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一百三十八時限目 スペシャリスト


 翌日の放課後、いつもの面々でダンデライオンに集まった。


 議題は引き続き『クリスマスパーティーについて』だが、今日は朝から天野さんの様子がおかしい。心ここに在らずと言った具合に、名前を呼んでも気がつかない事が多々あった。それだけならいつもの僕と大差無いけれど、気丈に振る舞おうとすればするほど空回りしている事に本人は気がついていない。


「恋莉さん、何かあったんですか? ……恋莉さん? 恋莉さん!」


 月ノ宮さんが名前を呼ぶも反応が無い。


 これはいよいよ由々しき事態に陥っているに違いないのだが……あの、月ノ宮さん。いくら天野さんが好きだからって、名前を連呼しながら頬を染めてうっとりするのは止めてくださいませんかね? 大好きなのはわかったから、少し自重しようか。この勢いだと今後、『好き!(挨拶)』になりそうで怖い。


 月ノ宮さんの何度目かの『恋莉さん!(挨拶)』にようやく気がついた天野さんは、虚を向いていた視線を僕らに移して、「あ、ごめんなさい。訊いてなかったわ」と頭を下げた。


「それの専売特許は優志なんだけどな。……恋莉、今日はガチで元気無いけど、マジでどうした?」


 別にそれは僕の専売特許じゃないぞ、佐竹。


 僕だってちゃんと話は訊くんだからね?


 ──まあ偶には? 話を訊いてない事もあったりなかったりするけど。


「何を訊ねても上の空ですね……これはもしや、どさくさに紛れて肌に触れても気がつかないのではないでしょうか?」


「どんなどさくさよ。それに、スキンシップくらいならいつでも構わないわよ」


「そうだったのですか!?」


 月ノ宮さんは、まるで青天の霹靂かの如く衝撃的な事実を目の当たりににして、「どこまでがスキンシップなのか、そこが問題です……」と我を忘れて、煩悩垂れ流し状態になっている。最終的に『頬にキスするのは挨拶ですよね』と天野さんに問い、佐竹が「北米か!」と、これまた斜め上なツッコミを展開した所で僕が咳払い。場が静まった頃合いを待ち、本題に入った。


「クリスマスについてなんだけど、どうするの?」


 そして、問題はこれだけではない。


「……あと、関根さんと流星についてだけど」


 言い添えるように訊ねた。


 僕が懸念している事、それは、二人を僕らの事情に巻き込んでいいのだろうか? という事。おそらく流星は、何かしら勘づいているだろう。勘が鋭い流星は、僕がどうこう言わなくても自分で答えを導き出す。それはとても頼りになる反面、知られたくない事情も知られてしまうという事にもなるのだ。僕と佐竹だけなら兎も角、女子二人の恋愛事情を知られてしまうのはさすがに可哀想というか……いや、流星の事情についても複雑だしと悩みは尽きない。


「その事なんだけど、……ちょっといいかしら」


 天野さんは心中の憂悶(ゆうもん)を押し殺すかのように、下唇をぎゅっと噛み締めてから、


「私、クリスマスパーティーには出られそうもないわ」


 と、悲しげに笑う。


「どうしてですか!?」


 慌てふためき参りけるにと、古今著聞集(ここんちょもんじゅう)の一節のように勢い余って椅子から立ち上がった月ノ宮さんは、「楓、もう少し静かにしてくれるかな?」と照史さんに諭されるまで棒立ちしていた。


 ……やはり、何か問題が起きているんだ。


 天野さんの表情から艱難辛苦(かんなんしんく)は察すれど、一筋縄ではいかないのは言うも愚かだが、それ以上に何だろう……名状し難い憂いを感じる。


「取り敢えず言ってみ? ワンチャン力になれるかもしれねぇしさ」


「これは私の問題だから。……ごめんなさい」


 僕にはその謝罪の言葉が『拒絶めいている』と感じた。そしてそれは、その煩雑した悩みは、どことなく僕と似ているとも思えた。


 誰の力も頼れない。……そして、自分の殻に閉じ籠って餌を待つ貝。


 正しく僕はそうだったので、その気持ちは痛い程理解出来る。


 ──けれど、それは酔狂なんだと気づいた。


 悲観している自分に酔って、達観している振りをして、本当は誰かに助けて欲しかった僕と重なる全てが同じ……というわけではないにしろ、ぐるぐると思考を巡らせているのは明らか。


「……本当にそれでいいの?」


 僕は天野さんに問う。


「……そうしなきゃいけないから」


 天野さんは僕の眼を視て答えた。


「わかった」


 そう言って頷くと、天野さんは精一杯の微笑みを湛えて、


「本当にごめんなさい。私の事は気にしなくていいから、……楽しんでね」


 ダンデライオンから出て行った──。





  * * *





「おい優志。本当にこのままクリスマスをする気か?」


 ダンデライオンからの帰り道で、佐竹は怒りを露わにしながら僕に問い質す。


 佐竹が納得できないのは、天野さんの言葉を鵜呑みにする形で頷いたからだろう。


「まさか。このままでいいはずがないよ」


「だったらどうしてあんな事を言ったんだ?」


 あの場で僕がどうしようと、天野さんの決意が揺らぐとは思えない。……だったらあの場は流して、今後、どうすればいいのか考えた方が得策だ。それに、まだ天野さんの懊悩する理由が定かではない状態で、あれやこれやと口出ししても無意味だろう。口だけなら何とでも言えるんだ。それを実行できる人はほんの一握りで、そうじゃなければ口だけ達者の詐欺師と同じ。いや、もっと醜いかもしれない。


「詭弁を弄するような事をしたくないからだよ」


「は? 意味わかんねぇよ」


 ……いや、それくらいわかれよ。


「詰まる所、こじつけの理論を展開しても意味が無いってこと」


「余計にわかんねぇよ」


 駄目だコイツ、早く何とかしなければ。


「心の無い優しさは敗北に似てるって歌詞があるでしょ?」


「ああ、セフィロスか?」


「それは心無い天使だよ……。ヒットポイントを1にしてどうするのさ」


 嘘だろ……? 佐竹はハイロウズも知らないのか!?


「ええっと、もっと噛み砕いて説明すると、口だけ優しい言葉を並べても、それは優しさでも何でも無いって事。ほら、頑張っている人に頑張れって言っても意味が無いでしょ? それと同じだよ」


「なるほど。とどのつまり、詭弁って事か」


 最初からそう言ってるんですけどね、僕は。


 ガンジーですら助走つけて、タイガーアッパカー! するくらいの苛立ちを抑えながら、僕は「そういう事だよ」と首肯した。


 知ったような口を利いてみたが実際の所、何をするべきか未だに判然(はんぜん)としない。


 ──謎は深まるばかりだ。


「それで、具体的にはどうするんだ?」


「……考え中」


「恋莉が何を抱え込んでるのかわかれば苦労しないんだけどなぁ……」


 佐竹は「どうすっかな」と呟いて、右手に持つ鞄を引っ提げる。


「恋莉のスペシャリストとかいたら、何か知ってるかもしんねぇけど」


「そんな都合いい人いないで……」


 ──いや、待てよ?


 うちのクラスには、天野さんのスペシャリストと言っても過言ではない人物が一人いるぞ? 尾行したり、GPSを使って監視したり、勉強卓に写真を飾って毎日眺めるような変た……ストーカーがいるじゃないか。


「優志。俺も今、同じ人物が頭を過ぎったかもしれないわ。割とガチで」


「うん。月ノ宮さんなら、何か心当たりがあるかもしれないね。……でも、それを訊くのは明日にしよう。明日の放課後にまた、……今度は天野さんについての話し合いだ」


 もしかしたらお節介なのかもしれないけど、お節介くらいが丁度いいんだ。


 頑なに閉ざした二枚貝をこじ開けるには、多少の強引さも必要で、僕がそうであったように天野さんも……ほんの少しだけ、進むべき方針が視えてきた気がした。



【備考】


 読んで頂きまして誠にありがとうございます。


 こちらの物語を読んで、もし「続きが読みたい!」と思って頂けましたら、


『ブックマーク』『感想』『評価』


 して頂けると、今後の活動の糧となりますので、応援して頂けるようでしたら何卒よろしくお願い申し上げます。


 また、〈誤字〝など〟〉を見つけて頂けた場合は〈誤字報告〉にて教えて頂けると助かります。報告内容を確認次第、修正が必要な場合は感謝を込めて修正させて頂きます。


 今後も【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】を、よろしくお願いします。


 皆様が当作品を楽しんで頂けたらと、願いを込めて。


 by 瀬野 或

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