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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
六章 Act as one likes,
213/677

九〇時限目 大和撫子でいられれば ⑥


 駅前まで戻り、僕らはタクシーを拾った。


 月ノ宮家まで歩いて行くとなると、曖昧な記憶に頼る事になり、それでは今日中に辿り着けるかどうか。ゴールがわかっているのに迷子、なんて、皮肉のような話になってしまう。


「お客さん方、どちらまで?」


 中肉中背の中年男性タクシーの運転手は、後部座席に座っている僕らに、ではなく、助手席に座っている天野さんに訊ねた。


「えっと、住所まではわからないんですけど」


 タクシーに慣れてないのは言うまでもないが、それ以上に、目的地を言い難いらしく、天野さんはたっぷりと間を置いてから、気恥ずかしい気持ちを堪えるかのように、


「月ノ宮邸と言えばわかりますか?」


 ……と、たどたどしく目的地を告げる。


 気恥ずかしく思う天野さんの気持ちは、僕もわからなくもない。『外壁がピンク色の』と訊けば、林家のおふたりの家に行き着くように、目的地が個人の家というのは、まるで、芸能人の家を訊ねるミーハーなファン、みたいに思われやしないだろうか、気が気じゃないんだろう。だから、気恥ずかしく思う天野さんの気持ちは察せど、助手席を選んだのが運の尽きだと諦めて貰う他にない。


 運転手はハンドルを握り締めたまま、思うげに首を傾げるも、「……嗚呼、あのでかいお屋敷ね。はいはい、大丈夫ですよ」と、声をやわらげて(うけが)い、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。


「月ノ宮家、半端ねぇな。ガチで」


「まあ、あれ程の豪邸だから、嫌でも人目を引くよね」


「観光名所みたいだな」


 自宅を観光名所にされたら堪ったもんじゃない。だけど、知名度が上がれば上がる程、有名人が生まれ育った家、として、後世まで語り継がれる。滝廉太郎とか、野口英世とか、ベートーベンやモーツァルトの家が再建されたりされなかったりするのも、彼ら偉人が、なぜ、なに、どうやって偉業を成し遂げたのか、その一端を垣間見たいからで、その場所に価値を見出したからだろう。……偉人からすれば、プライベートを他人に覗かれて憤懣遣(ふんまんや)る方ないだろうけど、故人を偲ぶよりも、好奇心が先走るのは詮方ない。


 まあ、月ノ宮製薬の代表取締役は未だ現役なのだが、高級住宅地に、あれ程の豪邸を建てるのが悪いと、腹を括って住むしかないだろう。これ如何に、何とも不憫な話だ。


 タクシーは市街地を抜けると、暫く道なりに突き進み、料金メーターが三回更新されて、四回目が更新される前に、運転手はタクシーを停めた。


「ここからは車で行くよりも、歩いた方が近いと思いますが、どうしましょうか?」

 

 いや、どう視たって車の方が早いだろう。


 校舎に向かう時に登る坂道くらい傾斜がキツい坂が眼前に聳えている。だけど、これは運転手の配慮かもしれない。メーターの値段は悠に二千円を超えているので、僕らの財布を心配してくれているのだ。何とも優しい運転手で、ほろほろと涙が溢れそうだ。イイハナシダナー。


 運転手の気遣いを無下には出来ないだろう。


 天野さんと佐竹は不満そうだけど、僕は運転手さんの優しさを汲んで、


「ここで降ります」


 と、彼らの不満を払いのけた。



「なあ、優志。どうしてタクシーを降りたんだ?」


「料金の事を考えたからでしょ? それに、もう目と鼻の先じゃない。頑張りなさいよ」


 当然、不服な結果になった佐竹が故障を言うも、僕がどうして降りたのかを察した天野さんが、呆れ半分で佐竹の問いに答える。僕にはそれが、頑是(がんぜ)無く駄々を捏ねる弟に言い訊かせる姉、の姿に映った。

 

「なんだよ、優志」


「いや、佐竹姉弟を視てるみたいだなって」


「やめてよ。こんな出来の悪い愚弟、可愛くないから要らないわ……」


「おい、姉貴と同じ事言うな……」


 (すべから)く、佐竹は長男であれ、弟なんだろう。やる時はやる男で、傍目から視ればそこそこのグッドルッキングガイなのだが、頭脳がグッドルッキング外。つまり、アウトオブガンチュー。恭子さんの御眼鏡にはかなわない。


 だらだらと坂道を登る事、数分、或いは一〇数分。インナーに汗が滲んできた頃、ようやく月ノ宮邸が視えた。堂々と威厳を放つその豪邸は、とてもではないけど近寄り難い雰囲気がある。


「いつ視てもやべぇな」


「うん。やばいね」


「確かに、これはやばいわね」


 あまりのヤバさに語彙力が佐竹る。


「この家に来るのは三回目(・・・)だけど、やっぱ慣れねぇな」


「……おい、佐竹。今、〝三回目〟って言わなかった?」

「おう。言ったぞ?」


「一回目はどうやって来た?」


「バスで……、あ」


 僕と天野さんが大きな溜め息を吐いたのは、言うまでもない。


 バスで来れるなら、それを早く言って欲しかった。タクシーの移動費だって馬鹿にならないのに、うっかりは八兵衛だけにしてくれ。


「アンタのそういう所、本当に腹が立つわ……。普通にガチで」


 これはマジでガチなヤツでは? 天野さんの眼が据わっている。


 佐竹はどうにか名誉挽回しようと一歩前に出て、「ここは俺がインターホンを押そう!」なんて息巻いているけど、天野さんの冷ややかな眼が怖い。佐竹よ、名誉を挽回するには、卍解するしかなさそうだぞ。……そうだな、斬魄刀は侘助が似合う。詫びるのは佐竹だけど。


「あの……、皆様、ここで何を?」


 大きな鉄の門の奥に、見覚えのある燕尾服に身を包んだ執事、確か名前はセバスチャン……ではなくて、高津さんだ。白髪混じりの髪の毛を丁寧に掻き上げた髪型と、眼光が鋭いその眼は、どちらかと言えば、坊ちゃんの悪魔な執事よりも、御身の前で頭を下げる方に近いけど、あそこまでムキムキマッチョではないな。というか、どっちも悪魔だっけ? おい、悪魔執事設定大好きか。僕は大好きです。──その高津さんが、背筋をすっと伸ばしながら、僕らの方へ歩いて来た。


「あ、え、……ども」


 佐竹は出鼻を挫かれて、どもどもしいていると、後ろでそれを冷ややかな眼で視ていた天野さんは、先程までの冷徹な眼を隠し、柔らかな笑顔を浮かべる。


「こんにちは、高津さん。楓さんのお見舞いに来たんです。ほら、佐竹。お見舞いの」


「お、おう! あ、あの、これ! 大変ヤバいつまらないあれッス!」


 おい、『大変ヤバいつまらないあれ』って何だよ。どんだけつまらないんだよ。そんな物を渡すなんて、マナー講師も助走つけて殴るぞ。


 天野さんは頭が痛むように目頭を押さえながら「馬鹿……」と小さく呟いた。


「……? もしや、お見舞いにフルーツを持って来て下さったのですか? お心遣い、感謝致します」


 通じた……だと……。


 さては、高津さん、読心術でも使えるのか。いや、この豪邸に仕える執事だ、それくらい出来なくてどうします? ……か。やっぱり悪魔か。執事は悪魔、これ、最近のアニメとラノベの常識な? ──まあ、冗談だけど。


 高津さんはきっと、ここに僕らがいて、佐竹の持つフルーツバスケットから、佐竹語を解読したんだろう。僕らがここにいる理由は、それ以外、特に思い当たらないだろうし。


 深々と頭を下げた高津さんは、ゆっくりと腰を上げて、門の裏側にあるスイッチを片手で操作すると、左右の鉄の門が自動で、中央から両側に開く。


「立ち話では難でしょうし、どうぞ、お入り下さい」


 やっぱり、手土産を持って馳せ参じたのは正解だった。もし、この手土産がなかったら、こうも気持ちよく受け入れて貰えなかったかもしれない。


 中庭を半分くらい進んだ時、不意に先頭を歩く高津さんの足が止まった。


「所で、ではあるのですが……、どうしてバナナが二房も入っているのでしょうか?」


「え、えっと……」


 高津さんの後ろを歩いていた天野さんに質問が飛ぶのは当然だが、ここで『コスト削減です』なんて言おうものなら、追い返されるに違いない。だから僕は、


「バナナは栄養吸収率が高く、テニスプレイヤーもハーフタイムに食べるくらい栄養価が高いので、多目に入れさせて頂きました」


 屁理屈のような詭弁を弄すると、高津さんは合点が行ったと深く頷いた。


 嘘も方便とは言うが、ここまで簡単に納得されると、それはそれで申し訳なく思う。しかし、世の中には知らない方がいい事もある。例えば、海老の尻尾とゴキブリの羽は同じ成分とか、バナナのDNAと人間のDNA構造は同じ、とかね? ──信じるか信じないかは、アナタ次第です。





 広々としたエントランスホールから、右手にあるドアを高津さんが開ける。


「こちへどうぞ」


 案内されたのは、赤いふかふかの絨毯が敷き詰められた客間で、取り分け眼を引いたのは、中央に置かれたグランドピアノだ。あれで演奏したら、さぞ気持ちいいだろう。演奏出来れば、の話だが。グランドピアノの横並びに黒革の重厚なソファーが、ガラスのように透明な長方形の膝丈テーブルを挟むように対置されており、高津さんは眼で、僕らにそのソファーへ座れと言っているようだったので、天野さん、佐竹、僕の順番で並んで、そのソファーに腰をかけた。……おお、これはまた、座り心地がいい。是非、寝転がってみたい。


 天野さんと佐竹の表情は強張っている。佐竹は三回、月ノ宮邸に足を踏み入れているはずだが、そのどれも、こうした対応をされなかったんだろう。畏まった応接に緊張しないのは、それこそ社交界に慣れた上流階級か、芸能人か、NHKの集金くらいなものだ。無論、日本引きこもりなんちゃらの頭文字ではない。


 高津さんはピカピカに磨き上げられた銀の台車を引いて、紅茶を持ってきた。僕らはテーブルの上に置かれた紅茶を有り難く受け取る。当然、味がわかるはずもない。


「改めまして、見舞いの品、有り難く頂戴致します」


「あ、はい! ど、どうぞ!」


 テンパっているのは僕も同じだけど、佐竹の困惑振りは、はっきり言って異常だ。


 しかし、だ──。


 僕らはどうしてここへ通されたのだろうか? 月ノ宮さんの部屋は、以前にも来ているので場所は知ってる。それは、高津さんも承知のはず。なのに、わざわざ客間に通す理由はなんだろう? いくらお見舞いの品を持ってきたと言っても、ここまで改まる必要はあるのだろうか? 腑に落ちないとまでは言わないけど、何だかもやもやした気持ちに苛まれる。


「あの」


「……はい。何でしょうか」


「楓さんのご様子はどうですか? もう何日も顔を合わせていないので心配なのですが」


 どうやら、天野さんも僕と同じ疑問を抱いていたらしい。誰も口を閉ざしているなら僕が、……と思っていたけど、行動力は僕らの中でも抜き出ているようだ。そういえば、百貨店でも誰より先に動いたのは天野さんだった。『女は度胸』という言葉があるけど、強ち間違いではないらしい。


「お陰様で、順調に回復しております。あと数日すれば登校も可能だと、私は考えております」


「そうですか……」


 高津さんの態度は特におかしい所はない。だけど、僕らがここに来た理由を鑑みれば、部屋に通すのが礼儀というものだろう。まるで、「なので、お帰り下さい」という言葉が付け足されそうな状況だけに、僕らは一切の油断も出来ない。どうやら、高津さんをどうにか出来なければ、月ノ宮さんの部屋には辿り着けなそうだ。


「高津さん。あの、お訊ねしたいんですけど」


「はい。どうぞ」


「楓さんは、今流行りの鼻風邪ですか? 僕のクラスでもそれが流行っていて、数人欠席者が出ているのですが」


「……そうですね」


 やっぱり、そうか。


「今年の風邪は鼻から喉にかけて症状が移るらしいですね」


「ええ。お嬢様も喉の痛みが一番酷いようです」


「高津さんはずっと楓さんの看病をしていたんですか?」


「いいえ。私ではなく、他の使用人がお嬢様の看病をしていますので」


「それは昔からですか? ……照史さんがまだこの家にいた頃も、看病はその使用人が?」


「そうですね。私は旦那様と奥様の付き添いで家を離れてしまいますので」


 ……高津さん、ごめんなさい。僕は心の中で謝罪をした。

 

「高津さん。楓さんは風邪なんて引いてないですよね」


「「はあ!?」」


 いや、なんでふたりが反応するのさ……。


 まあ、それも無理はないか。


 この中で僕だけが、『真実』を握っているのだから。




【備考】

 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。

 こちらの物語を読んで、もし、「続きが読みたい!」と思って頂けましたら、『ブックマーク』『感想』『評価』して頂けると、今後の活動の糧となりますので、応援して頂けるようでしたら、何卒、よろしくお願い申し上げます。

 また、誤字などを見つけて頂けた場合は『誤字報告』にて教えて頂けると助かります。確認次第、もし修正が必要な場合は感謝を込めて修正させて頂きます。


 今後も【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】を、よろしくお願いします。



by 瀬野 或


【修正報告】

・2019年3月8日……読みやすく修正。

・2019年8月15日……誤字報告による修正。

 報告、ありがとうございました!

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