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七十二時限目 彼と彼の宿題 8/16


 駅から少し離れた住宅街に、佐竹家がある。そこから道なりに進むと、二股の分岐路があり、私たちは、迷うことなく左の道を選んだ。右の道は、更に奥へと繋がっているのだろう。目的地は駅であって、住宅街方面ではない。


 赤色のカーブミラーに、私と佐竹君の姿が映る。それを視界に入れながら進むと、歩行者専用道路に出た。


 車道と歩行者道の境に()(チョ)()が植えられていて、生温い風が青々した葉を揺らす。


「暑いね」


 なんて話ながら歩いていると、小綺麗に整備されたバス乗り場が、数メートル先にあった。ずらり、老若男女が並んでいる。その中に、水泳バッグを持った小学校低学年くらいの男の子と女の子が、空いているもう片方の手を繋いで、楽しげにバスを待っていた。


 子ども二人で? と思いながらすれ違う。


 どうやら、背後に並んでいたのがご両親のようだ。姉弟、それか兄妹。これから市民プールにでもいくのかな、とか思いながら、微笑ましい光景を自分の過去に重ねる。この頃の私にも、一緒にプールへいく友人の一人や二人はいた気がする。だけど、古い記憶なものだから、断片的にしか覚えてないし、彼だったのか、彼女だったのか、顔すらも思い出せなかった。


「プールかあ……そういや、今年はまだいってなかったなあ」


 バス停を通り過ぎたところで、ふと思い出したかのように、佐竹君はぽつりと呟いた。


「夏休みのやり残しは、ないようにしてえな」


「それは、課題をって意味だよね?」


 私に釘を刺され、佐竹君は「思い出させるなよ」と言わんばかりに、苦虫を噛み潰したような表情をする。課題をやり残したまま登校して教師に怒られ、困った事態になるのは、佐竹君本人なのに。


「お前ってヤツは、勉強のことしか頭にねえの? ガリ勉子ちゃんなのか?」


 ガリ勉子ちゃんとは、と引っかかったけど、どうせ適当に作った言葉で、深い意味はなさそうだ。


 それに、ニュアンスだけで想像に容易い。


 いまどき古風な三つ編みを二つ下げ、牛乳瓶のような分厚いレンズの眼鏡をかけた少女。図書委員、クラス委員、そういうお堅い役柄を任されるような子。眼鏡を外し、三つ編みを解いた姿は、美少女といっても過言じゃないギャップ女子。


「ガリ勉子ちゃんではないけど」


 私は、基本的に一人行動だ。そうなると、やることは必然的に、勉強か読書か、或いはゲームに限られてくる。勉強は、やらなければいけないことだし、読書やゲームは息抜きに必要。


 基本的にインドアな私は、アウトドアな趣味を持ち合わせていなかった。多分、母さんの血が濃いんだと思う。父さんは、キャンプや魚釣りといったアウトドアが趣味で、子どもの頃に、無理矢理連れて行かれたけど、私の食指が動くことはなかった。


 佐竹君は、部屋にゲームがあるものの、アウトドアな遊びを好む。


 季節のレジャーとか大好きそうだ。


 運動が得意なのに、どうして運動部に入らないのだろうその理由だって、佐竹君の性格を鑑みれば、なんとなくではあるけれど、わかる気がした。


 佐竹君は、額にかいた汗を片腕で拭いながら、険しい表情を浮かべている。


「どうしたの?」


 佐竹君は、私を見ずに「あっちい……」とだけ答えた。


 夏だからね、としか答えようがない退屈な返答をやめた代わりに、私は「ハンカチくらい持ち歩こうよ」と、佐竹君に提案する。


 どうして男子は、基本的にハンカチを持ち歩かないのか。公衆トイレに入って手を洗った男子は、濡れた手をズボンで拭うことが多い。どうしてもという場合を除き、そういうことをしたくない私は、ハンカチとポケットティシュを、常に鞄の中に入れて持ち歩いている。


「なあ」


 駅を目の前にして、佐竹君は立ち止まった。


「うん?」


「このまま帰宅するのもあれだし、どこか店に入って話さないか?」


 往復の電車賃と、ここまでくる労力を考えて、とんぼ返りするのは損した気分だったのはたしかだ。佐竹君の提案に賛同して、どこの店に入るのか訊ねた。


 この町にくるのは、これで三度目ではあるけれど、いつも佐竹家に直行していたので、観光めいたことは、一度もしたことがない。一方、佐竹君は、ここが地元だ。気の利いた店の一つや二つくらい、知っているだろう。


「近くにある店は……あそこはどうだ?」


 佐竹君の指先を目で追うと、ドーナツチェーン店があった。


 気の利いた店……と呼ぶには、どうだろう。手頃だし、慣れた店ではあるけど、新鮮味の破片(かけら)もない。が、他にいく当てがないこともあり、私は渋々了承して、その店へと向かった。





 店内は、ドーナツの甘い匂いが充満して、頭の中を「食べーたーいな、ドーナツ」にさせる。


 ドーナツを食べる気分ではなかったのに、匂いだけでそうさせてしまうのだから、嗅覚の重要性は計り知れない。


 ざっと店内を見渡して、なにを注文しようか考えていると、佐竹君は店舗出入口近くにあったトレーと、ドーナツを掴む用のハサミを両手に持ち、かちんかちん、と鳴らしながら、豊富な種類が並ぶショーウインドウを、真剣な眼差しで見つめていた。


「やっぱりポンデはカタいよなあ……」


 と言って、オーソドックスな味を選び、トレーに乗せる。ドーナツが硬いなんてことは絶対にあり得ないけれど、そういう野暮なツッコミはしないでおいた。


 私はチョコファッションとアイスカフェオレ、佐竹君はポンデリングとハニーチョロ、アイスロイヤルミルクティーを注文して、近くの席に座った。


「たまに食いたくなるよな。ガチで」


 佐竹君は、ポンデリングに齧り付く。美味しそう。


「奢ってくれてありがと。いただきます」


 会計をする際、佐竹君は「今日の詫びだ」と、私の分まで支払ってくれた。どこにそんなお金があるの? と思ったけど、質問する前に「臨時収入があったからな」と、誇らしげに語った。多分、琴美さんの手伝いをして稼いだお金に違いない。


「はむっ」


 チョコファッションを、一口齧る。チョコ部分と、チョコじゃない部分の中間辺りが絶妙なバランスで最高。それを、アイスカフェオレで流し込む……うん、カフェオレとドーナツを最初に合わせた人は、偉大な功績を世に残した。


 あっという間に二種類のドーナツを食べ終えた佐竹君は、満足顔をして「ごっそさん」と言った。私も甘党だけど、飲み物にロイヤルミルクティーを選ぶ辺り、佐竹君もなかなかの甘党だと思う。ダンデライオンでは、汁だくのアイスココアだし。



 

【備考】


 読んで頂きまして誠にありがとうございます。物語を読んで、もし「続きが読みたい!」と思って頂けましたら『ブックマーク・感想』などして頂けると、今後の活動の糧となりますので、何卒よろしくお願い申し上げます。


 by 瀬野 或


【修正報告】

・2019年2月28日……読みやすく修正。

・2020年10月22日……加筆修正、改稿。

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