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一百三十九時限目 鶴賀優志は変人ほいほいだと気づく


 翌日の朝、梅ノ原駅出発、梅ノ原高等学園高校行きの一バスで梅高へ来た。


 しゃきりと覚めていない眼で俯きながら歩くのは、これから部活の朝練へと向かう面々だ。大して強くもない運動部の朝練程、億劫なものはないと思う。


 梅高は山の中にある学校なので、体感温度は天気予報より低い。吐き出す息は白く、空中で拡散して消えるさまをぼうっと眺めていた。トタン屋根しかない四阿のようなバス停に、髪を揺らせる程度の冷たい空気が吹き抜けると、ぶるりと背筋を震わせる。


 本音を言うならば雨風凌げて、暖が取れる部屋で待っていたかったのは山々だが、喧騒(けんそう)蔓延(はびこ)る教室の中、膝を突き合わせて談合するような内容ではない。然りとて教室の中へ入ってしまえば、月ノ宮さんを独占するのは不可能に近い。話をするならこのタイミングか、お昼休みか放課後しか無いけど、後者二つはとてもじゃないが現実的とは呼べない。


 お昼休みは『月ノ宮楓ファンクラブ』の面々に邪魔される可能性が高いし、放課後だって、連日のようにダンデライオンへ赴く程暇じゃ無いはずだ。……詰まる所、この時間しかタイミングが無いわけだが、この時間が適切とも言い切れない。深い所を話し合うには、腰を据えて、あれやこれやと議論できるくらいの時間は欲しい。


 数刻程度で解決できる問題ならいざ知らず、裏側にして配られたテストのように、問題の全貌も明らかになっていない。だから天野さんのスペシャリストである月ノ宮さんに、アドバイス基、情報を得るために待っていた。


 やがて遠くからバスが近づく音が聴こえてくる。


 左に大きく膨れるようなカーブから顔を出したバスは、バス停に吸い込まれるようにして所定の場所で止まると、梅高生達が倦怠感(けんたいかん)を醸し出しながらぞろぞろとバスのステップを下りてくる。その中で一段と背筋をぴんと伸ばし、しなやかに揺れる長い黒髪をさらりと垂らしながら出て来たのは、僕が待ちに待った相手、月ノ宮楓だ。


「おはよう、月ノ宮さん」


「おはようございます」


 そう言って、微笑みながら会釈をする。


 黒いコートに白いもふもふの付いた耳当てを首に引っ掛けて登場した月ノ宮さんは、他の学生とは違い、生命力に満ちている。さすがは月ノ宮家のご令嬢と言うべきか、眠気を全く感じさせないその精神力には感服だ。


「元気そうだね」


「元気とは言い難いのですが、体調は良好ですよ。ただ、恋莉さんの事を想うと心が痛いです!」


「そ、そっか……」


 心を痛めている人のテンションじゃないんだよなぁ……。


 どうしたらそんなテンションになるのか頭を一捻りしてみる。もしかして丸一日中天野さんの事を考えていた結果、天野さんの心痛を憂う反面、頭の中全部が天野さんになって、お花畑にうふふふふな状態になったのではないだろうか? と予想。そして、その予想はおそらく図星だ。


「優志さんがここで私を待っているという事は、恋莉さんの件ですね?」


「話が早くて助かるよ。……取り敢えず、歩きながら話そうか」


 バス停で話すような話でも無いので、僕らは眼前に迫るアスファルトの急斜面に向かって歩き始めた。





 坂が好きな人種っているのだろうか?


 例えば『ひーめひめ♪』と歌いながら坂道を駆け上がる彼や、語尾に『しょ』が付く彼らのようなクライマーなら話は別だろうけど、僕ら梅高生は一般人であって、あそこまでのバイタリティは無い。だからこの『ベタ踏み坂』のような急勾配は、運動不足気味な僕にとっていい運動になっていると言えなくもないが、だからと言って上り切った後は肩で息をするだろう。


 そんな坂道を会話しながら上るのは困難なのだが、それでもこのタイミングしか残されていない以上……やるしかない。


「月ノ宮さんは天野さんの〝あの話〟を訊いて、どう思った?」


「そうですね……胸が締め付けられました」


 天野さん大好きですもんね、心中お察しします。


「……そうじゃなくて違和感とか、疑問とか、そういのは感じなかった?」


「違和感や疑問ではないですが」


「うん」


「恋愛に対して消極的になってますね」


「……」


 海での一件以来、天野さんは僕に対してそういうアピールはして来なくなっていたのは僕も感じてはいたが、僕の出方を待っているのかと思っていた。僕自身、ようやく自分の性を自認し始めたばかりで、恋愛について考えるにはもっと時間が必要だと答えを出したけど、友人としてなら上手く付き合えていた……はずだ。


 そう言えばこの前、天野さんは僕に何かを質問しようとして口を噤んだけど、あれは何を伝えようとしたんだろうか?


 あの日のメールの質問が答えだったならいいけど、それとはまた違う気がする。


 何より、天野さんの横顔はとても苦しそうな表情だった──。


「……他には?」


「弟さんと上手くいってないというのは小耳に挟みましたが……」


「弟?」


「ええ。二つ下の弟さんです」


 天野さんに弟がいるなんて初耳だ。


 ……もっと詳しく訊きたかったが、どうやらタイムリミットのようだ。


 オンボロな校舎と昇降口が目の前に差し迫る。


「ありがとう。参考になったよ」


 そう言って月ノ宮さんから離れようとした時、月ノ宮さんの右手が僕の左腕の裾を掴んだ。


「優志さん。何か策を弄するのは結構ですが、人には踏み込んで欲しくない領域というのがあります。もし恋莉さんがそれを望まなかった場合、それでも優志さんは土足で踏み込む事を躊躇いませんか?」


「それは──」


「……すみません、愚問でしたね。それではまた後ほど教室で」


 月ノ宮さんは掴んでいた手をぱっと解くと、僕をその場に残して昇降口へと向かっていった。


 ──これ以上詮索するなと、釘を刺された気がする。


 佐竹の場合、自分から助けを求めて来たので解決策を考えたけど、天野さんは僕らに助けて欲しいと言明していない。


 僕がしようとしている事は、ただのお節介なんだろうか……?


 これがもし天野さんの家庭に関する問題だったとするなら、僕がどうこう出来る問題じゃない。


 佐竹の場合は結果オーライだ。


 あれを『解決』と呼ぶには、それ以降も琴美さんと連絡を親身にして、結婚するまでサポートするというのが筋だが僕はそれをしていないし、琴美さんは琴美さんで、お茶を濁すようなメッセージしか送って来ない。……やはり天野さんからメーデーが送られてくるまで、じっとして待つ他に無いのだろうか?


「あれ? そんな所で何してるんですかツルルン!」


 こんな不快な呼び方をする知り合いは一人しかいない──因みに『ツルルン』の発音は『クリリン』と同じである。


 どうやら二バス組が到着したらしい。


「だから、そのあだ名はやめ──」


 声がした方を振り向くと、そこにはツインテール関根さんと、その隣に天野さんがきょとん顔で立っていた。


「おはよう、優志君。……寒くないの?」


「おはよう、天野さん。……めちゃくちゃ寒いです」


 天野さんは制服のアウターの中にセーターを着込み、首元には毛糸のマフラーを巻いたオーソドックススタイル。足元には黒いタイツを履いている。ツインテール関根さんは、身丈に合ってないコートを羽織り、手袋を嵌めた手がそのコートの袖からちょこんと顔を出していた。……その姿はなかなかにあざとい。


「早く教室に行かないと佐竹が来るわよ?」


「それは大変だ、早く教室に向かわないとね」


 朝からウェーイ勢と絡むのはごめんん被りたい所だ。


「……一緒に、いく?」


「おお、名案ですぞワトソン君! ささ! 共に参ろうぞー!」


「ああ、うん。共に馳せ参じようか……」


 なんだろう……この人、もしかして佐竹よりも面倒臭い民なんじゃないだろうか……。


 そんな視線をツインテール関根さんに送っていると天野さんが、


「泉に気に入られたわね」


 ……と、苦笑いしながら僕に呟いた。


 なんでこうも、僕の周囲には変人が集まるんだろう。


 佐竹然り、琴美さん然り、……でも、これはこれで楽しいのかもしないなと、僕は天野さんに微苦笑を返した。




【備考】


 読んで頂きまして誠にありがとうございます。


 こちらの物語を読んで、もし「続きが読みたい!」と思って頂けましたら、


『ブックマーク』『感想』『評価』


 して頂けると、今後の活動の糧となりますので、応援して頂けるようでしたら何卒よろしくお願い申し上げます。


 また、〈誤字〝など〟〉を見つけて頂けた場合は〈誤字報告〉にて教えて頂けると助かります。報告内容を確認次第、修正が必要な場合は感謝を込めて修正させて頂きます。


 今後も【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】を、よろしくお願いします。


 皆様が当作品を楽しんで頂けたらと、願いを込めて。


 by 瀬野 或

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