八十一時限目 新学期の始まりは彼に何を問うのか 2/2
どうして青春パンクを耳障りに感じてしまうようになったのか。
──心当たりが無いわけじゃない。
僕はその心当たりをなかったことにして、音楽を停止した。
時間が経過して、騒がしかった教室も落着きを取り戻しつつあった。部活の顔合わせだったり、送迎バスよりも早い市営バスで帰宅したりと理由は様々だ。僕もそうすればいいのだが、待てば無料で駅まで送ってくれるのに、わざわざ市営バスにお金を使いたくない。教室で憂鬱になるくらいならば、数百円払ってでも市営バスを利用するべきだったかもしれないけれど、無料の誘惑には勝らないわけである。
大分人数が減ったとはいえ、御三家グループはいまもなお話に花を咲かせていた。「割とガチで」、「月ノ宮さんは」、「ワトソン君!」、賑やかなのは結構だ。
キミたちが帰るべき場所はそこなんだ、と思った。僕みたいな甲斐性無しに付き合っていては、青春を謳歌できない。青春を謳歌できなければ、昇華も栄華も叶わないのである。それに、夏休み後に人間関係がリセットされるのは珍しいことでもないだろう。僕だってそれを経験してきたのだと思えば、それなりに納得も出来る。
──触れてしまった憧憬に、少しの未練もないの?
この自問自答も懐かしいな。以前は何度もこの声に悩まされてきたけど、あの夏を経て変わることが出来なかった僕には、この現状がお似合いだ。
──嘘が下手になったね。
全くもって本当に、ドヘタクソになったもんだよ。
* * *
支度を済ませて、彼らに一瞥もくれず教室を出た。廊下で騒ぐ同学年連中を掻き分けるように昇降口を目指す。運動部がグラウンドで声を上げている。二階からはユーフォが鳴り、体育館ではバッシュのスキール音が響いているはずだ。彼らは青春真っただ中であり、明日に向かって走りながら俺たちの戦いはこれからだ! と、息巻いているに違いない。
下駄箱から取り出した靴に履き替えている最中に、「優志!」とだれかが僕の名前を叫んだ。声の主がいるであろう方向を見遣る。そこにいたのは、語彙力を代償にイケメンな容姿を手に入れた佐竹。肩で息をして、痛ましい笑顔を僕に向ける。
「……なに?」
筒慳貪な態度を取ったが、正直なところ、ちょっとだけ嬉しかった。だが然し、僕の自尊心がそれを噯に出すわけにはいかないと邪魔をする。自分でも面倒な性格だと思うけれど、シャツについたカレーうどんの汁みたいに染み付いた思考パターンは、しゃぶしゃぶの灰汁ぐらい取り除くのは面倒なのだ。
睨めるように見られても、佐竹は態度を変えたりしなかった。
「あの店で待っててくれ! 用事が終わったらいく! ガチで!」
三年寝太郎も驚いて起きるほどの大声だ。昇降口にある汚れた白の支柱にテープで四隅を固定された、『廊下では静かにしましょう 生徒会一同』の張り紙が目に留まった。
「わざわざそれを言うためだけに全力疾走してきたの? メッセージで送ればいいのに」
「お前、家に忘れただろ。何回も送ったぞ!?」
「え? 持ってるけど」
「じゃあ、バッテリー切れてね?」
「あ、本当だ」
音楽を止めたと思っていたけど、もしかしたら止まってなくてずっと流れっぱなしになっていたのかもしれない。──充電は毎日するべきだったか。
「恋莉も楓も、お前と連絡つかなくて焦ってたんだからな!? ……ったく、俺らがお前を放っておくと思ったら大間違いだ。普通にガチで」
そう言いながら、僕に近づいてくる。
目の前にきた佐竹は、田島という生徒の靴箱に左手を押し付ける態勢で立った。田島君がきたらどうするんだ。いや、田島さんの可能性もあるけど……どっちでもいいか。
「いいか? 絶対に待ってろよ」
空いている右手で、ビシッと僕を指す。
「はいはい。わかったから早く戻りなよ」
「おう。また後でな!」
馬鹿じゃないか? 本当に、僕自身が大馬鹿者だ。勝手に諦めて、拗ねて、離れようとしていたけど、続いていた。それを喜びとして表現するのが照れ臭くてつい悪態を吐いてしまったが、いつか僕は素直にそれを表現できる日が来るだろうか? 何度も呪った『青春』を『いい思い出』として記録できる日がやってくるのだろうか?
わからない。
わからないから、怖い。
先ずはコンビニか百均に寄って、切れたバッテリーをどうにかしないとな。百均に売ってればいいけど、そもそも百均のモバイルバッテリーでどうにかなるだろうか? それは、試してみないとわからない。だけど、それこそ曖昧だけど、大丈夫なんじゃないか、とも思えてきた。
外に出て仰いだ空に雲はなく、カラスのような黒い鳥が頭上の遥か上空を飛ぶ。カア、と鳴きたくなるような空模様だ。それにしても夏のようなこの暑さで、季節を秋と呼ぶのはどうなのだろう。
【修正報告】
・報告無し。