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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
六章 Act as one likes,
203/677

八十一時限目 新学期の始まりは彼に何を問うのか 1/2


 夏休みが終わり、新学期を迎えた。空調設備がない体育館に全校生徒が集まり、校長先生の長ったらしい挨拶を訊く。孫の話をしだしたときは殺意さえ覚えたが、そこは我慢。貧血で倒れる者も出ず、無事に始業の会を終えた。


 教室に戻るとホームルームが始まった。気怠げな雰囲気で話を進める担任の三木原先生は、夏休み中も仕事三昧だったらしい。日焼けの『ひ』のじすら感じない真っ白な肌。不規則な生活が続いたのか、頬が(やつ)れていた。


 ホームルームが終わり、三木原先生が教室から出ていく。すると、それまで静かだった教室が、堰を切ったように煩くなった。始業式前のちょっとした時間では語り切れないほどの夏の思い出が、彼らには沢山あるようだ。海にいったり、山でキャンプしたり、度胸試しにプールでナンパした者もいる。


 度胸試し、なんてのは後からくっ付けた口実で、彼らがしたことは〈ネタ〉として語られていた。ネタ、ね。キミたちは芸人にでもなるつもりだろうか? だとしたら、水に濡れて体が冷えていた女の子は余計に寒かったに違いない。心中お察し致します。


 よくもまあ話題が尽きないものだ、なんて思いながら教室の隅で彼らの様子を観察していると、一際大声で騒いでいるグループに目が留まった。教室のだれよりも肌が胡桃(くるみ)色になっている佐竹義信が率いる、通称・佐竹軍団だ。佐竹軍団の人数は六人。佐竹を含めた男子が四人、ギャルっぽい服装の女子が三人。申し訳ないが、全員知能指数が低そうに思えてならない。


「佐竹。バーベキューのときのアレ、マジでやばかったよな」


「ああアレな。マジで普通にやばくて笑ったわ。ガチで」


 会話の内容がないよう。然し、彼らは〈アレ〉や〈ソレ〉で意思の疎通が出来ているらしい。盛りに盛り上がりを見せている。だが、やっぱりなにを話しているのかさっぱりわからん。


 教室を更に賑わせているのは、月ノ宮楓の取り巻きたち。通称・月ノ宮ファンクラブの面々だ。人数を数えるのが面倒に思えるほど面子が多い。教室の廊下側、後方よりやや中央辺りを占領をしている佐竹軍団に対し、月ノ宮ファンクラブは窓際前方から黒板の中央辺りまでを占拠している。そのため、日直になるひとは彼らを退かして黒板の掃除やらなにやらをしなければならない。日直になる日はとても憂鬱な気分になる。


「月ノ宮さんは夏休みなにをして過ごしていたの?」


「月ノ宮さんは海外旅行とかした?」


「月ノ宮さんのサインが欲しいんだけど」


 おい、最後の質問は質問ではあらずじゃないか。と、ツッコミを入れたくなる。それらの質問、要望に作り笑いで応えている月ノ宮さんに賛辞を込めて敬礼。


 教室のほぼ中央辺りでは、天野恋莉を囲む女子グループが談笑している。天野さんはだれに対してもずばりと意見を言えるので、女子人気が鰻登り状態だ。裏で男子に、〈女子のご意見番〉などと不名誉なあだ名で呼ばれていたりするが、それも意に返さない強いメンタルが人気に拍車を掛けているのだろう。


「ワトソン君は夏休みになにか事件でもあったかね?」


「泉。そのあだ名はやめてと何度言ったらわかるのよ。それに──事件なんてないわ」


「えー? なにその意味有り気な反応!」


 ワトソン君呼びはだれもツッコまないんですかね。僕はとっても気になります。


 それにしても──。


 彼らの高いコミュニケーション能力には舌を巻く思いだ。「夏休みなにしてた?」というひとつの質問で、ここまで盛り上がれるのはさすがとしか言えない。仮にだれかが僕に件の質問を投げかけたら、「自宅で本読んだりゲームしてた」でゲームセッツ! である。大体、夏休みに一人でなにをしろとでも? カブト虫を探してみたりすればまだ話題もお金も稼げるか。──労働に対してのリターンが低過ぎることはしたくない。


 でも、楽しそうに談笑する彼らを見て一抹の寂しさを覚えてしまうのはどうしてだろう。


 僕と彼、彼女らの住処は違う。それが露骨に現れている状況は、この夏、一緒に過ごしたはずの記憶に影を落とし、あの出来事は泡沫の夢だったんじゃないか? とすら思えてしまうほどで。本来あるべき姿はこれなんだ、と現実を知るにはこと足り過ぎた。


 腹の底で轟くこの感情の正体は、嫉妬?


 それとも憧れ?


 どちらにせよ、愉快な感情ではないのはたしかだ。僕はそれらの邪な感情を払い除けようと、久し振りに『馬鹿野郎!』と叫ぶボーカルの曲を耳に当てた。青春パンクが僕の憂いを吹き飛ばしてくれるんじゃないか、そう思って。


 だけど、そんなことはなかった。前までは斜に構えながら「流行りの音楽なんてクソだ」みたいな中二病よろしく然として聴いていられたのに、いざ自分が歌詞の対象年齢になると、現実とのギャップでうんざりしてくる。そもそも友だちがいないって前提がアウトだ。


 青春パンクの醍醐味は、本音を語り合える友だちがいてこそ共感できる歌詞多い。勿論、クソッタレな世の中に物申すような歌詞もあるし、小っ恥ずかしくなるようなラブソングも存在する。が、僕の場合はどの歌詞も当て嵌まらないわけだ。──道理で感情移入できないと思ったよ。


 だからなのか、最近はジャズやボサノバを聴いていた。あの店でずっと流れているから耳に馴染むというか、そもそも英語だし、リズムだけを聴いていればいいのが楽なのもある。勉強や読書にも合うし。



 

【修正報告】

・2019年3月5日……読みやすく修正。

・2021年2月17日……加筆修正・改稿。

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