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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
七章 We can make a world of different,
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九十八時限目 梅高祭 ③


 姿見に映る自分を視て思う。


 こうして改めて視ると、これが『鶴賀優志(わたし)だ』って言われても、理解出来(わか)るひとはこのクラスにいないだろう。……彼と、彼女ふたりを除けば。


 だからと言って、『私可愛い』と自惚れているわけじゃない。単純に、鏡に映し出されている自分の原形が無さ過ぎて驚いているだけだ。


 和服を自分で一人前に着れるようになるには、気付教室に六回くらい通わないといけないらしい。──それくらいの回数は重ねているし、ある意味『努力の賜物』だろうそれが、好きこそ物の何とやらになってしまっていないだろうか? と、不安にもなる。……でも、その不安自体すっかり慣れてしまった私は、桃色の口紅と一緒に雑感も唇に馴染ませて、仕上がった自分を視てから小さく「よし」と呟き、気持ちを優梨(わたし)に切り替えてカーテンを開いた。





 楓ちゃんは私を一周しながら、おかしな所がないか入念にチェックしている。「殿方なのに、この(くび)れは狡いです……」とか、「間尺に合わない」とか、そんな事を一頻り小声で唸りながら私の前に戻ってきて、


「……さすがです、よく似合ってます」


 と、妬むような眼で、心にも無い賛辞を私に送った。


 ……言葉に棘を感じるは、私の気のせいだと思いたい。


 楓ちゃんは決意するように「ダイエットしなければ……」と零してから、気を引き締めるように襟を正して、「これからの方針を話します」と語り始めた。


「先ずは、夜中にこっそり食べてしまうお菓子を止めます」


「あ、……うん。それ、ダイエットの方針だよね?」


「あ」


 楓ちゃんは顔に紅葉を散らして、失態を恥じながら両手で顔を隠す。そして、指の隙間から覗き込むように私を視ながら、「すみません」と謝った。


 感情が先走るのは楓ちゃんらしい。なので、特に気にしないけど、辺り構わず恥じらうその姿が微笑ましくて、つい頬が緩むと、楓ちゃんは赤く染まった頬を膨らませながら、柳眉を逆立てる。


「優梨さん? それとも〝優志さん〟と呼んで欲しいですか?」


「そ、それは……っ」


 これが月ノ宮のやり方かーッ! と、叫びたくもなるけど、そう言えば、これが本来の月ノ宮家のやり方だった。楓ちゃんは口を開けば、『どんな手を使ってでも』と豪語しているのを思い出す。


「ご、ごめんなさい……」


「ご理解頂けて助かります」


 ──やっぱり、敵に回さない方が得策だ。


 そう言えば、誰かを待たせていた気がするんだけど、誰だったけ……? 確か、あま、あま……。私が小首を傾げながら「あまあま」と呟いていると、楓ちゃんがぎろりと睨む。違うんです。夜食代わりのお菓子の話ではないんです。


「楓ちゃん。誰かを待たせてなかったけ? ほら、あの……天羽々斬(あめのはばきり)みたいな名前のひと、いたでしょ?」


「何ですか、その覚え方。八岐大蛇(やまたのおろち)でも討伐しに行くんですか……」


「因みに十握剣(とつかのつるぎ)って呼ばれたりもするよ? あ、戸塚君だ!」


 やたら遠回りして、何なら倭の国時代まで遡って覚えていたのか。同じクラスのひと達に興味が無さ過ぎるのも、そろそろ直さなきゃ駄目だね。


「全然違います。もしそうでしたら優梨さんは油断し過ぎです。……〝雨地流星さん〟です」


 なるほど、それは全然違いますね。しかし、ツッコミに戸塚部長の名言を織り交ぜてくるとは、楓ちゃん、さてはテニプリファンね! 私は沖縄の木手君推しまであるんだけど、テニスなのに『殺し屋』の異名が付くってどうなんだろうね? まあ、現環境だと強ち間違いじゃない異名でもある。試合の最中に津波や竜巻とか当たり前で、何ならもう人間辞めてるけど。天衣無縫の極みとか、それって身勝手の極意に通じない? つまり、彼らは実質サイヤ人で、かめはめ波をドライブBで打ち返すまである。


 ……なに、考えてるんだろう?


 しかし、雨地流星とは凄い名前だ──要するに、『流星が大地に雨の如く降り注ぐ』って事でしょう? 絶対にメテオ唱えてるじゃん。じゃあ、雨地君の事は、当面の間、『メテ男』って覚えておこう。


「そう言えば、整列を任せていましたね。すっかり忘れてました」


 メテ男、強く生きて行こうね……。


「呼びに行ってきますので、少々お待ちを」


 楓ちゃんがメテ男を呼びに行っている間、私はバックヤードにひとりで取り残されていた。誰ひとりとしてサボローに唆されないのは、きっと、皆がやる気スイッチを押し合ってるからだろうか? ……誰か私のやる気スイッチも押してくれない? いや、現場に出れば否が応でもやらなきゃならない。そもそも私が『鶴賀優志』だと気づかれないためにも、それこそ死に物狂いで働かなければならなくなるだろうなぁ。面倒臭──おっと危ない、優志が出てきてしまいそうだった。……今は優梨なんだから、健気な新卒のように『頑張るぞい!』ってしてないとね。


 それにしても居心地が悪い。普段もそうなんだけど。だから今更ではあるんだけど、学園祭でクラスの皆が一致団結している最中、無我の境地を開いて、与えられた仕事を寡黙な職人のようにこなしていたから、案の定、私は空気で、今は不本意な女装まで……。


 居心地悪くて人心地も無い。更に、クラスのエリートヤンキーメテ男にまで絡まれて負の連鎖。だけれど「ぱよえーん」とも泣くに泣けず、「ばたんきゅう」と鳴いたとて『殺してしまえ、ホトトギス』言われそうな状況。


 地獄かな? 地獄じゃないよ、監獄だよ? どっちに転んでも『獄』は変わらずインフェルのってます。──インフェル、入ってる?


「お待たせしました」


 楓ちゃんの後ろには、細い眼を見開いて、開いた口が塞がらない、を体現したような表情を浮かべるメテ男の姿がある。


「お、お前。本当にさっきのアレ(・・)か……?」


 アレ扱いとは酷い言い様だ。……まあ、ヤンキーなんてそんなもんだと無理矢理納得する。


「楓ちゃん、雨地君に説明したの?」


「ええ。あの状況で説明しないわけにもいきませんから。大丈夫です。もしこれで優梨さんに迷惑がかかるようでしたら、その時は……」


「わ、わかってる! ……他言は絶対しない」


 楓ちゃんは釘を刺すようにメテ男を睥睨すると、メテ男は恐怖で色を失ったように顔を歪ませる。……一体、どんな風に説明したんだろうか。おおよその見当は付かないわけじゃないけど、私は三猿を決め込んだ。


「それじゃ、私が着た後で申し訳ないけど……、燕尾服は棚に入れてあるから」


「あ、ああ。……お前、本当に鶴賀なんだよな?」


「そうだけど、……なに?」


「さっきとキャラが全然違うんだな」


 そりゃそうでしょ。


 こっちはバレないように必死なんだから、他人に成り済ますくらいの芸当が出来ないとやってられないって。──とは言えず、なぜか「ごめんね」と謝ってしまった。だってヤンキー怖いじゃん! 捨て猫に餌を与える所を好きな女子に目撃させたりしがちじゃん! からのトゥンクさせるじゃん! 嗚呼、ヤンキーって怖い。

 

「別に謝る必要無いだろ。……似合ってるしな」


「え」


 普通なら気持ち悪いとか言われるタイミングじゃないの……? そういう反応をされると思ってたから身構えてたけど、案外、メテ男は悪いヤツではないのかもしれない。──メテ男の本名って何だっけ? 越前だっけ。乾、……ではないよね。ま、いっか。


 メテ男は臆面もなくそう言うと、足早に簡易着替えスペースへと入っていった。


「優梨さん。もしかしたら、雨地さん。優梨さんの姿に一目惚れしたのかもしれませんよ?」


 楓ちゃんが私の耳元で囁くと、「モテモテですね」と悪戯っぽく微笑んだ。


 そっか。そうだった……。


 メテ男の名前は、雨地だった。


 だけどきっと、数分後には忘れてるんだろう。


 彼との関わりなんて学園祭が終われば、そのまま自然と切れるんだろうし──。




【備考】

 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。

 こちらの物語を読んで、もし、「続きが読みたい!」と思って頂けましたら、『ブックマーク』『感想』『評価』して頂けると、今後の活動の糧となりますので、応援して頂けるようでしたら、何卒、よろしくお願い申し上げます。

 また、誤字などを見つけて頂けた場合は『誤字報告』にて教えて頂けると助かります。確認次第、もし修正が必要な場合は感謝を込めて修正させて頂きます。


 今後も【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】を、よろしくお願いします。



by 瀬野 或


【修正報告】

・2019年3月8日……読みやすく修正。

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