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一百二〇時限目 佐竹義信の想い


 佐竹は僕の部屋で積み上げた漫画を読みながら大欠伸をかいて、ぺらりぺらりと退屈そうにページを捲る。


 右手を枕代わりに頭を乗せて床に寝そべるその様は、まるでどこぞの県にある大仏のようだ。


 他人の部屋でここまで(くつろ)げるその神経は見上げたものだが、僕の部屋でやれる事と言えば読書以外にゲームしかない。PCもあるけれど他人に触られるのは嫌なので、部屋の片隅でご就寝中。


 ゲームをするには中途半端な時間なので、佐竹には漫画で我慢してもらい、その一方で僕は、半開きになっているクローゼットの前に立って、何を着て行けばいいのか腕を組んで考え込んでいた。


 春と夏服はあるけれど、秋冬用の女性服が無い。……優梨になる事だけを考えていたので、着て行く服が無いという事実を失念していた。


 ──これでは本末転倒だなぁ。


 服を買いに行くために女装するのに、そもそも優梨として着れる女性服が無いとは……。この際、可愛さは無視して、パーカーにジーンズという無難な格好でもいいかなぁと、寝そべる佐竹を横眼に、コイツは暖気(のんき)でいい身分だと睨みつけた。


 秋も中旬になり、寒さも一段に厳しくなった。


 残暑だった影響で野菜の値段が高騰しているが、近所のスーパーでは他店に対抗するべく、他店の値段が安ければそのチラシを提示する事で、他店の値段で販売するサービスがある。なので、足が自転車しか無くても品が安いスーパーまで齷齪(あくせく)とペダルを漕がなくて済む。……僕は主婦か。


 主婦あるあるなんて今はどうでもいい。


 僕は頭の中で繰り広げられている庶民的な発想の数々を払うように頭を振り、直面している問題にもう一度取り掛かった。


 ジーンズはいつも履いているものでいいな。パーカーはどれを着ようか? と半開きだった扉を開けて、ラックに吊るしてある服を吟味する。……黒はちょっと重たいな。白にすれば明るいし、女性でも着てそうだと取り出して、ベッドの上に広げてみると……まあ、無難なコーディネートになった。


「お、決まったか?」


 僕が服を選び終わると所在無さげに立ち上がった佐竹は、ベッドの上に広げてあるパーカーとジーンズを視て「普通だな」と呟く。


「もうちょいを可愛らしさ出せないのか?」


「それができないから苦労してるんだよ……」


 というか、それを今から買いに行くんじゃないか。僕が定期的に女性服を買っているとでも思ってるの? 生憎そんな財力は無いし、何なら冬服なんて昨年買っただけだったりするんだぞ? 身長が伸びないからね! 身長が伸びないからね……。


 佐竹は身長が高いし、外見だけで判断するならイケメンの部類だと言える。ファッションについて詳しい知識は無いけれど、モード系ストリートファッションとか似合うんじゃないだろうか? ストリートって訊くと『ラップバトル』とか『ファイター』なんて単語がチラつく僕とは違って、洋服にも力を入れる佐竹は『身支度を整える』ことだけに関しては、僕よりも上を行っている。自分をよく視せるのは悪い事では無いし、それは社会に出ても大きなアドバンテージになるだろう。


 それに引き換え、僕の身長は佐竹の頭二つ、……いや、二つ半くらい低い。小学生に間違えられる事は少なくなってきたけど、未だに『中学生』と見間違えられたりする。地声も一般的な高校生より高いので、余計にそう勘違いされるんだろう。父親に似たら、もっと男らしい風貌になったんだろうけど……体毛濃いもんな、父さん。──けれど、僕はこれでよかったと思えるくらいには、自分を理解し始めている。残る懸念は『恋愛について』だけど、こればかりは自分の中にある『性別』と『感情』に任せるしかない。


「そろそろメイクしてくるね。……覗かないでよ?」


「覗かねぇよ!」


 再びごろんと寝転がって、漫画に眼を通し始めた佐竹を視認してから自室を出た。


 いつもなら自室でメイクやら着替えをするけれど、佐竹がいる部屋で女性用の〈それら〉を身につけるのはさすがに抵抗感がある。男に裸を視られた所で羞恥心は感じないけれど、女性用の下着やら豊胸パットやらを視られるのは如何ともし難い。それらを装着する姿たるや、滑稽にも視えるだろう。


 僕は女装道具一式と着替えを持って、一階にある脱衣所を目指した。





 * * *





「ただいま」


 優梨の姿になった優志は恥ずかしそうに俯きながら、寝そべっている俺に小声で囁くように呟いた。


「おう。おかえり」


 いつもなら〈それっぽい格好〉をしているだけに、ラフな服装に身を包んでいる優梨は、『これはこれで可愛いのかもしれない』と心の中だけで思いながら、それを悟られないように飄々と返事をする。……多分、バレてるかもしれないが。それを誤魔化すように部屋を見渡してから、


「その格好でこの部屋にいると、ミスマッチ感がエグいな」


 無個性というか、無駄が無いと言うべきか。


 凡そ六畳の部屋にベッド、クローゼット、本棚、テレビとテレビ台、壁に埋め込まれたクローゼット、全身鏡、勉強卓があり、勉強卓はきっと小学校入学祝いに購入してもらった奴だろうけど、照明部分は取り払われていて、優志なりにアレンジしてある。なので、最低限の物しか置かれていない洗礼された部屋、と言うべきだろう。


「女子っぽさは出さないのか? 例えばぬいぐるみを置くとか……」


「ぬいぐるみはさて置き、私が部屋を女子らしくしたら、それこそ両親が驚いちゃうよ」


「ま、それもそうだな」


 優志、優梨の両親は女装の件を知らないもんなぁ。そんな両親が女子のような優志の部屋を視たら、吃驚仰天して腰を抜かすだろうか? 案外受け入れそうな気もしなくもない。前回鶴賀家に泊まった時に優志の両親に挨拶をしたが、あの優しそうで綺麗なお袋さんと、元気が有り余ってそうな親父さんから優志が生まれたとは思えないんだよな。


 ……どうして優志はあんな皮肉屋な性格になったんだ?


 優志とこれまで(つる)んできて、その実、優志の事を未だに知らないでいる。自分の事についてはあまり語らないヤツだけど、その内に話してくれるだろうか? 本来の優志は恐らく優梨の性格を足して二で割ったような性格なんだろうと俺は勝手に思ってるんだが、それも推察の域を得ない。本当の優志は優梨でもなく、その間にあるのなら、俺は……


「どうしたの?」


「ん? いや、ちょっと考え事をな」


「慣れないことはしない方がいいよ?」


「俺にだって悩み事はあるんだぞ!?」


 優梨は「うーん」と唸りながら首を傾げて、頬に指を当てて考える真似事をする。指が当たる頬が窪んで、柔らかい頬なんだろうなと触ってみたくなる衝動に駆られた。


「わかった。エッチな悩みだね?」


「ちげぇよ!?」


 頬をツンツンするのはエッチじゃないよな? 頬だから普通にセーフだろ? ……なんで必死に言い訳を考えてるんだ。


「そろそろ出発しよっか」


「もうそんな時間か……よっと」


 立ち上がって、積んでいた漫画を本棚に戻した。


「二人と合流するまで、佐竹君と二人きりかぁ……。ちょっとしたデート気分だったりする?」


 優梨は冗談だよと言いそうに微笑む。


「そう言うから意識すんだろが。……でも、それも悪くねぇかな」


「え? あ、うん。……あはは」


「……冗談だっての」


「それ、私のだよ!?」


 こう言うのは言ったもん勝ちだ。


 冗談だとわかっていて、それを鵜呑みにマジで語るのも、冗談だと御為倒(おためごか)しにしらばくれるのも……俺がお前を好きだというのも、全部引っ括めて。


 コイツを守ってやりたいと思ったあの日からずっと、俺はコイツに惚れている。まだ流星のように割り切った考え方は出来ないが、この気持ちだけは冗談なんかじゃない。


 コイツが心から笑えるように、これからも勉強しねぇとな。ええと、こういうのはなんて言うんだったか……嗚呼、そうだ。


 磯の(あわび)の片思い、だったかな──。



【備考】

 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。

 こちらの物語を読んで、もし、「続きが読みたい!」と思って頂けましたら、『ブックマーク』『感想』『評価』して頂けると、今後の活動の糧となりますので、応援して頂けるようでしたら、何卒、よろしくお願い申し上げます。

 また、誤字などを見つけて頂けた場合は『誤字報告』にて教えて頂けると助かります。確認次第、もし修正が必要な場合は感謝を込めて修正させて頂きます。


 今後も【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】を、よろしくお願いします。



by 瀬野 或


【修正報告】

・2019年2月21日……誤字報告による修正。

 報告ありがとうございます!

・2020年3月2日……誤字報告による脱字修正。

 報告ありがとうございます!

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