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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一章 Change My Mind,
22/677

十一時限目 そして僕の物語が始まる 1/2


 レンちゃんはあの日と同じ席に座って、アイスコーヒーを飲みながら窓の外をぼんやり眺めていた。


 私を探しているんだろうか?


 ()(ぞう)()(ぞう)(ひしめ)く外で、私だけをを見つけるのは難しい。


 もう、直ぐ傍にいるんだけどな。


 いつ気がつくのか観察しているけど、一向に気づいてくれる気配はない。それだけ真剣に私の姿を探しているのかも知れないけど……そう考えると、なんだか悪い気がしてきたので声を掛けることにした。


「こんにちは」


 悪戯っぽく、つんつんと肩を(つつ)いてみた。肩が跳ね上がり、組んでいた右足がテーブルの裏に当たってグラスが揺れる。うわっと声を上げたレンちゃんは、目をまん丸にして私のほうを向いた。そこまで驚くとは思わず、片手でごめんねのポーズ。


「いつからそこにいたの!?」


「えーっと、数分前かな?」


「もう……。きてるなら早く教えてよ」


 うな垂れるように溜め息を零した。


「座って?」


 バスガイドの『右手に御座いますのは』みたいに真向かいの席を指して誘導する。それに倣って腰を下ろしたら、レンちゃんは口を湿らせる程度にコーヒーを口に含んで飲み込んだ。


 ここに来るまで、どうしてレンちゃんに呼ばれたんだろう? と考えていた。


 佐竹君に訊ねても、楓ちゃんに質問しても有耶無耶な反応を示すのみで、その理由を答えてはくれなかった。


 レンちゃんは、私を捕まえるために佐竹君に対して猛アピールしていた、ということはなんとなく想像出来るし、余程私に用事があったんだろうな、とは思う。けれど、いざ対面するとなにを話せばいいのか。()(げん)()(づま)を取るように天気の話題を出しても冷めるだけだしなあ……どう話を振ればいいんだろう? 初対面ではないけど、レンちゃんと二人きりというシチュエーションは気まずい。こんなことになるなら、楓ちゃんも連れてくるべきだったかな? いや、レンちゃんは私を指名したのだから、誰かを連れてくるのは不義理というもの。


 緊張のせいか、唾が喉にへばりつく。


 店員を呼び出して、ドリンクバーを注文した。


「なにか飲む? 持ってこようか?」


「ううん。私もいくわ」

 

 レンちゃんはグラスを持って立ち上がり、後ろをついて来た。


「なに飲もうかなぁ……、レンちゃんはなに飲む?」


「そうねえ……」


 ソフトドリンクの機会の前で足を止めて、品定めするかのように目を細めた。ドリンクバーの元を取る、なんてことは考えてないとは思うけど、一度はそんなことを考えてしまうよね。原価が相当安いから、何百杯もお代わりしなきゃならないって、以前、適当な情報番組で見たことがあった。因みに、私は原価厨じゃないので、一杯だけ飲んで帰るときもある。子どもの頃は、ボタン一つで()き出るようにドリンクバーの機械が自宅にも欲しいと思ったけど、あの頃の気持ちはどこへ行ったのやら。いまでは『手入れが面倒臭そう』としか思わない。


「決めた。紅茶にするわ」


 ソフトドリンクの機会の隣にある紅茶コーナーへ移動して、ティーポットを棚から取り出し、インスタントのティーパックを入れる。たらりと垂れた紐の先には、紅茶メーカーのタグ

取り付けてあった。


 ソフトドリンクの機械には『お湯』の項目がある。用途はもちろん、カップ麺を作るためじゃない。コンビニならまだしも、ここはファミレスだ。そんなことをする客はいないと信じたいけれど、世の中には常識から逸脱した行為を『格好いい』と勘違いする輩が一定数存在するのも事実だ。特に中学生と高校生に多いけれど、仮に大学生がそんなことをしていたら世も末だなって思ってしまうなあ。……してないよね?


 お湯を張ったティーポットの中で茶葉が踊り、(から)(くれない)に染まっていく。苦味と、フルーツのような甘みがふわりと香る。


「私も紅茶にしようかなあ……」


 たまにはいいかも知れない──というか、こういうときに女子高生がなにを好んで飲むのかがわからないので、真似をするように紅茶の準備を進めた。


 紅茶か、と思う。


 顰みに倣うように選んだ紅茶だけど、本当に飲みたかったのか? と問われたら、別にそうでもなかった。むしろ、メロンソーダに惹かれていたまである。


 例えば、の話。


 この紅茶の茶葉がレストランや専門店で取り扱う茶葉を利用した本格的な物だったなら、迷うことなく〈紅茶〉という選択肢を選んだだろう。でも、ファミレスにある紅茶は市販されているティーパックだ。それを有り難く飲むよりは、コーラやオレンジジュースなど、普段から常飲している物を選びたいという気持ちがある。


 けれど、いまは『優梨』なのだ。


 男子高校生が大好きな炭酸飲料を選ぶわけにはいかないので、レンちゃんが……女子高生がどれを選ぶのかを知る必要があった。


 女子高生って、寒くないのにホットを飲むんだなあとか関心しながら準備を終える。気温が高い日にもホットコーヒーは飲むけれど、ホットティーを飲もうという気にはならない。


 コンビニで売ってるリプトンの500ml紙パックのレモンティーなら喜んで飲むけどね。夏場は特に美味しく感じる。体が糖分と酸味を欲しがっているからかも? まあ、脱水症状を防ぐならスポドリが便利ではある。経口補水液もあるけれど、それに頼らなければならない状態には陥ったことが無い。





 席に戻って、お互いの前にポットを置いた。


 ポットをポッと置く、なんて駄洒落が思い浮かんだけど、親父ギャグなんて披露したら身バレしそうでグッと呑み込んだ。グッドな判断ね。どうしよう、私の中で寒いギャグが迸ってるんですけど?


 茶葉から抽出されるまで然程(さほど)時間はかからないはずなのに、レンちゃんとの距離があやふやで、どれだけ待ってもお湯は茶色に染まらないように感じる。どれくっらいで、取りっ出すのか、飲み慣れないからわっからっない♪ 私はお弁当箱に紅茶でも詰める気だろうか? そんなリズムを奏でながら待ってると、レンちゃんがポットの蓋を開けてパックを取り出し、紙ナプキンにそれを包んだ。


「苦くなるわよ?」


「あ、うん。そうだよね」


 私的なことを考えていたから、指摘されるまで反応できなかった。お弁当箱の歌の替え歌まで考えてたからなあ……詩的だね。駄洒落はもういいから。私的と指摘と詩的でトリプルミーニングだね! とかどうでもいいから。うん。


 数分間の沈黙が続いて人心地も無い雰囲気が私たちを包みはじめた頃、レンちゃんは意を決したように「よし」と頷く。


「あのね?」


 なんだろう、とても親近感のある言葉だ。


「佐竹とはその……上手くいってる?」


「え? あ、うん。それなりに……かなあ?」


 佐竹君の話がしたくて私をここに呼んだわけじゃないのは、対峙したときからピリピリと肌に伝わる緊張感でお察しだ。いまのは牽制球、本題に入る前の枕詞だろう。


「別に二人をどうこう言うつもりはないの」


 そういうのじゃなくて、えっと──。


 レンちゃんは言葉を詰まらせながら、口をもごもごさせている。


「はあ……。こんなんじゃ駄目だわ」


「どうしたの?」


 なんて白々しい訊ねかただろう。


「ユウちゃんには縁の無い話かも知れないけど」


 誰かを好きになるって、苦しいわね──。


 弱音と、視線を落とした。


 レンちゃんが誰に対して好意を寄せているのかは知ってる。楓ちゃんの言うことを鵜呑みにするのは危険かも知れないし、半信半疑だったけれども、先の一言で確信に至った。


 相手は、優梨(わたし)だ。


 もしも目の前にいる私の正体が、クラスで空気扱いの鶴賀優志だと知られたら心に深い傷を負い兼ねない。


 私は誰に嫌わても構わないけど、真剣に自分と向き合っているレンちゃんを傷つけることはしたくないな──だって優梨(わたし)の友だちだから。



 


【修正報告】

・2019年2月19日……読みやすいように修正。

・2019年3月9日……加筆、改稿。

・2019年11月17日……加筆修正・改稿。

・2020年1月26日……誤字報告による修正。

 報告ありがとうございます!

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