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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一章 Change My Mind,
2/677

一時限目 最低最悪の出会い 2/2


「ごめん」


 口を衝いて出た言葉は、謝罪だった。


 名前と顔を覚えろなんて言われて、「覚えたところで呼ぶ機会もないのだから無意味だ」と面と向かって言えればどんなに気楽だろう。だが、初対面である佐竹君にそんなことを言っても、どうせ人格ごと否定されておしまいだ。スクールカーストが高い者に従うのが学校という施設の鉄の掟であり、正しく無意識の隷属である。


 佐竹君は僕の顔をじいと見つめ、「よし」と呟いた。なにが「よし」なのかはわからないけれど、わかったところで僕には関係のないことだ。それに、こういう人種と関わるのは僕の学園ライフスタイルに反する。反するのだが──。


「あのさ」


「うん?」


「一つお願いがあるんだけど……いいか?」


 佐竹君は『お願いがある』とだけ言って、その内容を先に提示していない。質問内容が掲示されてない以上、こんな訊ね方をされれば拒否権はないじゃないか。故に「はい」と答えざるを得ない。なんとも狡い方法だ。


「鶴賀さ。俺の()()になってくんね?」


「……はい?」


 喩えば、の話をしよう。真夏日に『明日雪が降る』と言われて、その情報を信じられる者はどれだけいるだろうか。日本全土を探せば一人や二人はいるだろうけれど、『夏に雪が降るはずがない』のは言わずもがなであり、その常識が『嘘である』という回答を導き出すはずだ。つまりなにが言いたいのかというと、常識では考えられないような提案をされて脳が処理落ちしているってこと。


 僕はこのときほど『イケメンって怖い』と思ったことはない。悪夢だ。トラウマだ。


 イケメンっていう人種はノンケも食っちまうくらいなんでもありなのか。〈イケメン〉というだけで得するし、世界の中心で愛を叫んだりするし、突拍子もないことをやっても『イケメンだから』と許される。なんでもありか。


 チートかよ。


 チートだな。


 チートですね。


 満場一致、はい解散!


 政府は早急に『イケメン税』を実施するべきだろう。税率は、えっと……まあ、そこは特に問題ではないけど、イケメンだけが得をするこの世界は間違っていると思うんだ。


 しかも、僕の隣にいる色男は『男色』らしい。


 佐竹君にドン引きしていたら、「待て、俺にそんな趣味ねぇからな!? 人の話は最後まで訊けよ!」と少し焦り気味に捲し立てた。


「実は、恋莉に告白されて……断ったんだけど」


 れんり?


「二つの式からなる方程式のこと?」


 イケメンは方程式でさえも魅了する!


「連立方程式じゃねぇよ!? 同じクラスの(あま)()(れん)()だって!」


 でしょうね。多分、そんなことだとは思ってたよ。


 というか、的確なツッコミには拍手喝采してもいい。


「ああそうか。お前、クラス連中の名前を覚えてねえんだったな」


「まあね」


 と、僕は鼻を鳴らす。


「なんで自慢げなんだよ。割と普通にビビるわ……ガチで」


 つまるところ、これって『モテる俺かっけー』ってやつだよね? はいはい、かっこいいですねー。軽蔑する目を向けているのにも関わらず、佐竹君は話を続ける。


 メンタルオバケかよ。イケメンタルとでも呼ぶんですかね? 爆発すればいいよ。念には念を入れて、地域ごと吹っ飛ばすか──僕も死ねるじゃん、それ。


「そんでな? つい咄嗟に〝彼女がいる〟って言っちまったら、〝じゃあ会わせろ〟と返ってきて」


 ──お前ならクラスで空気みたいな存在だし?


 ずばりと言ってくれるじゃあないか。


 ──顔も声も割と中性的じゃん?


 他人のコンプレックスをここまで遠慮なく突いてくるヤツもそういない。


「もし仮に女装がバレてもお前は実質ノーダメなんだしさ? 女装して俺の彼女役をやってくんね?」


 こいつ、割と普通にガチでヤバいな。ナチュラルに『超・現代日本語の例文』が出てきてしまうくらい、佐竹君、元いイケメン君の脳内はぶっ飛んでいるらしい。


 どうして僕が『ノーダメ』って、そう言い切れるんだ? 根拠はあやふやだし、佐竹君の願いを訊き入れたところで、僕にメリットもない。バレたら『女装趣味の変態だ』と認知されて、軽視の眼を向けられる事間違い無いから、デメリットしかないんですが。


 仮にバレでもしたら、こそこそ積み上げてきた『空気のような存在』のイメージが崩壊してしまう。──おい、リスクしかないだろ。普通にガチで。


「他の人に頼んでよ。佐竹君なら女友だちの一人や二人いるんでしょ?」


「そりゃそうなんだけど」


 いるのかよ。


 腹立たしい。


「頼んだ相手に好意を向けられても厄介だしなあ……俺、いまはだれとも付き合う気()えんだわ」


 話を訊いてたら段々と苛々してきたぞ。こんなの『自慢アンド自慢』じゃないか。イケメンは人生イージーモードでよかったですね? 最初から最強だから周回プレイする必要もないってやつですか?


 チーターですね。チーターだから足も速いって? ネコ科動物は人気者ですもんね。あ、追う側じゃなくて追われる側でしたか。ところでですが、この後ネコカフェでもどうですか。猫は目の前にいるからファミレスでもネコカフェになるって? さすがは人気者ですね。僕みたいな隠キャとは違いますもんね? と、しか思えない。


 それに、ついさっき知り合ったばかりのコイツの願いを叶えてやる義理もないんだよなあ。


 ここはハッキリと断って、このイケメン君に世の中の厳しさを身を(もっ)て教えてやる必要がある。


 襟を正して。


「ぼ、僕にはそんなことできない、です」


 これが(いわ)(ゆる)『蚊の鳴くような声』という実例です。


 皆様、よく覚えておいて下さいね?


 自分で自分のチキンさに身が震えて、クックドゥー! と鳴きたいくらいだ。


 あれ? クックドゥは回鍋肉の元とかを販売している会社名か。てか、日本人だったらコケコッコだろ常考。


「え? なんだって? 声が小さくて訊こえないぞ」


 ドラクエで〈いいえ〉を選択したときのモブのリアクションかよ! と、喉まで出かかってなんとか引っ込めた。


「だから()()だって。女装なんてしたことないし、それに」


「そうか! ちゃんとした女装が出来ればやってくれるんだな!? そこは任せろよ! 姉貴にお願いしてやってもらえば完璧だ!」


 ねぇ、ちょっと待って? 馬鹿なの死ぬの? そういう意味ではないんですけど? どうして女装したことが無いってところにだけ、スポットライトを当ててるの? スポットライトなんてダイナモで充分なの? グロリアスレボリューションかな? おーいえーっ、へえー。


「そうとわかれば〝善は急げ〟だ! 俺ん家に行くぞ!」


 あれれぇー? 今の会話のどこら辺に善行があったのかなぁ? 善は急げって『よいことを行うためなら直ぐにしよう』って意味なんだけど、そこんところご理解してますか?


 自分で『人の話は最後まで訊け』と言っておきながら、自分は全然、()()の話を訊かないじゃん。


 世の中のイケメンって、皆、こんなに馬鹿なのか? 話の筋も通って無い。他人の話は訊かない。自己中心的。声がでかい。リアクションがオーバー過ぎる。ねえ、イケメンってマイナス要素しかないはずなのにどうしてモテるの?


 答えは『顔が全て』だからです。諸説有り。





 * * *




 

 イケメン君の家へ向かう道中、僕は思う。


 イケメンとは部族名だ、と。


 彼らは『イケメン特有の言語』を所持していて、僕みたいな一般人には到底理解できない思考回路をしている。


 多分、脳の作り方が違うのだろうな、右脳と左脳が逆だったり。あると思います!


『割と』


『マジで』


『普通に』


『ガチで』


『ヤベェ』


 これらの単語だけで九割の会話が成立してしまう程の圧倒的な語彙力を誇る彼らはきっと、そういう星からやって来た異星人に違いない。だから、佐竹君と意思疎通ができないのも当然の結果で、このイケメンに見つかってしまったのが『運の尽きだ』と諦める他に無い。


 短いようで……、やっぱり短い人生だったなぁ。


 死を覚悟している内に辿り着いた魔境の地、佐竹宅。


 そこで、僕の人生に終止符が打たれる。


 魔王城を前にした勇者って、こんな気持ちなんだろうなぁ。


 この中には王の中の王、魔を極めし竜の王がいてこう告げるんだ。


『マジで仲間になるんなら、ワンチャン、世界の半分やるわ。普通にガチで』


 それに「ま? そま? なるわ」と返答してしまえば、これまで手に入れた語彙力を全て奪われて、ヤベェ、ヤベェと呟くだけの阿呆になる……あ、つい本音が出てしまった。マジヤベェ。パネエ。


 そんな不安を骨身に感じながら、僕は着々と佐竹城へ近づいていく。



 

【誤字報告】

・2019年11月27日……微調整。

・2020年6月11日……誤字報告による誤字修正。(基→元い)

 報告ありがとうございます!

・2021年2月3日……本文の微調整。

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