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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二章 It'e a lie, 〜 OLD MAN,
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一十二時限目 ダンデライオン 1/3


 空気のように徹するのは、案外難しいものだ。


 順風満帆に小学校、中学校を卒業した人には不可能である。


 なぜなら、彼、彼女たちには、多かれ少なかれ〈友だち〉がいるからだ。いや、『いたから』と訂正するべきだろう。


 中学時代に友だち作りのノウハウを会得した彼らが、高校生になってどうなるかと言うと、自身の経験を生かした言動で友人関係を築いていくのである。


 つまり、友だちを作ったことでクラス全体に認知されて、同じ趣味を持った者たちが集まってくるのだ。


 そんな者たちに『明日から空気のように生活をしろ』と言ってもできるはずがない。


 空気のような存在とは、ある意味、現代の忍者とも言える。


 隠密活動を基礎として、だれに悟られることなく帰宅する。他人に迷惑をかけず、いざこざに介入もしない。重要なことだ。その禁忌を破れば文字通り浮いてしまからな! 水の中に油を一滴たらしてみれば理解できると思うが、そうい具合の浮き具合である。


 偶に、ごく稀なケースではあるが、空気のような存在というのを『自分は他のヤツらとは違う』と勘違いする輩がいる。あれはいただけない。


 たしかに、空気のような存在に徹するということは、烏合の衆に属さない孤高の生き方だ。然し、その生き様を誇ってはいけない。


 一匹狼なんて呼び方もあるけれど、一矢報いるなんてできるはずがないのだから。


 狼のように立派な牙が生えている訳でもなし、血迷えば単なる厨二病。違いのわかる自分かっけーでしかない。それは痛い、痛過ぎて目も当てられないから本当にやめたほうが賢明だ。


 本物の『空気のような存在』とは、誇ることにあらず、自分が他者よりも劣っていると自覚して、充実した生活を送っている者たちの邪魔にならないよう慎ましく生活することと知れ──。










 天野さんとの一件から一週間が過ぎた。


 あの日の翌日、佐竹と月ノ宮さんを呼び出して『ある提案』をした。


 その提案とは、以前から不満に思っていた『僕の呼び方について』である。


 天野さんは、優梨に扮した僕のことを〈ユウちゃん〉と呼ぶのだが、その一方で、佐竹と月ノ宮さんも僕を〈ユウ・ユウちゃん〉と呼ぶ。


 僕のような勘のいいガキは、この時点でぴんとくるはずだ。そこを天野さんに指摘されでもしてみろ、言い逃れは困難を極める。


 精査の結果、〈優志・優志さん〉に決定した。


 違和感を覚えるあだ名を撤回することに成功したのは喜ばしいのだが、呼び方なんて、彼らにとっては些細な変化でしかないのだろう。


 あだ名とは、常に変化するものだからだ。


 例えば、クラスに『山崎』という人間がいたとする。


 山崎君が最初に与えられるあだ名の第一位は〈ヤマちゃん〉だ。派生系の〈ヤマさん〉も(きん)()ではあるが、その場合は性別が左右する。女子山崎なら〈ヤマさん〉の確率がちょこっと上がるけれど、そんなのは気分次第であり匙加減だ。


 変わり種として〈学級王〉もあるが、あの漫画の存在を知らない限り絶対に呼ばれない──てか、この世代では僕しか知らないだろうな。


 しっかし、なあ……。


 父さんもよくあんな古い漫画を取っておいたものだ。


 父さんの書斎にはいろんな本があるけど、懐かしい漫画もごろごろ有って、日がな一日を過ごすには最適とも言える。


 けど、残念ながらほとんどの漫画は読み終えてしまっていた。


 今度は母さんの部屋にある本棚を漁ろうかと企てているが、それはまた置いておくとして──。


 ヤマちゃんから始まって、季節が変わるごとに新しい呼び名を与えられ、最終的にはあだ名ではなく〈ヤマザキ〉や苗字で呼ばれるのが終点。


 僕は、その工程を全て突破しただけのこと。


 とはいえ、優志と呼ばれるのに抵抗がないわけじゃない。


 本来ならば〈鶴賀・鶴賀さん〉呼びが妥当だろう。


 月ノ宮さんはだれに対しても『さん』と敬称で呼ぶからいいとしても、これまで同年代の男子に〈優志〉と呼ばれたことはなかった。だからこそ、『鶴賀でいい』と言明した。


 然し、佐竹が『そんなの他人行儀過ぎるだろ』って許してはくれなかった。


 いやいや、僕と佐竹は(すべから)く他人だからね。


 親戚同士でもないんだから鶴賀でいいだろ──とは思ったけれど、彼なりの(こだわ)りみたいなものがあるらしく、『友だちなら下の名前で呼び合うのが常識だ』と豪語していた。


 嘘つけ、僕は知ってるぞ。


 佐竹の仲間内に『なんちゃらっち』ってあだ名を持っている人物がいることを。


 ところでの話ではあるけれど、僕はいつの間に佐竹と友だちになったんだろうか? うーん、記憶に無い。


 なにかの拍子で別の世界線に移動したならばこういうこともあり得る。けれども、直近でトラックに轢かれた経験はないしなあ……。それは異世界に行く方法だった。


 異世界というと、昨今はファンタジーのイメージが強く出ている。それには某・ライトノベルの影響が大きく関係してるのだが、もう一つ……本来の意味での異世界も想像してしまう。


 エレベータを使って異世界に行く方法があるって中学校の頃に噂が立ち、実際に異世界を見たっていうヤツもいたけど、では、その異世界がこっちの世界と瓜二つだったらどう見分けをつけるんだ? などと話しているのを小耳に挟んだ。


 異形の者がいたら話は別だけど、価値観も、政治も、世界的ルールすらも同じだった場合、無意識に足を踏み込んでそちら側に渡ってしまったら──ああ、自分は夢でも見たんだろうってそのまま異世界で暮らすことになりそうで怖い。


 どちらにしても、だ。


 彼に対しては〈佐竹・佐竹君〉呼びで通すだろう。


 問題なのは、目の前にいる大和撫子こと月ノ宮楓だ。


 彼女の策略で女装を継続しなければならなくなったのだが、問題はそれだけでは収まらない。


 その問題とは、月ノ宮さんが僕に対してフレンドリーに接していることで発生する弊害にある。空気でエアーマックスな存在のはずであろう僕が、月ノ宮さんのせいで悪目立ちしているのだ。


 これは、誠に由々しき事態である。


 ああ痛い。非モテ男子からの妬みの視線が痛々しいが、そんな彼らは、彼女の本性を知らないのだ。頻りに話題に出す『大和撫子』なる人物のどす黒過ぎる裏の顔を。


 僕だって月ノ宮さんの全てを知っているわけじゃないし、全てを知りたいなんて思わないが、彼らには『月ノ宮楓の容姿』しか見ていないように思える。


『日本人形みたいだ』


『高嶺の花だ』


『腹黒妖怪』


 とか……最後のはだれの感想だろうね? いやはや、僕にはさっぱりわからないなあ。


 この腹黒妖怪が僕に近づいてくるのは、なにか企んでいる証拠だ。正直な話、あまり相手をしたくない、と言うのが感想。


 だからと言って邪険に扱えば、月ノ宮さんをアイドル視している軍勢に『アイツ調子に乗ってる』なんて陰口を叩かれるだろうし、親しく接してみても、やはり『アイツ調子に乗ってる』と睨まれる。なにこれ、既に詰んでるじゃん。


 とどのつまり、僕は月ノ宮さんに対して『好意』も『敵意』も第三者に悟られてはならない──はあ? なんで僕だけが自分のクラスでメタルギアをソリッドしながらスネークする羽目になっているんだ。



 

【修正報告】

・2019年2月2日……誤字報告による誤字修正。

 報告ありがとうございます!

・2019年2月19日……読みやすいように修正。

・2019年3月11日……本文の加筆、改稿。

・2019年7月17日……本文の修正。

・2019年11月19日……加筆修正・改稿。

・2021年7月26日……前書き・本文の微調整。

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