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八〇時限目 そのオチは落ちずとも彼の腑には落ちたらしい[後]


「まず、優梨の姿で向かったのが失敗でした」


 うん? と照史さんは小首を傾げる。


「どうしてその姿で?」


「要望がなければ、わざわざそんな格好していきませんよ」


 そうじゃなければこの姿で向かうに決まってるじゃないですか、と付け加えると、照史さんは「まあそうだよね」と微苦笑を浮かべた。


「プールの出入口は駅の改札のようになっていて、チケットを通して進むのですが……ゲートを通り越して直ぐに更衣室があるんです」


「このご時世だし、どこのプールもそうじゃないのかな?」


「はい」


 と首肯する。


「ただ、深く考えずに行動したのが間違いでした」


 そこで照史さんは、「ちょっと待って」と僕の言葉を遮った。


「女装したままで、どうやってその危機的状況を脱したのかな? まさか、女子更衣室を使った……なんてことはないよね?」


「まさか、そんなことはしませんよ」


 そこまで常識を無下にしたりはしないし、戸籍上で『男』の僕が女子更衣室に入れば罪に問われるだろう。最悪の場合、少年Aになって全国のお茶の間にお間抜けなニュースをお届けしていた可能性も、充分に有り得るわけだ。

 

「男子更衣室で普通の水着に着替えた後、トイレで……いや、それは無理があるな」


 照史さんの推理だと、女装したまま男子更衣室を通過することになる。僕の女装は、自分で言うのも難ではあるけれど、それなりに女の子だ。男子更衣室に異性が紛れ込んだとなれば、パニックは避けられない。


「女装を諦めた?」


「それを許す妹さんではないということを、照史さんはご存知かと」


「たしかに、その通りだよ」


 即答するということは、さっきの答えは当て馬だ、と僕は推察した。


「女装、ゲート、更衣室……」


 照史さんは頭の中で連想ゲームをするように、ぶつぶつ声に出して状況を整理し始めた。いつの間にやら推理ゲームみたいになっているけれど、こういう遊びは嫌いじゃない。ここはひとつ、僕は犯人役に徹してみようと思った。


「ひとつ確認なんだけど」


「なんでしょうか?」


「〝自宅を出るときから女装していた〟と考えていいんだよね?」


 僕は強く頷いた。

 

「優梨ちゃんの姿で男子更衣室は利用できない……プールの間取りを知れればいいのだけれど」


「間取り……というか、トイレの位置だけお伝えしておきます」


 トイレがあるのは、エントランス、各更衣室の中、一階・救護室の隣、そして、ウォータースライダー乗り口がある二階フロアにひとつの合計四ヶ所。プール側からエントランスに戻るには、ゲートを通過しなければならない。つまり、更衣室を経由しなければ、プールにも、エントランスにも出られない仕組みだ。──と、照史さんに伝えた。


 僕は怪盗さながらに、「さあ、名探偵君。この問題が解けるかな?」と手を組んでみせる。とはいえ、この問題は『とあること』に気がついてしまえば、なぞなぞ程度の問題なんだけど。





 * * *





 アイスカフェラテを半分程飲み終えた頃、照史さんは僕が隠していた幼稚なトリックに気がついたようだ。伏せていた顔を上げて「そうか」と手を打ち、


「優志君が女装したのは、〝プールで遊び終えてから〟だね?」


「さすがは照史さん、正解です」


 更衣室も使えない、トイレも使えないとなると、残す答えはただひとつ、『プールを出てから』だ。


 僕は『優梨の姿でプールで遊んだ』と一言も発していないので、そこに気がついてしまえばなんの変哲もない単純なトリックである。


「キミは本当に苦労が耐えないね」


 労いの言葉に、どこか呆れが混じっているようにも訊こえた。


「それで結局、どこで水着姿を披露したんだい?」


「それは」


 言葉に詰まる。


 照史さんからすると、あまり訊きたくない場所なのではないか。未練はなさそうではあるけれど……だとしても。悩んだ末に、「とても大きなお屋敷でした」とだけ伝えた。見た目だけの感想だが、照史さんは全てを察したように、静かに首肯した。


「すみません。これしか言葉が浮かばなくて」


「過ぎたこと、だよ」


 だから気にするな、と言われても、気になってしまうのが人間という生き物だ。然し、『キミには関係のないことだ』と、釘を刺された気もする。


 他人の事情に首を突っ込むのは()()の沙汰だろうし、僕ひとり程度ができることなんて、なにもない。


 気まずい雰囲気の中、照史さんはガサゴソとなにかを探し始めた。カウンターに目当ての物がないことがわかると、今度は倉庫へ足を運ぶ。


 暫くして戻ってきた照史さんは、後ろ手になにかを隠しながら僕の元へ。


「どうしたんですか?」


「実は、優志君に渡す本を一冊間違えて渡していたみたいで。来たら渡そうと思っていたんだけど、あれやこれやとしている内にすっかり忘れてしまっていてね。思い出したはいいけど、どこに置いたかも忘れてしまってて……いやはや、歳は取りたくないものだよ」


 そう言って差し出された本は、真っ黒の下地のハードカバーで、中央に金色の筆記体でこう書かれていた。


「|Act as one likes《好きなようにする》……ですか?」


「これを渡すには、少々皮肉過ぎるタイミングだったかな」


「いえ、ありがとうございます」


 なかなか読み応えがありそうだ。


 受け取った本の重みが、それを(しか)らしめている。


「もしかして、間違えた本というのは……照史さん?」


 照史さんはその場で半回転して僕に背中を向けると、左手の人差し指をピンと立てて、そのまま上へと伸ばした。


「……なるほど。照史さんもそういうアニメを見たりするんですね」


「いや、偶然見かけただけだよ」


「そうですか。でも、似合わないです」


「手厳しいね……若い子にはウケると思ったんだけど」


 恥ずかしくなったのか、照史さんはそのままカウンターの奥に引っ込んでしまった。


 本のオチはきっと、照史さんが『間違えて渡した』と言うくらいの粗末な結末なんだろう。だけど僕としては、なかなかに面白い伏線の回収だったと思う。


 Can't stop,──止まるんじゃねえぞ。



 

【備考】

 読んで頂きまして誠にありがとうございます。もし応援して頂けるのであれば、ブックマークなどもよろしくお願いします。


 by 瀬野 或


【修正報告】

・報告無し。

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