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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一章 Change My Mind,
20/677

一〇時限目 彩る風景の中に見えたモノ 1/2


 車で待つこと数一〇分──。


 ドライバーの高津さんは車の外で待機してる。


 車内に二人っきりという気まずいシチュエーションは回避できたのはいいけど、人様の車の中に放置される経験なんて味わったことがない。どうすればいいんだ? 掃除でもしていようか。いやいや、どこを掃除するにもピカピカじゃないか。


「あれ?」


 なにかがおかしい、そう感じた。


 ツッコミどころは多々あるけど、目的は明確になっている。じゃあ、どうして僕は車の中を掃除するなんて考えた? ああ、そうだ。やることが無いのと、月ノ宮さんにお金を使わせるのが申し訳なくて、せめて車内の清掃を──と思ったんだった。然し、車内は非の打ちどころが無いくらい清潔に保たれている。僕の出る幕なんてここには無いというか、そもそも住む世界が違い過ぎるというか……なんなんだこの完璧具合。高津さんは潔癖症? ()(せん)の者が土足で踏み込んでしまってどうもすみませんねえ!? 上級国民過ぎて段々腹が立ってきたぞ。


 月ノ宮さんは両手に大量の紙袋を持って、贔屓にしている洋服屋から出てきた。贔屓にしている、か。僕が贔屓にしているのはファッションセンター島村だけだ。安い! オシャレ! サイズが幅広い! の三拍子が揃っている服屋もなかなか無いだろ? ティーシャツが一〇〇〇円未満で買えるなんて最強じゃないか。寂れたキッズコーナーもいい味出してるし! ……せ、節約は大切だろう?


「すごい量だな……」


 あの様子だと、用意して貰っていた服を全部買ったんじゃないか? 大人買いだ。子どもなのに大人買いするなんてルール違反だぞ。全国のおもちゃ売り場にいるギャン泣きキッズに謝れ! ……なんだか虚しくなってきた。 


 いい買い物ができたのか満遍の笑みを湛えているけれど、いくらなんでも買い過ぎだ。今日を凌げればいいだけなのに、あの量だとワンシーズンは越せる気がする。どれだけ散財したんだって考えるのはやめておこう。諭吉が五枚以上吹っ飛んでるって想像するのもやめておこう。これ以上月ノ宮さんと関わると沼にはまりそうだからやめ……もう、手遅れか。


 どうしてここまでしてくれるんだろうか?


 月ノ宮さんの原動力は天野さんへの熱い想いに他ならないが、それとは別に『男子に女装させる好奇心』もあるかも知れない。


 服のサイズがそこまで変わらない──とも言ってたから、服を選ぶのが楽しかったとか?


 その可能性も考えられる。


 てか、絶対そうだ。


 そうじゃなきゃ、あんな表情はしない。


 急ぐように車内へと戻ってきた月ノ宮さんは、僕の隣にどさっと腰を下ろした。車体が少し揺れた。いつも身のこなしに気をつけているけれど、こういうときは子どもらしいんだな。ほっとしたような、ほっこりしたような、いや、安心したと言い表すべきだろう。友だちと呼べる関係かは兎も角として、親しい間柄の人と接するときまで肩の力を張る必要は無いのだから。


「ユウさん! このお洋服なんて如何でしょうか?」


 興奮を抑え切れずに鼻息を荒げている。


 如何でしょうか、と言われても──。


「いい……んじゃないかな」


 としか言えないんだよなあ……。


 紳士服ならまだ善し悪しもわかる。


 ファッションにパッションを感じない僕でも、これまでセッションとディスカッションを度重ねてきたからアンダスタンドしているけど、着慣れない服を宛てがわれて「如何でしょう?」と問われてもセンセーションでしかないんだが!? 逆に「それやばくなくなくない?」と反応したら、それはそれでやばくなくなくなくなくない? 途中から『苦なくない?』に訊こえてくる定期。


「デニムジャケットと花柄の白ワンピは王道ですが、王道でこそ誰にでも受け入れられて悪い印象は与えません。ユウさんにぴったりだと思います!」


 ユウさんにぴったりでも、ユウさんは嬉しくないんです。自分が男じゃなくて女だったらキャッキャとキャピれるんでしょうけどね。いまの気分は憂さんですよ。女性服が似合うなんて言われても、男子高校生は喜べないんだよなあ。


 だけども、だ。


 ここまで推されたら着ないわけにもいかない。買ってもらっておいて文句を言うのは失礼だ……気乗りはしないけど、有り難く受け取ることにしよう。


「それはそうと」


 月ノ宮さんは冷静さを取り戻して疑問を浮かべるようなしぐさを見せた。


「着替えはどこでするんですか?」


 どこ、と言われても()()()しか思い浮かばない。


「駅近くにある百貨店の多目的トイレだけど」


「そんなところで!?」


 正気ですか!? と目を見開く。


 女装する時点で正気もなにもないんだけどなあ……。


「そこ以外に着替える場所はないからね」


 月ノ宮さんは胸が潰れるといった具合に哀れみながら、沈痛な表情で「信じられないです」と口走った。


 お嬢様である月ノ宮さんには信じ難いのだろうけど、トイレで着替える人は少なくない。


 着替え用の(すの)()を用意しているトイレも少なからずあり、丸の内のOLがストッキングを断線させたときにサッと履き替えるときなんか結構重宝するんじゃない? ……なんで丸の内限定なのかはプライスレス。


「どこにでもメイクルームがあるわけではないですし、致し方ありませんね。……では、高津さん。すみませんが百貨店の近くまでお願いします」


「かしこまりました」


 と返事をして頭を下げた後、ガチャッとキーを回して車を走らせた。


 執事という職業は、雇い主に誠心誠意尽くすのが仕事……というのは漫画やアニメで得た知識で、本物の執事がどういう仕事をしているのかは知らない。多分、『秘書』とか『生活の手助け』をする仕事なのだろうと予想はするけど、仕事の過程で雇い主に文句は出ないのだろうか? 僕だったら「やってられるかー!」って職務放棄しそうだけど……いや、しないな。そんな度胸無いし、生活もかかっているなら尚更だ。


 高津さんと月ノ宮さんの関係は良好なんだろうか?


 そんな疑問も浮かばなくはないが、それを口にしていいのは月ノ宮さん本人だけで、他人の僕が兎や角言うのは筋違い。まあ、誰に対しても敬語を使う月ノ宮さんだし、それを嘲笑するような相手だったら、そもそも月ノ宮邸で執事はできないだろう。


 バックミラーに映る高津さんの表情は真顔そのままで、偶に僕を監視するように目を向けるけど、なにもしないとわかったのか、それ以降は目が合うこともなかった。



 

【修正報告】

・2019年2月19日……読みやすいように修正。

・2019年3月1日……加筆、改稿修正。

・2019年11月15日……加筆修正・改稿。タイトル変更。

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