいのと喚いている佐竹を他所に、僕は月ノ宮さんと眼を合わせて、
「そうなの? 楽しそうに談笑してるように視えたけど」
ニヒリズムを語る政治家のような皮肉を一つ交えてみたが、この程度の皮肉で眼くじらを立てる程、月ノ宮楓の器は小さくない。それどころか真っ向勝負、正面切るように──
「楽しいですよ? 褒められて悪い気はしませんから」
「そりゃそうだよね」
僕は白旗を上げるかの如く、『降参』の意味を込めて両手を大袈裟に上げた。
頭脳明晰な月ノ宮さんからすれば、僕の皮肉なんて児戯に類するだろう。
月ノ宮さんは得意げに横髪をさらりと搔き上げると、長く艶やかな黒髪がさらりと揺れて、小さく可愛らしい耳が露見した。その耳朶にはピアスの穴が一つ開いていたが、その穴を開けたのはおそらく何年も前なのだろう、穴が塞がらないようにする仮留めのピアスは付いていない。社交界に身を置く彼女にとって、身なりを整えるのは礼儀作法なんだろうと窺えるけど、本当の所はただのお洒落だったりしないだろうか? その可能性は充分に有り得そうだ……月ノ宮さんだし。
見た目だけなら美少女と言っても過言では月ノ宮さんだけど、綺麗な薔薇には棘がある。月ノ宮さんの場合は、棘よりも更に鋭利な『何か』だ。しかし、その棘さえ彼らファンクラブの面々には、秋波を送る美女のそれに感じてしまうのだろうか? ……それこそ、惚れた欲目というやつかもしれない。
月ノ宮さんは「それで」と口を開く──。
「ご用件はクリスマスパーティーの件ですか?」
「そう、なんだけど……、えっと」
いつよりも冷静沈着な月ノ宮さんの物言いに気圧されて、言葉尻が段々と弱くなってしまったのを誤魔化すように、「どこで話し合う?」と付け加えた。
「ダンデライオンでいいんじゃね? ……普通にガチで」
無視をされてもめげない佐竹のメンタルは一体どうなっているんだろうなぁ……、きっと鋼のメンタルに違いない。
普通にガチかは置いておくとして、話し合いの場とするのなら、ダンデライオンが適切だろう。
──しかし。
「天野さんが出席しないのなら、私も出席する道理はありませんので、申し訳御座いませんが、お話はお二人でお願いします」
こうなるだろう──とは、予想していた。
「はあ!? お前それ、……ガチで言ってるのか?」
「佐竹、無駄だよ。……月ノ宮さんの事情を忘れたわけじゃないでしょ」
「いや、まあ……、そうなんだけどよ……」
月ノ宮さんは天野さんに恋心を抱いているのだ。つまり、想い人がいないクリスマスパーティーに参加しても退屈なだけ。……いつだって天野さんの事を優先してきた月ノ宮さんにとって、その答えに辿り着くのは火を見るより明らかだろう。
「逆を言えば、天野さんを連れて来る事が出来れば月ノ宮さんも出席するって事だし、言い方はどうであれ、月ノ宮さんらしい回答じゃないかな」
「さすがは優志さんですね。……でも、そう簡単に解決出来る問題ではなさそうですよ?」
「……そうなんだよね。そこを突かれるとぐうの音も出ないよ」
解決する……とは言ったけど、その糸口はまだ見つかっていないし、問題も明確になっていない。
朝に訊いた話から察するに、おそらくは天野さんの家庭の事情が絡んでいるのだろうけど、その先は未知数。月ノ宮さんもこれ以上口を割る様子もなかったので、後は自分で何とかするしなないわけだが、如何せん、お手上げ状態でもある。
「──ですが、このままだと寝覚めが悪いので、少しばかりヒントを出しておきますね」
「ヒント?」
佐竹が眉を顰めながら繰り返すと、月ノ宮さんは「はい」と小さく頷く。
「私も恋莉さんの全てを理解している訳ではありませんが、多分、恋莉さんがどうしたいかではなく、どうして欲しいのかを、考えるべきではないでしょうか? ……私は、私のやり方で恋莉さんの憂いを晴らしてみせます──私の想い人ですから」
……なるほど、そういう事だったのか。
僕が感じていた違和感の正体は、月ノ宮さんの『対抗心』のようなものであり、恋敵へ送る挑戦状でもあったんだろう。そうでありたいと望んだのは僕自身だし、月ノ宮さんはこの機会を通じて、僕との決着を考えているに違いない。そう考えれば、これまでの月ノ宮さんの言動に筋が通る。
──愚問だった、と言った意味にも。
これまで僕は他人の事情に散々首を突っ込んできたし、今回だって例外じゃない。例え他人の事情に土足で踏み込む事になったとしても、僕が足踏みして立ち止まるとは思えない──と、月ノ宮さんはそこまで考えていたんだ。
どんな決着を迎えようとも、僕は天野さんの憂いが晴れればそれでいい。だからと言って、このまま手を拱いてるだけというのは誠実さに欠けるだろう。
僕だって、天野さんの役に立ちたい。
その気持ちに、嘘偽りは無いはずだ。
あの日の海に拐われたモノを、今度こそ取り返すそう。
「迷いが吹っ切れた、そんな顔ですね」
「僕にだって矜恃はあるよ、……それなりにね」
「そうなんですか? ……とは、言いません。優志さんはこれまで、私達を救ってきたんですから。相手に取って不足はありません」
だけど、勝負するつもりは毛頭無い。
結果がどうであれ、天野さんが納得する答えを導き出せればそれでいい……その結果を導くのが、僕か、月ノ宮さんか、それだけの話だ。
僕と月ノ宮さんが意味ありげな視線を交わしている中、佐竹は僕ら二人を左見右見して「俺のこと、普通に忘れてね?」と、嘆くように呟いていた。
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by 瀬野 或
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