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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一章 Change My Mind,
23/677

十一時限目 そして僕の物語が始まる 2/2


 私は、私の友だちを大切にしたい。


 優梨は、友だちを大切にする女の子だから。


 この関係が幻のようなものだったとしても、白昼夢だったしても、夜空に浮かぶ五等星にはなり得るのだ──優梨(わたし)にとっては。 

 

「こんなこと、突然言われても戸惑うだけだと思うけど訊いてもらえる?」


 レンちゃんは私の機嫌を(うかが)うように、両手でもったティーカップに目を落としながら訊ねた。


「うん」


「私ね? ずっと恋愛に憧れてたんだ。でも、私の性格って結構キツいから、男子には見向きもされなくて──」


 キツい態度を取ってしまうのは照れ隠しもあったはずだ。そして、身を守るための盾でもあり、矛でもあった──と、私は解釈する。


「それに、恋愛に憧れてても、男子にときめいたことがないの」


 ──一度も?


 ──ええ、本当に無いわ。


 レンちゃんは自分自身を嘲笑するかのように力無く笑い、ティーカップをそっと受け皿に置いた。


「自分の名前に〝恋〟が入ってるのに、それを体験できないなんて笑っちゃうわよね」


 そんなの、笑えない。


 レンちゃんが自分を卑下したくなる気持ちはわかる。


「そんなことないよ。私だって──」


 そうだから、とは言えなかった。


 この感情は私のものじゃない。()()のものだから、続く言葉を喉奥に押し戻した。私は明るくて、気さくで、誰にでも分け隔てなく接する女の子なんだ。優志のように、偏見過多な性格じゃない。自信を失ったのは、私じゃないのだから。


「どうにかしたくて佐竹に告白してみたの。アイツさ? バカだけど結構周りを見てて、楽しいほうに引っ張ろうとするんだよ」


 私と楓ちゃんを教室から逃がそうとしてくれたときもそうだった。わざと自分に視線を集めようと大袈裟に声を大にして皆を煽り、危機を回避させてくれたのは記憶に真新しい。


「佐竹なら私を──そう思ったんだけど、それは私のエゴだったって告白してから気がついて」


「うん」


「謝ろうとしたの」


 だけど──。


「変なプライドがそれを邪魔して素直に謝れなくて」


 その後の流れは佐竹君から訊いている通りで、その事件をきっかけにして、私は私になることになったんだ。


 レンちゃんの瞳は滲んでいて、涙が零れてしまいそうになっている。この話をするのも、レンちゃんは自分のプライドを捨てて話してるんだな。つまり、これこそが『本心』なんだろう。


「流れに任せる形でユウちゃんに会って……心を奪われちゃったの」


 ──ごめんね、こんなのおかしいよね。


 ぽろりと雫が一つ、テーブルに落ちた。


 おかしくない、と言ってあげたい。でも、私にはまだ理解のできない世界だとも思う。おそらく、踏み出した一歩は同じなんだ。違うのはその歩幅。勇気を出して踏み出した一歩と、成り行きで踏み出した一歩が同じなんてことがあっちゃいけない。


「同性を好きになるなんて普通じゃない……でも、このファミレスの前を通るとき、いつも、ユウちゃんがいないか確認している自分がいて」


 物心ついた頃から同性に対して恋愛感情を抱いていたら、レンちゃんは同性の恋愛を『普通のことだ』って認識してたかもだけれど、自分の恋愛を知ったのが昨日、今日の話なら『異常』と捉えても仕方が無い。受け入れるには、いままでの恋愛価値観を一八〇度変えなきゃならず、拒絶される覚悟も必要になってくる。


 そして、その覚悟が決まったのだろう。


「だから今日、自分が本当にユウちゃんのことが好きなのか確かめたくて呼んだの」


「そうやって自分と向き合ったレンちゃんは凄いと思う」


 逃げないで、ちゃんと向き合って答えを出そうとした。尊敬に(あたい)すると言ってもいい。


「ありがと」


 いまにも消えてしまいそうな感謝の言葉は、店内の喧騒に掻き消されてそうだったけれど、私の耳にはしっかり届いた。


「答えなくていいから、訊いてくれる? 私の本心──ううん、本音」


「うん」


「私は……、ユウちゃんが好きです」


 ばくんと心臓が跳ね上がるのを感じた。


 これが、告白。


 生まれて初めての経験だが、この姿で体験するのは手放しで喜べない。然し、優志の姿で告白されたとしても、答えは変わらない気がする。私は、本当の自分が()()()なのかわからなくなってしまったのだ。この姿で過ごす時間は気苦労が途絶えないけど、素直な気持ちを表に出せる。逆に、優志の姿のときは気楽だが、喜怒哀楽を表現するのが難しい。どちらも同じ自分なのに、どちらも自分じゃない気がして始末が悪い。 


「ありがと、嬉しいよ」


「答えなくていいって言ったのに、ばか」


 テーブルの上にボロボロと涙を零しながら笑った。 哀しげなその笑顔は、いつまでも忘れられそうにない。


 真摯に自分の気持ちと向きあった彼女と、未だに自分を否定し続けている優志(かれ)はとても対照的で、優志の隠れ蓑のような私が彼女と向き合う資格なんて無いのかもしれない。だけど、私は〈優梨〉だから──私らしく接しよう。


「やっぱ、こういうのは柄じゃないわ……」


「そんなことないって」


「そう? ……なんだかお腹空いちゃった。なにか食べない?」


 それから私たちは軽く食事をして、アドレスを交換して別れた。


 これからは『友だち』として付き合うことを約束して──。





  * * *





 百貨店二階の多目的トイレ、ここをあと何度利用することになるだろうか。


 優梨を自分から剥がした僕は、強烈な吐き気を覚えて、さっき食べたパスタを全て便器に吐き出した。


「最低な気分だ、クソ」


 いくら自分のタメだからって、やっていいことと悪いことがある。他人を出し抜いてまで掴む(あん)(ねい)は、心に大きな暗闇を落とす。まるで、光のない洞窟の中を彷徨っているかのようだ。ゴールなんてどこにもない、そんな気分。


 これ以上、僕は優梨にはなれない。


 それを体現するかのように、拒絶反応として吐き気を催しているのだろう。僕はただ、無難に生活できればそれでよかったんだ。友だちも恋人もいらない、それは僕ではない誰かがやっていればいい。


 これ以上、僕を巻き込まないでくれ。


 僕に期待したって、なんの意味もないんだ。それなのに、どうして佐竹や月ノ宮さんはわからないんだろうか。


 クラスで空気な僕だぞ?


 体育の時間にペアがいなくて溢れる僕だぞ?


 だけど、僕は優梨でいる時間の楽しさを知ってしまった──それ故に、僕は僕が嫌いだ。


 天野さんは、本当に凄い人だと思う。


 真剣に自分の気持ちと向き合う原動力には、感服せざるを得ない。皆、僕以上に人間をやれている。じゃあ、僕はなんなんだ? 人間ですらやれていない僕は、一体、何者なんだろうか。


 透明人間みたいな──インビジブルな存在だ。


 レバーを引くと、吐き出したモノを渦巻くように吸い込んでいく。僕が吐き出したモノの正体は、自分自身だったのかも知れないな。本当に? ただ悲観している自分に酔いたいだけじゃないのか? 悲劇のヒーローは気持ちいいからと逃げているだけじゃないだろうか、とハンカチで口元を拭った。


 天野さんがそうしたように、僕も知るべきなんだろう。


 僕が僕であること。


 僕が作り出した『優梨』という架空の女の子について。


 頭の悪い僕に答えが導き出せるとは到底思えないけど、生み出したのは僕であり、佐竹や琴美さんや月ノ宮さんではない。


 優志として生きること。


 優梨として存在すること。


 二人が相対する存在なら、便器に嫌悪を吐き散らした僕は誰なのか。





 この日から、本当の意味での物語が始まる──。


 女装男子のインビジブルな恋愛事情なんて誰の興味も引かないだろうし、誰の記憶にも残らないだろう。


 その名の通り『インビジブル』だけど、悩み苦しんだ先にある『答え』が『現実』だと、僕は信じることにした──。



 

【一章を書き終えて 瀬野 或】


 一章『Change my mind』を読んで頂きまして誠にありがとうございます。そして、お疲れ様でした。まだまだ拙い文章で読みにくい場面もあったと思いますが、それでもここまでお付き合い頂けたこと、本当に感謝しております。


 女装男子のインビジブルな恋愛事情。は、前作を書き終えることができず辛酸を舐める結果となり、『もっと文章力を身につけよう』と意気込んで執筆し始めた作品でした。そして、その気持ちは今も変わりありません。どうすれば読者である皆様に満足して頂けるか、楽しんで頂けるか、自分が満足できるかを念頭に入れ、これからも執筆に励む思いです。もし、これからも応援をして頂けるのであれば、ブックマーク、感想、評価ボタンを押して頂けたら幸いです。


 それでは、二章でお会いしましょう。

 これからも応援をよろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


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・報告無し。

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