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一百十八時限目 やはり彼の日本語は独特である


 玄関を開けて話していたせいか、室内の温度が急激に下がった気がする。それでも、玄関先でああだこうだと言い合うよりはマシだ。


 冷たい空気を遮断する壁が有るのと無いのでは、体感温度が断然違う。


 佐竹はうちに泊まった事があるので、勝手はそこそこに知っていて、僕がリビングに案内しなくても、佐竹はうちの間取りをある程度把握している。だから一々「ここがリビングだよ」と案内する手間は無いが、こうも我が物顔で廊下を歩かれると、それはそれで思う所はある。だけれどそれは、心の声だけに留めておいた。


 リビングのドアを開くと、ようやくホットした空気に包まれた。


 暖房によって温められた部屋に、僕がさっきまで飲んでいた珈琲の香りが満ちている。そして、点けっぱなしにしてあるテレビには、大人気アーティストのライブ映像が流れていた。


 佐竹を適当に座らせてから、僕はキッチンに移動して電気ケトルに水を入れて電源を入れる。約一分くらいで沸いたお湯を、用意したマグカップに粉末状の珈琲の粉を入れてお湯を注ぐ。はい、これでインスタントコーヒーあらため、『苦いお湯』の出来上がりだ。


「はいどうぞ」


「ん? ああ、サンキュ」


 インスタントコーヒーを淹れて渡すと、佐竹は両手で受け取って、ふうふうと微かに冷ましてから飲んだ。「砂糖とミルクは?」と僕。佐竹はそれに、首を左右に振るだけで答えた。


 砂糖、ミルクの確認を終えてから佐竹の向かい側、テレビが観える位置に腰を下ろす。


 こうしてここに佐竹と座るのは夏休み以来で、懐かしいようで懐かしくないような、ちょっと懐かしい記憶が蘇った。──そういえば冷蔵庫の奥に桃屋の食べるラー油があったな。あれ、いつ買ったんだろう?


 情報番組は人気アーティストのインタビューから、旬の食べ物特集に変わっていた。


『本日おすすめするのは、東京都目黒区にある和食屋さんです! こちらのお店では……』


 ……と、現在売り出し中のアナウンサーが、鼻をひくひく膨らませて大袈裟に興奮しながら懸命にレポートしている。そして、いざおすすめの料理を口に運んでから、あざとく『んーふー』した所でイラッとした僕は、リモコンに手を伸ばしてテレビの電源を落とした。


「……それで、匿うってどういうこと?」


 閑話休題に話を進めようと佐竹に眼を移す。


 佐竹は珈琲が湯気立つマグカップをゆっくりテーブルに置いてから、「それなんだけどな」と遠慮がちに口を開いた。


「姉貴が結婚するって話、以前にしただろ?」


 佐竹の姉、琴美さんには長い年月の間付き合っている『彼女』がいて、最近その彼女と『事実婚する』とか何とか佐竹がちらりと言葉にしていたのを思い出して、「ああ」と僕は手を叩いた。


「そう言えばそんな話あったね。……まだ解決してないの?」


「解決してたらお前を頼らねぇよ……」


 ──と、佐竹は肩を落として虚脱感を露わにする。


 佐竹は再びマグカップを左手で持つと、ふうふうしながら珈琲を啜る。……どうやら『ふうふう』が足りなかったようで、口に含んだ瞬間に顔を歪ませた。


「それと〝僕の家で佐竹を匿う事〟と、どう繋がるのさ?」


 他人の事情に土足で足を踏み入れる程、僕は行儀悪くない。だけど佐竹は、もううんざりだと言わんばかりに頭をガシガシ掻き毟った。それを視て邪険に扱うのもきまりが悪い気がするし、佐竹の話を訊かずして、答えを出せる問題ではなさそうだ。


「姉貴が結婚を渋ってたのは、優志も姉貴の態度を視たからわかるだろ?」


 どうだったっけなぁ……と、僕は夏に佐竹家を訪ねた記憶を辿ると、言われてみれば確かに、あまり歓迎されているような雰囲気は感じなかった。まあでも、人間なんて浮き沈みがあって当然であり、僕にはたった数一〇分会っただけで全てを判断出来るようなメンタリストの能力も無ければ、左手をかざせば残留思念を読み取れるサイコメトラーでもない。


 ましてや相手は、あの琴美さんだ。


 超気まぐれの気分屋な性格で、厄介事を持ってくるのはいつもの事じゃないか。厄介事を持ってくる事に関して言えば佐竹もそうなんだけど、今そこを指摘しても話は進まない。


「……で、だ」


 佐竹は「で」を強調してから、身を乗り出して本題に移った。


「あまりに当たりが強いもんだから言い合いになってな? 売り言葉に買い言葉もあって、家を出てきたってわけだ」


 どうしてか自慢げに話す佐竹が鼻につく。何なら今からお帰り頂いてもいいんだけど? と喉まで出かけて、それを飲み下した。


「話の概要は多少理解出来たけど、それで、……何で僕の家なの? 佐竹のお仲間の〝パーリーピーポーウェーイの民〟は他にもいるじゃん。たしか……」


 学園祭でコップを割ってうじうじしていた彼、えっと名前はうじ、うじ……宇治金時だか宇治抹茶とか、そんな感じのかき氷や団子と一緒に食べたら美味しそうな名前だった気がする。 


「どんな民族だよ!? ……宇治原の事か?」


「そう、それそれ」


 僕はうんうん頷く。


「普通に考えて、こんな朝早くに悪いだろ?」


 ……おい、ちょっと待て。訊き捨てならないんだけど、僕ならいいって理屈はどういう事なのか?


「それに、自宅を知ってるのは優志と楓の家くらいだしな。……楓なんかに頼めないだろ、普通に考えて」


「そりゃそうだね」


 月ノ宮さんに頼むのは健全ではないから僕の家を選んだのは正解だけど、急に来られても迷惑なのは、どうもご理解して頂けないようだ。


 これがもし今日じゃなければ、すんなり……とまでは言えないけれど、それなりに対応していただろう。でも、今日は午後から月ノ宮さんと天野さんを連れて服を買いに行く予定がある。しかもそれが『女性服』だからあまり佐竹と一緒に行きたくないのが正直な感想だ。昨日の夜のうちに『優梨の姿で向かう』とふたりに伝えてしまったので、ふたりもそのつもりで色々と考えてくれているだろう。


 例えば、僕に似合いそうな服とか美味しいクレープ屋さんとか、……インスタ映えしそうな壁とか? ──女子高生への偏見が半端ないって。後ろ向きのボールめっちゃトラップしそう。


 だからと言って佐竹を自宅に放置するのも嫌だし、というか佐竹を自宅に放置するという選択肢が無い。他人を自宅に放置する程僕は能天気ではないぞ。別に佐竹が信用出来ないなんて全然言ってないんだからね! 勘違いしないでよね!


 佐竹の所在をどうするべきだろうか悩んでいると、「もしかして何か予定があったか?」と、ばつが悪そうに佐竹が訊ねてきた。


「そりゃまあ、用事はあるけど……」


 佐竹を同行させる。──この判断は、僕が独断していい問題じゃないよなぁ。


「実は今日、月ノ宮さんと天野さんと一緒に〝女性服〟を買いに行く約束してたんだ」


「なるほどなぁ……、え? 女性服? メンズじゃなくて?」


「何その〝今初めて僕が優梨だって知りました〟みたいな反応。そしてその〝メンズ〟って言い方がムカつく」


 なんでたろう。佐竹が『メンズ』って言うと、ガイアが囁きそうだからムカつくんだよなぁ。どこまでもクレバーに抱きしめられそう。


「いやその、お前がそんな堂々と〝女性服を買いに行く〟なんて言うもんだから吃驚したんだって。だってお前、そこまで女装に興味無いと言うか、無理強いさせられてたっぽかっただろ?」


「無理強いしていた自覚はあったのか……。まあ、紆余曲折を経て、僕も自分の気持ちに正直になろうって決めたんだ」


「そ、そうか。……俺としては嬉しいけど、何だか複雑な気分だ」


「取り敢えず佐竹は天野さんに電話、僕は月ノ宮さんに電話するから、佐竹は天野さんに繋いだらスピーカーにして」


「いや、グループ通話でよくね?」


 グループ通話って何それ殺すぞ。


 ……あ、つい流星の口癖が移っちゃった、えへ☆


 まあ、僕がそんな新機能(ハイテク)をつかこなせるはずが無いので、操作は佐竹に任せる事にした。


 佐竹のグループ通話の説明を要約すると、


『グループ通話するとガチで楽。てか、普通にマジで楽しいから時間忘れるぞ。棚からぼた餅レベル!』


 ……との事。


 つまり、佐竹は日本語が相変わらず不自由らしい。

 『惑星佐竹』の王子様だから仕方が無いよね。


 取り敢えず小学一年生から国語の勉強をやり直して欲しいレベル! ……割とガチで僕はそう思うんだけど、佐竹ってもしかしたら日本語が不自由になる病気にでもかかってるんじゃないかって、最近、本気で思い始めてきたんだよね。というか、ことわざの使い方が独特過ぎて、もう意味がわからないんだよなぁ。



【備考】

 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。

 こちらの物語を読んで、もし、「続きが読みたい!」と思って頂けましたら、『ブックマーク』『感想』『評価』して頂けると、今後の活動の糧となりますので、応援して頂けるようでしたら、何卒、よろしくお願い申し上げます。

 また、誤字などを見つけて頂けた場合は『誤字報告』にて教えて頂けると助かります。確認次第、もし修正が必要な場合は感謝を込めて修正させて頂きます。


 今後も【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】を、よろしくお願いします。



by 瀬野 或


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