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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二章 It'e a lie, 〜 OLD MAN,
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一十二時限目 ダンデライオン 3/3


「ここが、カフェ・ダンデライオン……」


 百貨店の裏にあるとは訊いていたけど、ここまで奥まった場所にあったら、さすがに誰も気づかないのではないだろうか?


 ダンデライオンは、路地裏の陰にひっそりと佇むようにして営業していた。


 両隣りには雑居ビルが隣接していて目立たないし、ナビゲートがなければ僕も辿り着けなかっただろう──そんな場所にダンデライオンはあった。


 隠れ家。


 そう呼べば少しは貫禄もあるけど、本当に隠れていては店が成り立たない。


 営業中の掛け札がかけてある扉をゆっくり開くとボサノバが流れていて、店内には珈琲の芳ばしい香りに満ちていた。


 入り口付近に置かれている大きなアンティーク時計が印象的。メトロノームのように、ゆらりゆらりと振り子が揺れている。


 壁には海外の街並みを描いた絵画が、所々に展示されていた。だれの作品だろう? 絵画についての知識は無いからどうとも言えないけれど、店の奥にある席の壁に掛けられた絵だけは褒められたもんじゃない。印象画ってやつにも思えるけれど、ベネツィアのような街並みが偉くぼんやりと描かれている。


「いらっしゃい。一人かな?」


 ゆったりとした口調で僕に訊ねたのは、ダンデライオンのマスターだろうか?


 こういう店のマスターは、渋い初老の男性のイメージがあるけど、僕を出迎えてくれたのは、まだ三〇満たないくらいの爽やかな雰囲気の男性だった。人懐っこい笑顔は、女性客を虜にしてしまうんだろう。


 これこそ、真のイケメン──。


「あ、えっと……」


 余りにも突然のことで、たどたどしくなってしまった。


 僕みたいな凡人に、イケメンが、風のように語りかけてくることなんてなかったから心臓に悪いです。


「もしかして……楓の友だち?」


「はい。そうです」


 事前に知らされていたような口振りだ。


 わざわざ予約でも入れたのか?


 彼女ならやり兼ねない。


 念には念を入れる用意周到さは、洋服選びの一件でわかった。


 しかしいっかなこれまたどうして、客を呼び捨てで呼ぶのはどうなんだろうか? それ程に親密な関係なのかそれとも……勘繰った所で答えは出ないけど、疑問だけが浮かんで消えてくれない。


「月ノ宮さんを知ってるんですか?」


 無知を装いながら有り体に訊ねてみる。


「知ってるというか、ボクは楓の兄……なんだけどね」


 思わず「ファッ!?」って声に出しそうになった。


 なるほど、だから月ノ宮さんのことを〈楓〉と呼ぶのか。月ノ宮さんに『兄がいる』なんて訊いてなかったのはもちろんだけど、月ノ宮製薬の跡取り息子がどうしてこんな寂れた喫茶店を営んでいるんだ?


 偏見かもしれないけど、父親の後を継ぐとかそういうことを想像しただけに、この状況はどうも不思議でならない。


「自己紹介をしておこうか。ボクはこの店のマスターをしている〝月ノ宮(あき)()〟です。どうぞよろしく」


「鶴賀優志です。よろしくお願いします」


 差し出された右手を掴んで握手を交わす。


「楓はもう直ぐ来るだろうから、あそこの席で待っててくれるかな?」


 壁際の、あのぼやけた絵が飾られているテーブル席に案内された。


 着席して、ざっと店内を観察してみた。


 この店の座席数は多くない。


 割とこじんまりした店で、テーブル席が三つにカウンター席が五つだけだ。


 照史さん一人で営んでいるのならこの席数が限界だろう──この席が全て埋まるとは考え難いけどね。だって、場所の不利が半端じゃないもん。諦めて、ちょっと歩いた先にあるドーナツチェーン店に行くまである。


「なにか飲みながら待ってるかい?」


 ──珈琲は飲める?


「はい。ホットのブレンドをお願いします」


 ──砂糖とミルクは?


 ──いいえ、要りません。


 その歳でブラックか、と照史さんは感心しながら首肯した。


「これは頑張らないといけないね」


 冗談めかしながら笑顔でオーダーを受けた照史さんは、カウンター内に戻った瞬間、真剣な表情へ変わった。


 普段は安物のインスタントコーヒーしか飲まない僕には知り得ないような、珈琲を淹れる作法があるのだろう。


 お湯の温度や注ぐときの角度など、淹れ方次第で味が変わるらしいことはテレビで見た気がするけど、僕の知識なんてその程度だ。


 完成する珈琲がどんな味なのか静かにワクワクして待っていると、来客を知らせるドアベルの音がカランコロンと店内に響いた。


「お兄様。戻りました」


 入ってきたのは佐竹と月ノ宮さん。


「おかえり。楓」


 照史さんと二、三言葉を交わして、満足そうに笑いながら、僕の座る席へ佐竹と二人で歩いてきた。よほどお兄さんが好きなんだな。照史さんはいい人そうだし、妹想いでもあるんだろう。


 それはいいとして──。


「どうして二人が一緒なの?」


 それはですね? と月ノ宮さんが説明しようとしたら、隣に立っている佐竹が「つかよう」と声を出して月ノ宮さんを阻んだ。


「この店の場所わかりにく過ぎだろ。ガチで」


 たしかに、初見殺し的な場所ではある。


「普通に道に迷ったから、楓に電話して迎えに来てもらったんだよ」


「〝普通に道に迷った〟って、凄いパワーワードだね」


 普通ってなんだろうとか、ちょっと哲学っぽいことを考えそうになった。


「もう少し佐竹さんの語彙力が高ければ理解し易いのですが、私にも理解できない部分があります」


 月ノ宮さんは頭が痛むというように眉間を指で抑えながら、僕の向かいの席に座った。


 佐竹のことだからクラスの仲間内と同様に、普通にガチで逆にワンチャン狙ったんだろうけど、月ノ宮さんみたいなお嬢様相手だと、割とガチめに普通にマジで理解できないからやめたほうが賢明だと思う。


 彼の発する言葉は〈リア充イケメン科〉に属するウェーイの民独自の言語であり、僕だって半分も理解できていないと言うか、理解する努力もしてないし、しようとも思わない。


「隣に座るぞ。楓の隣は怖いからな。ガチで」


 それはいいけど近過ぎない? 脇腹を肘で小突いたら、拳二個分くらいの余裕ができた。


「訊こえていますが、訊かなかったことにしますね」


 よかったな、佐竹。民事訴訟は逃れたぞ。名誉毀損で訴えられでもしたら勝ち目は皆無。長い物には巻かれることだって悪役がよく言うだろ? それが世を渡り歩く上で、一番効率のいい生き方だからだ。


「で、僕たちを呼び出した理由の〝重要な作戦〟ってなに?」


 嫌な予感しかしないんだよなあ。


「では、説明しましょう──名付けて〝ダブルデート作戦〟です!」


 ぱどぅーん……?


 僕は照史さんが持ってきてくれた珈琲を少し口に含み、香りを楽しんでから舌の奥で味わってみた。苦味の中に程よい酸味と、後に引き立つ爽やかなフルーツのような香り──なるほど、これが本格珈琲の味か。


 それで、ダブル……なんだって?


 本格的な珈琲に舌鼓を打ちながら現実逃避してみたけど、このお嬢様はなにをお戯れってるの? ブラック珈琲をこれ以上飲んだら、僕の感情もブラックに染まってしまいそうだ。添えられていたミルクを一滴くらい垂らす。真っ黒な表面に白い斑点が浮かび、それをぐるぐるかき混ぜてから砂糖を一摘み程度入れて、再びぐるぐるぐるぐるどっかーん。


 佐竹も大概とんでもないことを言い出すけど、月ノ宮さんのソレは狂気染みている。

 

 また、始まるのか。


 そう心の中で嘆きながら、僕はまろやかになったブレンド珈琲を飲み干した。



 

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