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一百二十五時限目 解を模索して答を導く


 佐竹君は鬱然(うつぜん)とした気分を吐露するように、八の字を寄せながら静かに語り始めた。


「それを知ったのは八月、最高気温が四〇度を超える真夏日の同人即売会──サマコミ初日。その日、俺は姉貴のサークルの売り子として急遽参加してた」


 八月と訊いて、苦い記憶が甦る。レンちゃんとの海デート、その日に起きた事故。


 ……夏休みにはいい思い出が無い。


 レンちゃんはどう思ってるんだろう? 気になった私は、テーブルを跨いだ向かい側に座るレンちゃんを一瞥(いちべつ)する。レンちゃんは手元にある珈琲を飲みながら、紙コップと前髪の隙間を覗くように私を視ていて、ぱちりと合った視線を咄嗟に外した。


 ──まだ、あの日の心痛は癒えてないのだろうか?


 一寸やそっとの時間で疼痛(とうつう)を払拭できるとは思わないけど、レンちゃんが気にする事は何一つ無い……なんて言われた所で「はいそうですか」と納得出来ないのは私も同じ。それでも前進しなければ、必死に庇ってくれた熊田さんの好意が無駄になる。だから痛くても、苦しくても、傷痕(きずあと)()んで心が悲鳴を上げても、いつの日か間違いが正解に辿り着くまで進まなければならないんだ。


 誰の為でも無く、自分自身の為に。


 私は下唇を軽く噛み、胸裏に過ぎった苦渋をぐっと呑み込んでから、目下(もっか)の問題に集中する。


「役目を終えた俺は直ぐにその場から離れて、頃合いな広場にあるベンチに座って休憩していたんだ。そしたら姉貴の彼女──名前は弓野紗子(ゆみのさこ)で、俺は〝紗子さん〟って呼んでるんだが、その人が突然現れて俺に告げたんだ」


 そこで一旦話を区切り、佐竹君は詰まる言葉を無理矢理吐き出す。


「〝琴美と結婚する〟って」


 緊張感が加速する中、それを妨げるかのように「へくち」とくしゃみをした楓ちゃんは、ばつが悪そうに左見右見(とみこうみ)して、「すみません」と頭を下げた。


「このような席で炭酸は飲むべきではないですね。……気をつけます」


「生理現象だもの、仕方無いわ」


 恋莉さん……と、レンちゃんの優しさに感激している楓ちゃんの前に座っている佐竹は、「続けていいか?」と訊ねると、楓ちゃんはフラットシートに深く座り直してから、


「話の腰を折ってしまって申し訳御座いません。どうぞ続けて下さい」


 ……と、平蜘蛛(ひらぐも)のように謝罪した。


 佐竹君は首肯だけで返してから、喉を潤そうとテーブルにあるシェイクを一口含んで「俺も失敗だったな」と苦笑い。


「どこまで話したか……ああそうだ、結婚報告された所までか。──その時は〝姉貴、結婚すんのか〟くらいにしか思ってなかったんだけどよ、これが後からおかしくなってくんだ。……〝虫の知らせ〟ってやつだな」


 うん、ちょっと違うけどいいや。


「その頃、俺も色々忙しくてな。楓や優志……優梨はわかってると思うけど」


「宿題ですね?」


 楓ちゃんは真剣な眼差しで答えた。


「その通りだ」


 私はその後に起きた『無駄に女装させられた事件』を思い出して、何とも言えない表情をしていただろう。そもそもプールを選んだのが間違いだったし、『プールで水着になれないなら楓ちゃんの家で』という流れも意味不明だ。……若いって怖い。勢い任せに行動するから、理路整然も無かったりするんだよね。


 例えば、絶対に使わないであろうと思われるガチャガチャのフィギュアか欲しくなって衝動的に回した結果、その日の夜に同じ種類のフチ子さんを机の角にフチ子して死にたくなったり、絶対に読まない〈自己啓発本〉を得意げに買って来て、本棚を視る都度気が滅入る〈自己嫌悪本〉になって死にたくなったりする。これはおそらく思春期症候群。だけどバニーガール先輩の夢は見ない。……というか、まるでアニメの総集編を観ているようんで気が気じゃないんですけど。佐竹君? 私の傷口に、塩こん部長とキャベツを和えて「はい召し上がれ」と言わんばかりに擦り込んでくるのやめてくれない? 美味しいのはわかるけど、天丼が美味しいのはお笑い界隈だけだからね?


「宿題とか色々あって忙しくしてたから、紗子さんから訊いた〝結婚報告〟を姉貴に確認する機会を逃してて、夏の終わり頃に改めて訊いてみたんだ、〝紗子さんとの結婚話はどうなったんだ〟って。そしたら姉貴が〝アンタには関係ないでしょ〟と言うもんで……姉貴と紗子さんの間に何があったか知らねぇけど、それっきり顔を合わせては口喧嘩の日々って訳だ」


「それが嫌になってユウちゃんの家に、家出同然で転がり込んだんの?」


「簡単に説明するとそうなるな」


 端折られた部分は『口喧嘩』の部分だと推察して、そこに触れる者はいなかった。


 厨房から『テレレーテレレー』とポテトの揚げ終わりを告げるアラームが鳴り、それまで沈黙していた事に気づいた。幹事役を名乗り出た以上、司会進行をしなければ。御為倒(おためごか)しに「どうしようか?」と誰に訊ねたわけでもないのに、どうしてか楓ちゃんと眼が合う。


「……困りましたね。喧嘩の原因がお二人の口喧嘩だけならどうとでもなりそうなものですが、根底にあるものが〝弓野さんと琴美さんのすれ違い〟だとするなら、私達が土足で踏み荒らしていい問題ではありません」


 解決の糸口を探すために佐竹君から事情を訊いたはずなのに、余計に困却して手がつけられなくなってしまった。これでは分別(ふんべつ)の上の分別だ。下手の考え休むに似たり、とも言える。


 楓ちゃんが言うように、これは私達がしゃしゃり出ていい問題じゃない。だから、私達が出来る事なんて何一つ無いのではないだろうか? そうやって思考が停止しそうになるが、


『本当にそうかな?』


 と、心の声が聴こえた──。




 * * *





 琴美さんの結婚問題についてあれこれディベートしても意味が無いのなら、論点を変えればいい──先ずは、妥協点を見つけるべきだ。「1+1は2じゃねぇ。200だ。10倍だぞ、10倍!」という具合に、『もうそれでいいじゃん』と思える終着点を見つける。今回の場合『結婚話のあれこれ』には手出しが出来ないのでそれを省くと、残った問題は『佐竹姉弟の喧嘩』だ。


 そこにだけスポットライトを当てて考えればいい。


 そうなると、『兄弟喧嘩の仲裁』という議題に切り替わる。


 ……猿蟹合戦なら他所でやってくれ、と文句を言ってやりたい気持ちをぐぐっと堪えて、これから誰が佐竹君とダンデライオンに付き添うのがベストなのかと思考を巡らせる。


 女性陣はパスだ。


 月ノ宮さんと天野さんは、そこまで琴美さんと親しい仲じゃないので、ふたりのどちらかを付き添わせた所で『何の用?』と睨まれて終わるのは目に見えてる。だから残った僕がベスト──とも言い難い。多分、僕がついて行っても話を余計に拗らせるだけだ。僕と琴美さんの距離は『付かず離れずの距離』と言うより『離れ過ぎず傍観ないし、達観される距離』だ。偶に会えば皮肉を交えるような関係性で、仲がいいとも言い難い。では、どうするのが手っ取り早く妥協点に辿り着けるのか。


 ──いるじゃないか。


 ここにいないけれど、一番冷静に判断出来る人材が。


 


【備考】


 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。


 こちらの物語を読んで、もし「続きが読みたい!」と思って頂けましたら、


『ブックマーク』『感想』『評価』


 して頂けると、今後の活動の糧となりますので、応援して頂けるようでしたら何卒よろしくお願い申し上げます。


 また、〈誤字〝など〟〉を見つけて頂けた場合は〈誤字報告〉にて教えて頂けると助かります。報告内容を確認次第、修正が必要な場合は感謝を込めて修正させて頂きます。


 今後も【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】を、よろしくお願いします。


 皆様が当作品を楽しんで頂けたらと、願いを込めて。


 by 瀬野 或

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