表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
197/677

七十七時限目 彼と彼の宿題 16/16


 スーパーマーケット前にあるバス停には、既に数人が並んでいた。その列の最後尾に、佐竹は並ぶ。片手には、バス停にいく前にスーパーで購入した棒状のアイスが。


 ソーダ味、ではなく、()()()()、らしい。


 まさかこのタイミングでアイスを食べるとは……僕だったら『バスがくるまでに食べ終わらないかもしれない』って、絶対に買わないのに。食べ終わった後の棒の処理にも困るし、べたべたしそうで嫌だ。


「それ、美味しい?」


 訊ねると、佐竹は難しい顔をした。


「ああ……」


 間を開けて、


「まあまあ、だな」


 ふうん、と僕。


 佐竹の後ろに地元の高校生風の男子が二人並んだ……多分、知らない人だ。


「あ、そうだ」


 そぅだ味、とかけて──。


「なにそれ、駄洒落のつもり?」


「ちげえよ!」


 と否定しているけれど、本当のところはどうだか。


 割と『上手いこといった』とか思ってるんじゃないだろうか? と僕は睨んでいる。


「近日中に打ち上げな!」


 突然、佐竹は思い出したかのように手を打った。ぱん、と小さい音に周囲の視線が集まる。が、直ぐに興味を失った人々は、各々の手元に目線を下ろした。


「うちあげ?」


 なんの打ち上げをするつもりだ? ペットボトルロケットでも作るのか……理科の課題に? それとも自由工作? 小学生の自由工作の定番〈ペットボトルロケット〉を、いまになって作る度胸には、むべなるかなではある。


 ……それは、やってもやらなくてもういい課題で、僕はやらない。


 やれば点数を稼げるらしいけれど、普段からこつこつ真面目に勉強している僕には、点数稼ぎなんて必要ないのだ。そんなことに時間を費やすくらいならば、本を読んでいたほうがまだ有意義な時間だ、とも思う。


「場所は……ダンデライオンでいいか」


 そんな。


 ダンデライオンで、ペットボトルロケットを打ち上げる気なのか……わけがわからない。


 夏の暑さに、脳を焼かれてしまったのだろうか。


 判断能力が著しく低下しているのを鑑みるに、そうとしか考えられない。


「いやいや、やるなら外でしようよ。広いところでさ?」


「外ってことは……BBQだな!」


 ──はい?


 ──え?


「自由工作の課題でペットボトルロケットを作成して、打ち上げるんじゃないの?」


「どうして俺がそんな面倒臭いことをしなきゃいけないんだ? あ、お前まさか、打ち上げを違う意味で捉えたのか!」


 うわあ、と恥ずかしくなった。


「だって、それしか考えられないじゃん!」


 真面目か! とお腹を抱えて笑いだす佐竹の顔に、一撃お見舞いしてやりたい気持ちをなんとか堪えた。


「う、うるさい! 他の人の迷惑になるから、いますぐその憎たらしい笑い方をやめてくれる?」


 臆面もなく、がはは、と破顔している佐竹は、その後、ひーひー、と変な悲鳴をあげていた。


「いやあ悪い。まさか勘違いをしているとは思わなくて……く、くくっ」


 いつか、痛い目を見せてやろう。


 僕は心の中で決意を固めた。


 そんな下らないことを話している内に、バスが到着した。


「詳細はまた連絡するわ!」


 とだけ言い残して、佐竹はバスに乗り込む。空いている席は反対側にしかなかったようで、佐竹の姿はもう見えない。


 帰ろうと踵を返したそのとき、タイミングを見計らったように携帯端末が、ぶる、と振動した。


 佐竹からのメッセージ。


『課題を見てくれてサンキュ! また泊まりにいくわ』


 僕は、「二度とごめんだ」と返信した。





 * * *





 数日後。


 佐竹と東梅ノ原駅で待ち合わせをして、ダンデライオンを目指していた。


 名目上は〈打ち上げ〉となっているけど、差し詰め、課題尽くしの生活に飽き飽きしたと、僕は推測を立てている。


「たまには息抜きしようぜ。な?」


 と言い訳を語る佐竹の隣で僕は、早く帰って本が読みたいと思っていた。多分、顔にも出ていただろうけど、佐竹はそんなことなど委細構わずである。僕のあしらい方を学んでいるような……気のせいか。


「すっげえ久しぶりにきた気がする」


「そう?」


 がちゃり、とドアを開くと、訊き慣れたドアベルが、からんころん、と小気味よい音を奏でた。入って直ぐに珈琲の香り。こちらもまた、嗅ぎ慣れた匂いだ。隣にある大きな振り子時計に、「久しぶり」と心の中でたけ挨拶して、奥まで進む。


 いつもならここで、照史さんが「やあ、いらっしゃい」と声をかけてくれるのだが、今日は「しー」と口元に指を当てて、僕らに注意を呼びかけた。


 どうやら、なにかあったらしい。『あった』ではなく、現在進行形で『ある』のかもしれないが。


 僕が足を止めると、後ろにいる佐竹が「どうして止まるんだよ」と言いたげに、僕の背中をつついた。


「なんだか、嫌な予感がする」


 振り向いて危険を訴えたが、佐竹はここでも大物っぷりを発揮した……無論、悪い意味で。


「しゃーす、照史さん。俺、アイスココア汁だくでオナシャス!」


 しん、と静まり返る店内に、佐竹の声がやたらと響いた。


 店内に流れている曲は、イーグルスの〈Desperado(デスペラード)〉。その意味は、ならず者、命知らず、無法者、犯罪者など。〈命知らず〉という点においては、現状の佐竹を表すのに丁度よさそうだ。


「あ、ああ、うん」


 照史さんが気まずそうに僕を見る。実はとっても困っていて、優志君の力を貸して欲しいんだ、みたいな視線だった。もしや、闇金にお金を借りていて、借金取りがきたタイミングに僕らが訪れたとか?


 いやいや、まさかね──。


 恐る恐る店内を見渡せる位置まで進み、いつもの席に目を向けると……しかめ面の天野さんと月ノ宮さんが、じいっと僕らのほうを見ていた。


「おい優志。これはどういうことだ……」


「知らないよ……佐竹がなにかしたんじゃないの?」


「バカ言え。俺がなにかしてたらあの場にお前もいるはずだろ」


「……たしかに」


 認めるのかよ! と矢継ぎ早にツッコミが入る。


「そんなところでコソコソせずに、座ったら?」


 僕にではなく、佐竹に向けて放った言葉のようだ。が、僕も例外ではないのだろう。月ノ宮さんがずっと、僕を睨めるように見ている。その視線が「逃がしませんよ」と訴えているみたいで、僕は背中が粟立つのを感じた。


 佐竹は月ノ宮さんの隣に、僕は天野さんの隣に座った。


「二人がここにいる理由は兎も角として、だ」


 なにがあった? と遠慮がちに佐竹が訊ねると、天野さんは神妙な趣きで重い口を開いた。


「アンタにも、優志君にも、言いたいことは山程あるんだけど」


 空気が張り詰めているのを感じる。ピリピリとした緊張感が肌を強張らせて、掌には薄っすら汗が滲んでいた。


 尋常ではない雰囲気だ。


『なにかしてしまったんじゃないか』


 なんて思ってしまうくらい、心穏やかではいられない。


 長い沈黙が続き、そして──


「私たちは、大きな間違いを犯してしまったわ」



  

【備考】

 読んで頂きまして誠にありがとうございます。

 これから当作品の応援をよろしくお願いします!


 by 瀬野 或


【修正報告】

・報告無し。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ